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25.触れる世界は彼方か

自分で立ち上がれることを忘れさせたら、何も進まない。

 朧がまず向かったのは、メインロビーも兼ねている情報収集カウンターだった。

 協会の顔ともいえるこのカウンターは本館の一階に設置されており、施設内でも随一の広さを誇っていた。

 協会の一般業務の中で唯一眠らない業務であり、世界中の組合から寄せられた情報やハンターたちから買い取ったばかりの情報の売買を行っているため、真新しい情報が常に飛び交いしており今も数多くのハンターたちが長蛇の列をなして情報の収集に当たっていた。

「凄い……」

 圧倒的な活気にエリクは思わずのけぞり、朧を見上げた。

 朧は少年の瞳から暗い影が僅かに拭い取られたのを見てわざと自慢げな表情を浮かべて見せた。

「だろ? ここに集まる情報を元に自分たちも日々の業務に勤しむわけだ。黒い獣とかの情報も全てここで纏め上げられて、自分たちや自警団に情報が降りるんだ。あんまり知られてないけど普通の買い物目当ての客も此処をよく利用してる」

「へぇ。でも、買い物客って……一般の人たちなら、あんまり協会と関係ないじゃ?」

「全部の情報が集まるからねぇ。商人組合で企画された市場の情報もあるし、個人で露店出すようなヤツは、売り出し予定の価格表まで置いていくんだ。だからそう言った穴場狙いとか珍しいもの見たさで来る一般人も多い」

「そうなんですか? 知らなかった……テドさんに教えたら喜ぶかな? いっつもイルド先輩とカイト先輩に買い置きしてたモノごっそり食べられるって嘆いてたし。まあ、それを教えてるのはアーヴァン先輩なんですけどね」

 塞ぎ込んでいたエリクもこの活気に当てられるように、目を輝かせて壁際に設置されている巨大掲示板に小走りに近づいていった。

 朧の言うように、来月に大規模なフリーマーケットを行うのでその参加を求める広告やハンターに依頼を求める求人広告、果ては倉庫整理や店のアルバイトを求めるものまであった。

「ここの雑貨屋、バイト募集始めたんだ。あっ、こっちは家庭教師の派遣だって」

 既知の店の広告を見つけてはしきりに感心していたエリクの後ろに立って、指先だけでカウンターの奥にある部屋を指し示した。

「ただ、守護者にしか降りない情報もあるしシオンさんたち守護隊長(エオル)にしか渡されない情報もあるから幅は広いよ。次いってみるか?」

「はいっ!」

 振り返ったときには明るさを取り戻していた少年に朧は手招きをして次々と施設を回った。

 先日案内した第一図書室を始めとし、第二図書室を簡単にめぐり実践訓練所や魔法修練場、医療施設、協会員向けの道具を取り揃えた店や食事処等など思いつくままに歩き回った。

 最後に朧が選んだのは展示室だった。

 アーヴェラの街中にある博物館と共同体制をとっており、学者達がその現場に行って発掘した歴史的展示物をそれぞれに公開していた。

 バラスト国の史録が中心となり今では使われなくなった古い言語の巻物などが多数展示されていた。それもまた少年の心をくすぐるには十分な要素だったらしく、先ほどよりも明らかに瞳を輝かせていた。

「あ! これ、じぃちゃんが持ってるのと同じ本だ」

「どれ? あぁ、こいつはお前が好きな魔物博士の研究の一部だよ」

 魔物好きは流石といったところか、エリクが目を留めたのは比較的綺麗な表紙を持つ本だった。表題は記されていないがサインが小さく刻まれていた。

 ただ、その表紙はあとから付けられたかのように内容が記されている用紙よりも白さが目立った。

 恐らくこちらはレプリカなのだろう。博物館とあえて区別をつけるためだけに表紙だけを変える事は珍しくないことだった。

「これはかなり珍しい魔物の研究だったらしいな。詳しくは知らないけど、他の魔物と違って外からのマナをどうとか……まあ、魔物博士が亡くなってから研究自体が進まないからこうして展示されてるってとこかな?」

「そっか。ラナルド博士の研究ってかなり興味あったんだけどなぁ。じぃちゃんに教えたら、きっと興奮しまくるんだろうな」

「それを言うならお前もな。資料室になら少しはラナルド博士の資料も残ってるかも知れないけど、あそこは完全に一般人立ち入り禁止なんだよな。リード石での入室確認があるから、連れてってやりたいとこだけど……悪いな」

 資料室は協会員のみしか利用できず、資料の悪用を恐れその出入りの管理は徹底されていた。

 朧がすまなさそうに言うと、エリクはふるふると手と頭を同時に振った。

「大丈夫ですよ。でも、なんかじぃちゃんも似たような研究してた、かな?」

「へえ、結構凄い研究してたんだ」

「ボクが物心付いた頃辺りらしいから結構曖昧ですけど。じぃちゃんも昔は研究だーって叫んで世界中飛び回ってたんですよ。まあ、その旅先で大怪我して戻ってきて以来、部屋に閉じこもってばっかりですけどね」

 そう呟くエリクは再び表情を暗くしてしまい、朧は内心で「地雷踏んだか……」と反省していた。

「協会に入ったら、守護者になれたら本当はじぃちゃんの研究の手伝いしたかったんですよ。手伝いだけならハンターでも良いけど、魔物の脅威を身近に感じる遠方の人たちに対処法を教えるとなれば……やっぱり守護者のほうがみんな安心できるでしょ? ボク、魔物は魔物で好きだから、人間も魔物もやっぱり家族が一緒に居られるのが良いと思ってるんですよ」

 ガラスケースごしに眼前にある資料を指先でなぞるように、虚ろな瞳がその文字列をゆっくりと追っていた。

「じぃちゃんに引き取られてから、子守唄よりも寝物語よりもずっと、毎日のように色んな魔物の話をしてくれたんです。まだ、自分の目で確かめた事もない魔物の話もそうだし、実際に見たときの体験話も。じぃちゃんはもう世界中を旅できないけど、ボクが代わりにじぃちゃんの見たかったモノを見て、それを昔みたいに今度はボクが話してあげたかった……だけど、ボクの身体はそれが出来ない。見たい世界に殺される……」

「エリク!」

 いつの間にか大粒の涙を零す少年の両肩を掴み、朧はいつになく強い口調でその名前を呼んだ。

 向き合わせた視線には悲しさと叱咤する光が複雑に交じり合い柳眉を潜めていた。

「……もう一箇所、連れて行きたいとこがある」

 一度だけ唇を強く噛みしめ自分自身を落ち着けると肩を握る手を放し、まるで迷子を連れて歩くようにその手をとって歩き始めた。

「朧……さん……?」

 怪訝そうに小さく呼びかける声に応えはなく、ただ微かに震える手を押さえるように反対側の腕で己の腕を強く握り締めていた。


せめて、じぃちゃん孝行くらいはしたかったのに。

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