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26.Lunebulo―翳りの奥は―


誰かを大事といえるヤツを見捨てて良いはずはない。

 協会の本館と寄宿舎を繋ぐ外回廊を途中で外れ、手入れの行き届いた中庭に出ると朧は僅かに周囲を気にするように視線を巡らせていた。

 中庭といっても広く、休憩所となっているカフェテラスや季節の花を揃えた温室や花壇もあるほどだ。

 しかし、夕方ともあり人影はまばらでカフェは閉店の準備を終えかけていた。

 朧はそこから離れ、背の高い垣根が続く道を歩き庭の一番奥まったところで立ち止まると何かを探すように、地面へと視線を向け垣根に手を突っ込んでいた。

「あの、何してるんですか?」

「“連れて行きたいところがある”って言っただろ? お、あったあった」

 それだけを返し朧は探していたものを見つけると、エリクを手招きした。

「ここ、狭いけど通れるから」

 よく探さなければ分からないほどの小さな隙間に、先に自身の身体を小さくして滑り込ませるとエリクに通るように促した。

 垣根を越えるとまた同じように手入れの行き届いた中庭に辿り着き、朧は先ほど動かした植え込みに似せた箱を元の位置に戻した。

 しかし、垣根を越えた敷地が朧たち守護者や一般の協会員がそう簡単に足を踏み入れられない高位職の協会員達の寄宿舎がある場所だった。

 無論の事ながらエリクがその事実を知るわけもないが、やや緊張した面持ちの朧の表情からそう滅多に入れる場所ではないという事だけを感じ取っていた。

「見つからないように気をつけろよ」

 いつもと同じように軽口を叩いて笑ったつもりだったのだろうが、エリクには初めて朧が悲しそうに笑ったように見えた。

 外壁伝いに歩き、開け放たれていた外廊下のドアから中へ進入すると、外から見つからぬように窓際を身を屈めて歩き始め声を出さないようにと人差し指を口元に当ててみせた。

 朧は建物全ての構造を把握してるか一分の迷いもなく後ろを歩く少年との距離を保ち進んでいた。

 途中、巡回にあたる守護者の影も見えたがそれも危なげなく躱し二度ほど階段を上り下りし、暗号式の鍵のついていた頑丈なドアも難なく開くと目的地が見えたことを小声で伝えた。

 部屋のプレートには資料室と書かれていたが、先に朧が述べた資料室よりももっと重要度の高い、いわゆる国家機密に関係するような資料までが保管されている場所だった。

「ここ、は……?」

 微かに開いていた扉を開き内側へ滑り込む頃には、妙な緊張感からかエリクの表情に浮かぶのは死の恐怖より『見つかったときの怖さ』があった。朧も静かにするようにもう一度合図を送り、奥から声の聞こえる方へと歩み寄っていた。

「そうだの。そちらの手配が終わり次第早急に送ってくれ。一日も早く必要でな。あぁ、すまぬが頼む。またの」

 携帯電話を片手に切羽詰ったように通話を終えると、机の上に開いていた資料を手早く捲り、またどこかへと電話を掛ける眼鏡姿のシオンが居た。

「ああ、私だ。シオンだ。すまぬがそちらにヘルマタイトの技師はおるか? ……そうか、すまなかった。他を当たらせてもらおう」

 そしてまた切ると、今度は逆に掛かるものがあった。シオンはそれを慌てて取ると同時に、慌てすぎたのか手元にあった資料を思い切り落としてしまった。

「何してるか、分かるか?」

 小さな声で問いかけながら、シオンには見えない位置で腰を下ろすとその資料棚に背を預けてエリクへ振り返った。

「何って……仕事ですよね?」

 この為だけにわざわざ此処まで連れて来たのかと怪訝そうにしながら答える少年に朧は、シオンを再び盗み見た。

「シオンさんってさ、ホントは守護隊長(エオル)じゃなくて王立守護者(レグンエスコルト)なんだよ」

 事も無げに言う朧に、エリクは驚き声を上げそうになったが寸でのところで口元を抑えて声を出さずにすんだ。

「れ、王立守護者って……王家の親衛隊じゃないですか。な、なんで……そんな人が」

「……自分の監視だよ」

 ぽつりと、零すように呟いた朧の表情はあまりに複雑で、笑おうとしていても全く形になっては居なかった。

「神器のせいというか。自分も普通の人間とは違う……」

 今は流石に帯剣していなかったが、朧の手は自然といつものようにアルゲスの柄がある場所へと動いていた。

「本当に最近まで、自分にシオンさんが絡むのは神器のせいだって思ってた。それが、凄く煩わしかった。かと言って居着いてるも同然の契約者が協会から逃げ出すなんてのはほぼ不可能だから……って、そう意外そうな顔するなよ」

