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19.霞めたる思いの守護者


慣れた重さがあることが一番、安心できるわ。

 シオンから愛剣を取り戻した朧は近くの自警団詰所から電話を借りてセオに連絡を取っていた。

「……お前、怖いこと考えたな」

『いや、元々の可能性として試してみる価値はあったからな。何人かはもう乗ってくれてる』

「なら良いけどよ。んじゃあ、いつもンとこで。頼んだモンもよろしく」

『ああ、遅れんなよ』

 朧は受話器を置いて、借りた礼を短く言うと約束の時間までの間を利用して中央ジャラ区にある魔術図書館へと足を運んでいた。


 魔術図書館は魔法に関係する蔵書を多数有しており、中にはその本自体に魔力が宿っている物などもあった。もっとも、そういった本は禁書か閉架に指定されいる。

「すみませーん。魔術大全集召喚の巻ってありますかー?」

 中に入ると迷わずカウンターへ向かった朧だったが、司書の男は迷惑そうに片眉を跳ね上げてみせた。静かにしろと、眼鏡越しの視線が訴えるが当人は素知らぬ顔でいた。

「少々お待ちください。ただいま調べてまいります」

 小さな咳払いを残して司書が、中型画面が付いている記録読出機(リーダー)を操作し始めた。

「一般蔵書と閉架がございますが、一般蔵書は既に貸し出し済みとなっております。閉架に関しましても、現在協会から特別要請を受けこちらには生憎とございませんね」

「他に置いてる所は?」

「ございません。一般蔵書に関しては貸し出し延期の申請が既に受理されておりますので、返却されるのは早くても五日後になります」

「ったく、誰だよ……自分が必要なときに借りていく奴は」

 理不尽な不満を誰に言うでもなく呟いた朧は、もう一つ別の本が置いてあるかどうかを調べてもらった。

「こちらの本でしたらあちらの通路、一番奥にございます」

「あの奥ね、ありがと」

 形式だけの礼を述べた朧は、さっさと足を進めていた。無数に並ぶ本の中から同じ文字列を探し当てそこから、目的のものを見つけ出した。

「あったあっ……た? へえ、こういう本もあるんだ」

 朧は目的だった『魔術全集初級編』の隣においてあった児童向けの可愛い装丁の本を引っ張りだし近くの空いていた椅子に腰を下ろしページをパラパラと捲り始めていた。

 本の内容は装丁そのままで未来のマナテイマーに向けての応援を含めた童話と初歩の魔術が書かれ、後半のマナテイマーの力の使い方。最初の方に書かれている童話を読めば、感覚に優れている子供にはマナの扱い方が大よそに理解できるようになっていた。

 最後に朧が目を留めたのは作者の後書きだった。

 何かの事件が一端となっていたのだろう、その大まかな説明が保護者達に向けて書かれ、最後の締めくくりは一人の子供へと向けられていた。


『悲運の少女へ。幼い子供たちに知らせる機会を与えてくれた少女へ。

 魔元素をその身に宿し続けることがどれほど辛い事なのか、私達は知ることは出来なかったけれど、類稀なる素質があったのではないかと私は考えています。

 魔力蓄積体質(マナアクームル)に生まれた貴女には、偉大なる魔術師への道を進む事が出来たはずなのに、不完全な目覚め方をしてしまったのはとても残念な事です。

 私達は当たり前のように魔法を使っていました。ですが貴女のように魔元素(マナ)が恩恵だけをもたらす事が無いということを教えてもらいました。

 一人でも多くの子供達が魔法に感心を持ち、同時にその家族に貴女のことを知ってもらえるようにと願い書かせていただきました。

 今はまだ、確実たる解決策はありませんが貴女と同じ悲劇が繰り返されないよう、正しい知識を未来の魔術師たちへ送り届けられるよう、筆を取り続けたいと願います。


 幼き偉大なる藍玉の魔術師へ 心よりご冥福を祈ります』


 朧は読み終え本を閉じた。深い溜息をついてからその本の著者を見ようとしたが最後のページにはなく、装丁もよくよく見れば印刷・製本所の印も何処にもなく、個人団体で作り上げたのかもしれない事が窺えた。

