29.VelkisLarmo
簡単には振りほどけない柵は誰の奥にも在った。
「俺自身も当時は魔力蓄積体質というのを、理解してなかったんです。だから、クロウ団長との仕事を終え、家に戻ってからようやく事件を知ったんです。
その時は協会から言われた事柄だけを信じていた。
でも、独自で調査をしていたんでしょうか……アクアと共に亡くなったマナテイマーの遺族達から真実を教えてもらった時、どうしようもなく自分が許せなくなった。真実を調べようともせず、ただ言われるままのことを信じていたことを。
それから、アクアと同じような人間を増やしたくない一心で方々を駆けずり回りましたよ。でも、何も出来なかった。アクアと同じ症例自体が珍しすぎて、それを広く認識してもらうための手段が何もなかった。協会の協力を得て俺のような家族にその危険性を知ってもらいたかったけれど、対応は一向に取られる様子もなかったんです」
苦しそうに言葉を吐き出し続けるテドは誰とも視線を混じり合わせる事もなく俯いていた。
「そんな折ですよ。クロウ団長がキュエールさんの協力を得て、協会に情報公開するように提示してくれたのは……だから、団長達には感謝しています。
ですが、それでも許せなかったんです。情報は確かに広く提示され、その危険性とは一般に広まった。だけど、それ以上の対策が取れるまで四年も掛かり、今も尚……進展する様子はない。確かに、マナを体内に取り込まないよう、マナの活動自体を抑えてしまえばなんて事はないかも知れない!
けど、エリクのように影響を受けやすい子供はどうなりますか? 護符石をつけていても簡単に影響を受ける子供がいる事実があるにも拘らず、その有効な対応策は何もない。何もされてはいない……」
「ちょっと待ってよ! それじゃあ、本当にただの恨み言だけで関係のない人間まで巻き込んだってことか!」
朧は叫びながら、先の殺人事件を思い出しゾッとしていた。
もし、先の事件も関わっていたとするなら……どちらとも無く、朧とセオは無言のまま視線を交わし合わせたが答えは出せず、己の指先が白くなるほどきつく握り締め戦慄くテドへと向き直った。
「そうですね、貴方方から見れば関係の無いことかも知れない。ですが俺はエリクの特監です。俺のような特別監視員が存在するには、やはり協会の影響があるんですよ」
心情と裏腹なまでに淡々と告げる彼の表情が怨嗟を示するように暗くなっていくのを感じ、朧は僅かに身体を強張らせ漏れ出そうになった声をどうにか押しとどめていた。
「娘を失い、妻とも別れて孤独になった俺が自棄に成ることも無く今まで過ごしてこれたのは、確かにエリクや久遠さんのお陰といっても良い。けれど、アクアの事もあり、エリクの事をどれだけ詳細に報告に上げていても、何も変わらないっ。
言ったでしょう……『怨恨』だって。消え去ったわけじゃない、心の奥でずっと燻ぶり続けていたのを無理矢理押し殺していただけの感情。
そう遠くないうちに同じことが起きると予測できていながら一向に動こうとしない、その重たい腰を上げさせるのに犠牲が必要なら」
―――― 躊躇う必要があるんですか?
一瞬のうちに静まり返った感情と共に抑揚もなく投げ放たれた言葉の続きを遮るように激しく打ち鳴らす音があった。
打ち付けられたマグの中身が跳ね上がり黒い液体が机の上に飛び散ったが目もくれずに、サバスは親友の肩口を掴み立ち上がらせた。
初めて見るサバスの形相に朧たちは止めることも出来ず、乱暴に壁に叩きつけられるまで眺めることしか出来なかった。
「お前、今までそんなくだらない事考えてたのかよ! アクアのために、エリクのために今まで耐えてきてたんじゃねえのか!」
「幸せな家庭を持つあなたには分からないですよ。それに、俺は変わりのない協会に知らし見せる事が出来ればそれで良かった! 何かを成そうとするなら当然、犠牲がつく。それが自分の命か、それとも別の何かなのかは分かりませんがね」
「っ……」
朧はその言葉に返す事は何も出来なかった。同時に右腕で左肩を抱くようにして俯いてしまった。
「さあ、どうします? 俺はこの場で斬られようとも一向に構いはしませんよ」
ただ冷たく笑うテドにサバスは掴んでいた手を下ろし、歳若い二人へ振り返った。しかし、その目に飛び込んできたのは小さく震える朧の姿だった。
「どうした、朧?」
「な、なんでもない……」
震える声で必死に平静さを取り戻そうと、浅い呼吸をひたすら繰り返すしかなかった。
「セオ君。どうぞ連れて行くなら連れて行ってもらって構いませんよ……本音を言えば、風変わりな守護者たちに話を聞いてもらえれば満足でしたから」
両手の銀色の鎖を見せるように腕を持ち上げたテドに、セオは僅かに目を伏せた。
そしてゆっくり自分の胸元から紅赤色のリード石を取り出し、石を握りこんだ。
「このまま移送すれば貴方は間違いなく資格剥奪の上、特別監視対象として全てが協会の管理下におかれます。
……朧のように貴方を知っている訳じゃないけど、それでも貴方の存在が此処にどれだけの影響を持っているかはよく判る。過去の傷に捕らわれたままでも、手を差し伸べる人は直ぐ傍に沢山居たじゃないですか」
セオの言葉にテドは少しばかり後悔を滲ませた笑みを口元に浮かべた。
「後悔をするころに気が付いても手遅れなんですよ。その事ぐらい、理解していたつもりなんですがね」
ふっと肩の力を抜くと心の底に棘のように引っ掛かる少年の青ざめた姿を思い出し、呟いた。
いつもと変わらない暖かな表情の中に覚悟を決めた眼でセオに移送を促した。
「朧、立て……今までの事は全て記憶されてるんだ、お前一人が我侭を言ったところで副団長の発言は取り消せないし、立場をより悪くするのも分かってるだろ」
「わかって、る……」
相棒に答えながらも朧の思考は違うところに向かっていた。
何の拍子で過去の傷が痛み出すんだろうな。