3.真夜中の報
使う度にコレじゃあ……ほんと、情けないよなぁ。
二人が所属する協会はバラスト国内でも随一の大きさを誇る建物広さを誇る敷地を有しており、その中でも最も広く巨大な建物はゆるく丸みを帯びたドーム型の屋根をもつ二階建ての本館だった。
協会は首都アーヴェラ内だけではなく全てのハンターや組合同士の橋渡しや各町への人材派遣など様々な形で世界中に関わっているため、本館の明かりが消えることはない。
そして、本館から左右に伸びる柵の奥は一般人立ち入り禁止の区域となり、協会関係者の寮や他国からの賓客の宿泊施設などが備わっている特別区画を表していた。。
セオは柵の前に立つ門番の姿を視界の端に納めると、ようやく朧をその背から降ろして立てるかどうかを尋ねた。
「最近は復活早いんだ。立てるよ……」
頬を膨らませ、不自由そうに立っていたが歩き始めれば比較的滑らかに足が動いた。
意地っ張りな相棒の後ろをセオは歩きながら、共に胸元からネックレスを取り出した。
「遅くまでご苦労様です。リード石をこちらへ」
門番は二人の顔を見るとにこやかに、手にしていたネックレスを小さな機械の前に出すように促した。
ネックレスのトップについている紅赤色の石がリード石と呼ばれる言わば協会員たちの個人証。小さな機械はその石に記憶記録された情報を読み取るためのリーダーと呼ばれる記録読出機だ。
リーダーから宙に投影された情報を門番はさっと確認して二人に小さく頷き返していた。
「確かに。治安維持部キュエール隊所属の『白雷』及び『月弓の射手』の両名、確認いたしました」
「はいはい、毎度ながらご苦労さん」
「朧っ。まったく、毎度はお前だろうが」
さっさと落ち着きたい朧はリード石を受け取るとそのまま白いコートのポケットにねじ込み、適当な挨拶だけすませて門をを潜ってしまった。
セオも挨拶を済ませ小走りに追い、追いつくと同時に軽く朧の頭を小突いていた。
二人は直接自分たちの寮には戻らず更に奥にあるもう一つの寮へと足を運んだ。
奥の寮は高位職に就く人間に貸し与えられる寮で、他の協会員たちでも滅多に訪れる事の出来ない場所だった。
何よりこの寮はバラスト国内の犯罪者達を収容している牢獄管理棟も兼ねているため、悪戯に近づけるところではなかった。
しかしセオが事前に連絡を入れていたおかげか、本来なら消えているはずのロビーの明かりが灯っていたのが遠目でも分かった。
大きな窓に面しているソファの縁に小柄な金色のポニーテール頭が見え、二人ともやや急ぎ足で寮のドアを潜った。
「シオンさん、待った?」
「遅くなりました」
シオンと呼ばれた小柄な女性――というより少女は、些か眠たそうな目を開いて二人を正面のソファに座るように促した。
「待った? ではなかろうに、お主らの非常識加減は重々承知しているつもりだが、休暇すらも静かに過ごせんのか?」
年齢不相応な言動で欠伸をを噛殺しなしながらシオンは二人を睨むように、同時に呆れた視線を向けたが互いに慣れていることもあり深い追求はせずに先を促す仕草をした。
それを受けたセオがが顛末を語ろうと口を開きかけたが、知るのは朧だけと思い出し隣へ視線を向けて頭を抱え込むまで数秒の時間も要らなかった。
うつらうつらと舟を漕ぎながら、既に活力ある菫色の瞳は瞼のうちに収められていた。二人は、その珍しい光景によほど疲れていたのだろうと思い至ったが、このまま寝かせる理由にはならずセオは、朧の肩を掴み軽く揺さぶった。
「はっ! あー……夢か。ふよんの変身ヒーローは、ゴミ溜めも一気に燃やして火事大変、参上ふよんレッド……欲しかった」
「どんな夢だよっ!!」
未だ焦点のあわない視線で綿毛に良く似た愛玩用魔物の名を上げた朧は、軽く目を擦りながらシオンへ顔を向けた。
ちなみに、ふよんは変身も進化もしない種族だ。
