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18.貴く餌にされ

ホントに偶然でも助かったな。

「エリク!」

 走り戻ってきたときにはまだ青い顔のままだったが、きちんとアンドッグが発現した入れ物を見つけ出していた。

 やはり中は黒く煤汚れており、僅かに残った部分から推測すれば入れ物はキルト生地の小さな子供の玩具のカゴのようだった。

「ありがとな」

 朧は礼を言いながらエリクの手の平から箱を預かり、それに銀色の細い鎖を巻きつけた。

「あ……れ?」

「少しは楽になったか?」

「はい……」

 ゆっくりとだが顔に赤みが戻ってきたエリクに朧は安心したように箱をポケット中にしまい込んだ。

「とりあえず、歩ける……よな?」

「はい、大丈夫です」

 軽くなった痛みにエリクは驚いたが、流石にこれ以上の心配かける訳にはいかないと思い立ち上がった。

 隣を歩く朧はゆっくりと歩き進む少年を見ながら、先ほどのイルドの表情を思い出していた。

 口先では冗談交じりだったが、視線は明らかに非難していた。

「大事にされてるよな、お前」

「え?」

「なんでもない」

 少しばかり羨ましそうに呟いた朧だったが、不思議そうに返ってきた濃茶の瞳に緩く首を振って見せた。

「あぁ、そうそうシオンさんね。怒るととーっても怖いから気をつけてな」

「う……」

 朧にとって見慣れた寮が見えて来ると、少し気を重たそうにしていたエリクの背中をドンッと叩いた。

「心配そうな顔するなって。いくらシオンさんでも捕って食いやしないから大丈夫だって……タブン」

 最後の言葉は非常に小さく言いながら朧は寮に通じる道を歩き、門の前に立つ直立不動で立っていた門番に用件を伝えた。

 例え周囲が承知でも、リード石が無く協会員であるという証を立てられない朧は面倒ながらも面会の手続きを取るしかなく、二人はしばらく待たされた後、ようやく寮のロビーへと通された。

「それではキュエール隊長がお見えになるまで暫らくお待ちください」

「はいはい。ご苦労さん」

白雷(アルゲス)、毎度の事ではありますが……あまり心配を掛けない様にしてください。月弓の射手(アルテミス)の倒れる理由が心労では目も当てられませんよ」

「あははは、一応の善処と考慮は常にしているよ。自分の為にね」

 冗談めかして言われた忠言には朧も笑うしかなかった。

 確かに毎度の事とはいえセオが溜め息をつかずに、この道を通った数は数えるほどしかないだろう。

 そして門番がロビーから姿を消すと朧もまた席を立った。

「飲むもの買ってくるから、大人しく待ってなよ」

 にぃっと笑った朧にエリクはどこかで見たことのある笑顔だと浮かんだ身近な先輩たちの顔を振り払い、漠然とした不安を思い浮かべながら見送るしかなかった。

 たとえ付いて行こうにも、その間にシオンが来てしまえば何のために呼び出したのか分からなくなるし、間違って迷子になんてなったら話にもならない。

 少年はロビーの柔らかなソファに背中を埋めて大人しく待っていた。

 一人になれば、一層の緊張感が体を覆い聞こえる会話全てが自分を示しているのではないかと錯覚を覚えてしまう。

 朧さん、早く戻って来て下さいっ。

 しかし、願いは虚しく先に姿を見せたのはシオンだった。

 カツカツ……と靴を鳴らしながら歩いてくる主は怒りを湛え、栗色のクセ毛の少年をその視界に認めると周囲を探した。

「エリク、朧のヤツはどうした?」

「えっ……と、飲み物を買ってくるって……」

 危険な光を宿した金色の瞳にエリクは、ビクッと体を跳ね上がらせ素直に答えてしまった。

「くっ、あやつまさか!」

 至った考えにシオンはエリクの腕を取ると来たときよりも早く、怒りを露にした足取りで戻っていった。

「ち、ちょっとシオンっ?」

「ぬかった。あやつが大人しくしている訳が無いと思ってはおったが」

 シオンは必要な手続きも全て後回しにさせ、エリクごと自分の部屋まで戻るとようやく手を離した。

 守護隊長(エオル)の地位にあればどれほど広く凄い部屋なのかと、ほのかに浮かんだエリクの期待はあっさりと裏切られた。

 彼女の部屋には生活に必要最低限なものと窓際に飾られている観葉植物ぐらいしか目につくものも無く、広さもダガズ区の祖父の書斎とさほど変わりは無いと思っていた。

 そして入り口直ぐ側のクローゼットが開かれ、興味に駆られてみた中には純白に金色の刺繍の施された豪奢な上着や街の古着屋で安く買えるような服が何着かあった。

 しかし、それを見たエリクは思わずシオンとその服を見比べていた。

 小柄な少女が着るには些か長すぎるスカートやコート。引きずるしかなさそうな衣類を着ている姿を思い浮かべて、一瞬だが噴き出してしまった。

「やはり餌だったか! 今度という今度は、許さんっ!」

 クローゼットの中から黒塗りの鞘に収められていた剣がなくなっていることを認めたシオンは、エリクがいることも忘れてその怒気を大いに発揮していた。

「こ……こわっ!」

 思わず口を付いて出た言葉に少年は慌てて口を閉ざしたが、一歩遅く鋭く睨みつけられてしまった。

「朧の奴め……逃げられると思うなよ」

 低く含んだ声で笑うシオンに、もうかける言葉は無かった。


うぅ……やっぱり、悪い予想だけは当たるんだよなぁ。

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