 興味を引かれ先ほどの司書へ本の事を尋ねたが、本来押されているはずの魔術図書館の印も何処にも無く首を捻るばかりだった。誰か個人の本を間違えて戻してしまったのかもしれない、と言う曖昧な結論だけもらい朧はその本を預け返し、ふと時計を見ると約束の時間が迫っている事に気が付いたがもう一冊だけと、再び本棚の間を歩き始めた。

「あれ?」

 窓際近くの本棚から本を選び出そうとしたとき、その外に顔見知りが居たような気がして朧は窓へと近づいた。

 人の波にその姿を殆ど消しながらやはり、見たことのある制服に革の鞄を持ち歩いていた。

「……買い物、かな?」

 それならこんな場所よりもっと側にいい店が沢山あるはず、と思いながら朧は本へと視線を戻していた。

 今度手にした本は先ほど読もうと思っていた『魔術全集初級編』だったが『魔力蓄積体質』に関する記載は何処にも無く、そのまま棚へと戻していた。


 そして約束の時間を十分ほど過ぎてから朧は待ち合わせしたカフェに向かった。

「おー、悪い悪い」

「本心で思っていないことを口に出すな」

 既に朧の遅刻を予想していたのかセオは近くの本屋で買ったばかりなのか、折り目の綺麗なカバーの掛かった薄い本を手にしていた。

「いや、一応……このくらいは、反省してる」

 本をしまうセオに向かい朧は片手の人差し指と親指をきっちり合わせた状態で見せていた。

「まあいいけど、本当にこれでよかったのか?」

 セオはしまった本の代わりにカバンの中からファイルを取り出し、朧は傍を通ったウェイターに紅茶を注文していた。

「ああ。ありがとさん」

 朧は早速、ファイルを手に内容を確かめ始めていた。整理上手な相棒は読みやすいように煩雑していただろう情報を綺麗に纏め上げていた。

「流石セオ、探しやすいわー」

「褒めても何もでないぞ。むしろオレにお前から何かして貰いたいところだ」

「なら、ここの茶代ぐらいで」

 資料からは目を離さず朧は読み進めていく。黒い獣の被害に合った人たちの証言と場所、そして残骸と思われる入れ物の回収場所。

 次に黒い獣自体の情報と『瞿』に指定されていたラゼルの資料だった。

「エリクの爺さんなんだな、その博士」

「ああ、自分もエリクに紹介されて知った。協会嫌いのどこでもいる厳しそうな爺さんだったよ。でも、見た感じ普通の爺さんだったけど……」

「なんで、そんな人が『瞿』に指定されているかって事か?」

 尋ねるとはやり当たっていたようで朧は小さく頷き、運ばれてきたばかりの紅茶に手を伸ばした。

「十五年前……魔物博士より前か。魔物研究の元第一人者だったわけか、実験用魔物の無断増殖とその管理不行届き……普通これくらいで特監対象になるのか?」

「まあ、猛毒のヴィヌドルだったからな。そのせいじゃないのか?」

「なんぞやそれは?」

「あれは何と説明するべきか、まあ水棲不形生物の一種で一ヶ月くらい原水の使用禁止令が発令されたことあってさ。確か、そのときの責任とって所長とその管理者がクビになったはずだけど」

 初めて聞いた魔物の名前に朧は首を傾げ、当時を知るセオが説明すると何となくだが大変そうだな……と呟いていた。

「とりあえず、ヴィナード博士の資料はそのくらいだったな。他の関連ありそうな資料は無かったけど、平気か?」

「んむ。ついでに自分の土産に一つ。時限装置の確定品」

「お前、そういうのは先に言えよ!」

 何食わぬ顔でポケットの中から黒ずんだ箱を取り出して、セオの前に置いた。一瞬席を蹴り上げかけたが、そこは流石に人目に気が付き制していた。

「ただ、気になったのは最初、自分には何の反応も示さなかった事」

「……?」

「総合案内のお姉さんに会ってさ、彼女が来てから三十秒程度でアンドッグが出てきた。街で噂になってる青い光は間違いなく黒い獣たちの出現合図だ」

 朧はテーブルに添え置きされているミルクポーションやシュガースティックを使って相棒に状況を説明していた。

「それは分かったけど、朧には何の反応も無かったと……最初の事件で襲われたのに、今回はなくて、協会員には反応して……一般人の被害は未だに無く」

 唸り声を上げながら一つずつ、事件の状況を確認し集めていた情報を整理していった。事件のある地区はまばらで日付もバラバラ、共通している事ははやり協会員だけが襲われたということだけだった。

