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31.開くその奥は


帰るべき人のその場所を、護る手伝いになればと思ってたんだ。

「エリク、悪いけど移動するぞ」

 寮の自室へ戻り開口一番に朧が言うと、ベッドの上で小さくなりながら魔物図鑑を広げていたエリクが顔を上げた。

 しかし、不思議そうにしていた表情を曇らせ緩く首を振った。

「だって、まだ護符石(アミュレット)だって無いし……」

 捨てていかれる子犬のような瞳でしょんぼりとしたエリクに対して朧はあれ? と声を漏らしながら頬をかいた。

 数秒の間を開けて思い出したように手を打って、少年の注意を引くと軽く片手を上げた。

「悪い、言うの忘れてた」

 全く悪びれた風もなくエリクの傍に近づき、首に掛けさせた瑠璃色のネックレスを自分の指先で絡め目の前にぶら下げて見せた。

「この石ってヘルマタイトの粗悪品なんだ。マナの調節自体は出来ないけど多少は弾いてくれるから、あの水晶群(クラスター)も持って行っていけば少しは安心できるだろ?」

 間近で優しく菫色の瞳を細めて笑いかけられ、エリクは自分の頬が赤くなるのを感じて頷く事で誤魔化した。

「それにちょっと忙しくなってきてさ、またテドさんに……皆に面倒見てもらえ」

「で、でもシオンは……?」

「平気だって、つーかそんな心配をお前がする必要ないって。それに誰も居ない部屋で閉じ篭るより、イルドたちにからかわれてる方が面白いしな」

「……それ、なんか酷くないですか?」

 最後をキッパリと断言した朧にエリクは思わずジト目に睨み返したが屈託なく笑われ、自然とその(まなじり)が緩んだ。

「その図鑑、気に入ったなら持って行っていいよ」

 わざとネックレスを指先で弾いて、少年の鼻先にぶつけてからベッドの上から退き、クローゼットの前に移動した。

「本当に、外に出ていいんですか?」

 石がぶつかった鼻先を擦りながら、少しずつ胸の内に広がる喜びに茶褐色の瞳を輝かせていた。

「ああ。でも、これだけは忘れないでくれ……マナの件が解決されたわけじゃないから転送機の側はまず近寄るな。自分が力になれる事は無いだろうけど、何も諦めたわけじゃない。だからお前も諦めんなよ」

 クローゼットの中から小さなバックを引っ張り出すとその中に水晶群を入れて投げ渡すと、エリクはバックを抱え込んで嬉しそうに頷き返した。



 協会を出ると人々の間には先の事件に関しての噂が次々と登っていたが、久しぶりに戻る自警団の喧騒を心待ちにしていたエリクの耳には入らず、朧も意図して他愛の無い話題を振りながら、足早にイングワズ区を目指した。

 噂は噴水広場が近づくに連れて疎らとなり、過ぎた頃には既に聞こえなくなっていた。

 情報制限が掛けられた事に気が付くのにはそう掛からず、朧は遠目に見やった幾人かの協会員が監視で回っているのだろうと予想をつけた。

(なるほど。まあ、無用な混乱を招くよりマシかも知れないな)

 先の一件を鑑みながらも普段と変わりなく活気に溢れた街並に短く息を吐き出していた。

 そして自警団の詰所が近づいて来ると朧はいつの間にか追い抜かれ、先を歩くエリクの背中をじっと見つめていた。

 悪い方向に流れが向かうことは無いと信じてはいるが、何かの拍子で少年に事件の一端を触れさせてしまえば動揺するのは目に見えていた。

 それが不定を招き、最悪の結果を引き起こす引き金にもなる事だけが心配の種といえば否定できなかった。

「う〜、なんか久しぶりで緊張するなぁ」

 入り口まで後少しという所で朧の想いなど一切知らないエリクは立ち止まり、嬉しそうに呟いた。

「はよ行け。真正面で止まられると流石に邪魔だって」

 止まったまま微動だにしないエリクの頭を軽く小突き先を促すと、言葉もなく大きく頷き扉に駆け寄った勢いのままで開いた。

 開け放たれた扉の勢いに中で寛いでいた面々は一様に驚き、奥で座っていたサバスは額に手をやり呻く様に笑いを堪えていた。

「た、ただいま戻りました!」

「お帰りなさい、エリク」

 そう言って上ずった声に顔を赤くした少年を迎えたのは先ほどとは違い綺麗に身だしなみを整え、いつものようにコーヒーを皆に配っていたテドだった。

 彼なりに覚悟を決めたのだろう一度朧へ向けた視線はとても優しく、そして強いものだった。

「帰って来るなり騒がしい奴だな」

「あうぅ……」

 笑いを堪えきったサバスは席を立ち、入り口に立つエリクに近づいた。

「ま、なんにせよ元気そうだな」

 わしゃわしゃと柔らかな栗色の髪を乱暴に撫で付けてから、朧とセオの二人を順に見遣った。

「預かる……てのはおかしいわな。面倒かけたな」

「うわっ、サバスの旦那ってば似合わない事言わないでよ」

「おいおい、人が折角感謝してるってのに」

 目の前で思い切り顔を歪めた朧に苦笑いしながら言うが、直ぐに真面目な表情に戻り短く頭を下げた。

「セオ、行くぞ」

「ああ。それじゃあ、お願いします」

 朧の呼び声に答えてセオは今まで談話相手になっていてくれたアーヴァンに礼を言い、アルテミスを背に担いだ。

「エリク、ちゃんと大人しく皆の言うこと聞いてろよな」

「わかってますよ!」

 そう強く答えるエリクの表情は初めて会った時と同じように少しばかり強張り、けれど心の底からの笑顔だった。

 それを見届けてから二人は表に出ると、気を引き締めなおすように互いに頷き合い最初の現場へと戻っていた。



帰りたかった場所に、帰ってこれたんだっ。

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