エサも小さな虫などを食べるだけで、飼育するには温度と湿度に気をつける程度で済み、体長も直径5センチぐらいまでしか育たないお手軽安心な魔物として人々に愛されている。
「ついでに弱点は、カラーペンで染まり、ます……」
「いい加減に夢から帰って来ぬか」
「夢の帰りがけに、ちょっと染めてみただけだって……」
「染める夢は後で見ろ。私とて貴重な睡眠時間をを割いておるのだぞ?」
「…………理不尽な」
「同じ台詞をソックリそのまま、熨斗をつけて返してやっても構わんのだが……」
双方共に眠気を抑えての言い合いは既に本題から逸れ、セオは溜息混じりに二人の仲裁に入り朧に事のあらましを説明するように促した。
「説明しろって言われても、実際のところ良く分かんなかったんだよなぁ」
首を傾げながら自然と傷を負った左肩に手をやり、夢現に沈む意識を引きとめながら記憶を辿っていくが、決定材料になりそうなことは何も覚えていなかった。
ただ、いつものように休暇の余った時間を馴染みの店を何件か回って潰していたところ、ひとり体調を崩した飲み屋の女の子を家に送ったその後の帰り道で、いきなりあの黒い獣に襲われたということ。
初夏の季節と休暇のひと時、そして送った女の子の家が店から直ぐの所にあると言うことから、防具代わりの白いコートも着ずにいたというのが怪我の一因でもあったが。
「守護教会の結界は無事にも関わらず、魔獣が街に出現とは……不可解な」
ふぅむ、と唸りながら両腕を組み思案の淵に立ったシオンに、セオはロビーに備え付けられていた自動販売機からコーヒーを自分と上司に、夢に沈みがちになる相棒へは紅茶を前に置いた。
「流石に二重結界の内側では悔恨の魔法陣も使用できないから、ただのテロや悪戯って事もないはずですけど」
「あちちっ……悪意はありそうだけど。まあ、かなり質が悪いとは思うよ。自分達を敵に回す覚悟でもなければ、ね」
猫舌の朧は熱い紅茶をふぅふぅと冷ましながら、視界の片隅でシオンの表情を伺っていた。
「守護者を敵に回すとどうなるか、知らぬ者はこのアーヴェラの中にはおるまい」
コーヒーを飲みながらシオンは朧から受けた視線をそのまま受け渡すようにセオへ向けた。
「それよりも、先に手を打たないといけないのは逃げたゴーラに似た黒い獣ですよ。浅い傷じゃないから直ぐに暴れたりはしないはずですけど、注意が必要なのは変わらないですよ」
そして朧へと一巡して戻ったところで、シオンは頷き立ち上がった。
「民間人の安全第一は変わらんからな。早急にその逃げた黒いゴーラを見つけ出さねばならぬか。A級任務として通したいところなのだがな」
「非常召集でもかけるんですか? でもそんな事したら、守護教会だけじゃなく、上層部や他の連中からも何を言われるか」
「そう言ったところで既に一般人の目に付いてしまっておるのだろう? 早急にカタを付けなければならぬ問題だろうに」
「自分なら、手負いの獣に手を出す常識知らずなハンターがいない事を祈るけどねぇ」
「それはお前の事か?」
「それはお主の事か?」
冗談交じりに呟いた言葉に二人同時に突っ込みを入れられ、朧はえーっと文句を言いながら残った紅茶を飲み干していた。
「ともかく、情報だけは自警団にも下ろしておかねばならぬな。セオ、すまぬが情報管理部まで伝達を頼む」
「了解です」
「いってらら〜」
ヒラヒラと手を振り見送る仕草の朧にセオは軽く肩を竦めてみせ、シオンはその二人を静かに見ていたが、すくりと席を立った。
「それから朧、お主は私とともに来い」
「えー……仮眠でも良いから、寝たいんですけどぉ」
「良いから、来いっ」
シオンの有無を言わせぬ言わせぬ威圧に朧は渋々と席を立ち、セオはまるで重刑を科せられたようにに項垂れて上司の後をついて行く相棒の背中を見送ってから寮を後にした。
ただの偶然ならいいが、悪意なら一体何処へ向けられている……