 朧はセオに渡した箱から銀色の鎖を外して調べ始めた。

「これじゃあ調べようにも無理だよな。中は真っ黒煤だらけ。発現する前に回収出来ればよかったけどね」

「そうか。多分、特定の物に反応する魔法が仕掛けられてるんだろうな」

 箱をひっくり返し眺める朧から奪い取り、セオも同じように箱を仔細に点検し始めた。

「分かるのか?」

「多少は。二重三重になんか仕掛けられてる感じだけど……、協会で使ってる感知魔法かもしれないぞ、これ……」

「冗談ヌキで?」

「嘘。でも全部本当」

「どっちだよ!」

 突っ込みを入れる朧に、セオは箱をテーブルの上に置いて視線を相棒へ向けなおした。

「オレが分かるというのが嘘。でも、仕掛けられた魔法に関しては本当。今日の三人の休みの理由、イルドとカイトには時間の取れた奴らと一緒に目撃者の情報を洗い直してもらって、アーヴァンには他のとこで見つかった装置を調べてもらってたと言う事だ。セリカ・メイユって子、覚えてるか?」

「あぁ、最初に襲われた情報部の子だろ?」

「そうそう。セリカが自分の襲われた近辺で装置らしいものを見つけて、調べるのに魔術に詳しい人が欲しいって事でさ、丁度良いからアーヴァンを紹介したわけ」

「そういう事は先に言ってくれよ。せっかく手掛かり見つけたって内心で喜んでた自分がちょと虚しい……」

 思わず睨みつけたがセオは一瞬だけ笑ったが、表情はあまり良くなかった。

「進展無かったのか?」

「お前を待っている間にアーヴァンから連絡があって、三種類の魔法陣を組み合わせたもので仕掛けられているらしい。一つ目つは協会で使っているのとほぼ同じ型の感知魔法。この場合はオレたちが使っているリード石から発する周波を捕らえる型だな。二つ目は黒い獣を呼び出すための移送召喚魔法陣。最後の一つは……よくわからないらしい。何せ三つの魔法陣を一つに組み込んでいるらしくて、解読に時間が掛かるってさ」

「だからか……自分の石、今は持ってない反応しなかったんだな」

「そう言う事になるな」

「そんで、他の二人からは?」

「それがさっぱり、協会の情報とほぼ一致している。と言うか、他の情報が何も出てこなくて気味が悪いって言うのが感想らしい」

「……これで上層部が絡んでるような事件だったらどうするんだよ?」

「それはない。この前、協会戻ったとき親父に探りいれてみたけど上層部もかなり参っているらしい。大事な駒を無駄に疲弊させているってな。あのクソ親父は現場の大変さを知っているくせに無視してやがる」

「実父に対してまあ……パーシヴァル家の末弟は恐ろしいこと」

 しれっとして言うセオに、朧は思わず半眼になったが相棒のもたらす情報を信用していないわけではなかった。

 何より、パーシヴァル家は協会設立当初から活動の支援と魔獣対策に関しての力の入れようは有名で、今回の事件に対し自警団に守護者達を派遣するように指示を出したのも彼の父だ。

 街の安全を第一に迅速に行動したとして評価は高かったが、その評価も解決に結びつかず長丁場を迎えている現実に人々は明らかな不満の声を上げ始めていたが。

「親父の話は別として、他にも何人か内部情報探ってもらったけど上層部の誰かが絡んでいる様子はなし。情報制限が掛けられている形跡も無いから、ほぼ信用していいだろう。まあ、ここまでして何も出てこないとなれば、誰かが嘘をついているか、調べていても怪しまれない人が絡んでいる……と、疑い出せばきりの無い状況って奴だ」

 その言葉に朧ははぁ……と溜息をついていた。


気が進まないが、早く済ませるにはアレが一番なんだよな……

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