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23.ManaAkumul


いつも通りには……戻れないのか?

 協会員襲撃事件は犯人不明のまま、既に三週間が経っていた。

 朧たちはこの一連の事件にまつわる関係者として連日、報告書と始末書を上げるため書面との格闘を余儀なくされていたが書けるべき内容など在って無いようなものだった。

 それでも二重結界に守られた首都(アーヴェラ)内に現れた黒い獣が、守護者たちをことごとく戦闘不能に陥らせた事実は変わらず、中には今も療養中の者も居るのが現実だった。

「セオ、これわからん!」

「わからないって言う前にちゃんと書けよ」

 朧のグシャグシャになった報告書を受け取ったセオは、目を走らせるがすでに人の字として理解するには難しく眉間にしわを寄せていた。

「頼む、ヒトの理解できる言葉で書いてくれ」

「どーせ、字下手だよ」

「書く気力がないのが伝わってくるのは気のせいか?」

 これ以上の返事も面倒だとセオは先に纏め上げた報告書の束を持ち、朧には渡された報告書を返却した。

「提出してくるけど、お前……逃げるなよ?」

「いくら自分でも、こんな状況で逃げれるとは思ってないよ」

 そう言ってちらっと視線を周囲にめぐらせれば、蹲るエリクとイルドたちが朧の部屋に居た。

 あの日の夜以来、少年の表情からは笑顔が消えた。

「エリク、大丈夫か?」

 朧の言葉にエリクはビクリと肩を震わせて、小さく頷いた。

 エリクは自分が倒れた後のことをよくは覚えていなかった。ただ誰かの声が遠くに聞こえ、気が付いたら協会付属の病院にいた。

 魔力蓄積体質(マナアクムール)。その言葉、体質の持ち主自体はさして珍しくもなく、大抵のマナテイマーならば魔力蓄積体質と言えるのだが、エリクはそれよりも珍しい体質であり調律能力と呼ばれる体内に溜まるマナを制御する能力が欠落してしまっているという事だった。

 あの日からエリクは躯の内側を蝕む力に恐れ、外に出る事を一切止めてしまった。

 シオンは少年の身の安全を考えるのなら、アーヴェラの配置上でマナの活動が比較的緩やかな場所にある協会直営の孤児院に託すことを唱えたが、それに賛成の意を示さなかった自警団の面々に朧が妥協策として自分の部屋へ運ぶことを提案し今に至った。

 しかし、協会の寮とはいえマナ封じの封殺結界は首都を覆う結界のみでそれが破壊された今、部屋には応急程度のものしか張ることが出来なかった。

 もっとも朧が自室を提案したのにも理由があった。

 趣味で集めていた旅先の土産物の中にマナの循環を制御するものがあったからだ。一見ただの水晶群(クラスター)にしか見えない石はアーヴァンの手により稼動し、机の片隅で淡い蛍火を放ちながら石の中で光の螺旋を描き、時には炎の揺らめきのように封殺結界を支えていた。

 元々は魔法治療用の補助道具なのだが“無いよりかはマシだ”と魔法医から一言添えられた事もシオンが許可を下ろす事になった一つとも言えた。

「セオ、戻って来る前になんか冷たい飲み物でも頼むわ」

「ああ、わかった。三人とも行こう……」

 朧の言葉にセオは一つ頷き、同じようにエリクを見るが少年は変わらず小さくなって震えるままだった。

 どうにかしないとな……このままならエリクの奴、耐え切れないな。

 思うことは皆同じだったらしく、自然と互いに互いの目を見て小さく頷くだけだった。

 そして、イルドたちはセオに促され持ってきていた報告書を持ちなおした。

 彼らもまた事件に関わるものとして直接、協会に呼び出しをもらい、その詳細の報告を情報管理部へと提出しに来ていた。

「それじゃあ、朧。エリクのこと頼むわ……」

 三人を代表したイルドに朧も頷き返していた。

 わざと書き間違えていた報告書もすべて直し終えてしまった。提出を終えてしまえばもう、この敷地に足を踏み入れる事は叶わない。

 その最後となる前に後輩の様子を見に来ていたのだった。

 静かに部屋を出て行った三人の足音だけを聞きながら、エリクはずっと蹲ったままだった。

 取り残されるように二人だけとなり、朧はキャスター付きの椅子ごと移動して勤めて明るい笑顔を向けた。

「なあ、後でここの中でも周って見るか?」

 塞ぎこんだままのエリクを案じての提案だったが、少年は力なく首を振って言葉も返すことなくのろのろと窓の外を覗き込むように移動した。

「ボク、もう外には出られないんですか?」

「結界の修復が終わればまた、今までと同じように皆と居られるよ。まあ、気分転換で街中を歩くのだって、本当は平気なんだけどね」

 気遣うように優しく言うがエリクはまた緩く首を振った。

「アーヴェラの外には、出られないんですか?」

「それは……」

 その言葉には流石に朧も言葉に詰まってしまった。いつ、どこで魔法の影響や自然界のマナの影響を受けるのか分からない状況で、護符石を持たないエリクを外に出すには危険があった。

「今は出れない、かな」

「でも、一生出れ無いですよね……調律能力が無いボクのような人間は死ぬんだって……」

 掠れた声は耳を澄まさなければ聞こえないほど小さかったが、朧は驚いて無意識のうちに睨むようにして視線を向けていた。

「誰がそんなことを言った?」

 確かにエリクの体質に関しては本人に伝えたが、そんな事までは誰一人として伝えては居なかった。

 しかし、目の前に居る憔悴しきった少年はその事実を知っていた。

「ここの図書室で、司書の人に教えてもらった本にありました。いつか溢れたマナは暴走して全てを飲み込むって……解決策も無いって」

「あぁ……」

 部屋に来てから三日目の昼、朧はエリクに頼まれ言われるままに図書室に案内した。

 気晴らしになればと思っての行動が裏目となり、内心でその司書に対し恨み言めいたものを覚えたがそれもまた今更言ったところで仕方が無いことだった。

「でも、それは絶対じゃない」

「いいんです……何となく、ボクは他の人と違うって、分かってたし」

 体に引き寄せた両膝に額を当てて全ての事を拒絶し、閉じこもる少年に朧は在りし日の事を思い出しズキリと痛んだ左肩へと手を回していた。

「朧っ」

 些か乱暴に叩かれたドアに続いてセオが戻ってきた。

 出て行ったときより多い資料を片手に、もう片方の手にしていた缶ジュースを机の上に置き隣にある自分の部屋へと朧だけを連れ立った。



何も考えたくない、何も聞きたくない……でも死にたくなんかないよ。

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