 エリクは今まで朧を見たまま、誰とでも直ぐ打ち解ける人懐こい性格で多少の不真面目さも愛嬌の人間だと思っていた。

 同時に誰かを拒絶することもなく、全ての人間を自分のペースに入れる才能のある人だと信じていた。

 しかし、目の前に居る朧は小さく自嘲気味に笑うだけで、紫の瞳は明らかに人を拒絶する色を浮かべていた。

「前に家族の事、聞いてきたよな?」

「え……はい。あの時はただ、聞いてみたくて」

 棚に寄りかかり天井を見上げた朧の表情を見ることは出来ず、エリクは小さく頷くしかなかった。

「そんな顔しなくて良いよ。家族はいる。けれど、いない……」

 まるで謎掛けのように呟く朧に少年は首を捻って続きを待った。

「見捨てた、というより切り捨てたんだよ。そうでもしないと、自分は殺されていたかも知れなかった。だから家を捨てて逃げた。そん時に金目になりそうなもの……つまり家宝だったアルゲスを持って逃げたんだ。神器なんて事、欠片も知らずに、契約して……多分あの家じゃ、もう死んだことになってるだろうな。そのほうが有り難いけどな」

「……朧さん」

 思わず呟いたエリクに朧は、視線を向けなおして片方だけ歪めるように笑い、幾許か意識していつもの口調に戻していた。

「ヘルマタイトってさ、エリクがずっとつけてた青い腕輪の原材料なんだ……石自体はセオが、技師はシオンさんが。サバスの旦那たちは、あの事件の犯人を今も追ってる……誰もまだ、無駄なことだって諦めてない」

 あれから二週間経った現在、一匹も黒い獣が出没していないことから早々に協会はその対策を縮小し、自警団へは警戒は怠らぬように勧告だけしていたがその実、事件を調べるものはもう居なくなっていた。

 街の住民たちへは、結界に利用されるマナを狂わせる新種の出現とだけ伝えられ、アーヴェラ近郊の駆除は終わったと発表し、早急な結界回復を図ると宣言されていた。

「みんな必死になってるんだ……」

「でも、そんな事してもらう理由が……」

 困惑しているエリクと深い溜息をつく朧の耳にシオンの鋭い声が聞こえた。通話相手に対し怒鳴り返すが、額に手を当て力なく椅子に落ちていった。

「最悪だ……」

 力なく呟かれた言葉はやけにハッキリと二人に届き、朧が様子を窺うようにシオンの居る方へそっと顔を出すとシオンと視線がぶつかった。

 彼女は眼鏡を外し深く溜息を漏らすと二人に出てくるように促した。

「先から居るのは知っておったわ……エリクも出てくるが良い」

 頭を抱えたままのシオンの様子に朧は立ち上がり近づくと、エリクも慌ててそれに倣い立ち上がった。

「何かあったの、シオンさん?」

 尋ねる口調はもうすでにエリクの知るいつもの軽口で、先ほどの暗い影などどこにも見当たらなかった。

 しかし資料を片付けるシオンの表情は一向に晴れる様子もなく、苦痛を押し殺すような溜息しか聞こえてこなかった。

「事件だ。エリク、お主は部屋へ戻り待機。朧、早急に南門へ回りセオと合流して来い。詳細は彼奴に聞けば分かるだろう……」

 力なく伝えられたが、朧はその手のひらに隠れた表情をみて一つ頷いて見せた。

「エリク、行くぞ」

「え……あ、はい」

 先に歩き始めた朧に、エリクは慌てて後を追った。今度は隠れる事もせず、通りすがりに出会った巡回には軽く挨拶だけを済ませ部屋へ戻り、アルゲスをいつものように下げるとエリクには扱いに注意するものだけを告げていた。

「あとは本とか適当に引っ張り出して見てていいから、大人しく待ってろよ」

 安心させるように笑った朧の表情はやはり、少年がいつも見ていた笑顔と同じだった。

 けれどその影を見てしまった以上は、心配させないようにと無理に作っている笑顔なんだと思ってしまった。

 しかし当人は気が付いた様子も見せず、正面玄関へ回るのも面倒だというように、いつもの白いコートを羽織り窓から飛び出していった。

 二階の部屋から下の芝生へ華麗に着地を決めると、一度だけエリクへ向かい手を振りあとは振り返ることなく走っていた。



ずっと、似たような表情を向けていたのかな……?

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