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17.手掛かり入手


安心してるのもおかしな話なんだけどな、でもキズにならなくてよかった……

 夕闇が静かに空を染め、通りを歩く人々の姿はまばらになり小さな子供を連れていた親は何かに追われるように急ぎ足で帰路についていた。

 協会の業務には一応ながらに就業時間がある。その終業時間は既に過ぎており、今までと同じならば黒い獣達が現れる時間も差し迫っていた。

 朧とエリクの二人は共に並んで歩きながら協会へと向いながら、途中にある事件現場にも足を運んでいた。

「いっ……」

 イングワズ区とシゲル区の境に走る大通りを過ぎたところで、エリクが小さく呻き、朧はその足を止めて周囲へ目を向けた。

 エリクが頭痛を引き起こす原因の一つにマナが関わっている事は今日一日、共に歩いていてほぼ確信を持っていた。

 神経が自然と尖り菫色の双眸が冷たさと色を増して紫水晶の色へと変わり警戒の色を強くしていた。

「エリク、大丈夫か?」

 自然と声も鋭くなっている自分に気が付き、せめて向ける表情は穏やかであるように意図して笑顔を作っていた。

「大丈夫です……おかしいな、朝は平気だったのに……此処」

 まだ痛む頭を抑えながら呟いたエリクは自分が言った言葉の意味を考える事はなく、隣で立つ朧の笑みにどこか困ったように返していた。

「朝、ここ通ったのか?」

「はい。シオンと今日は大通り一周コースだったから。最初に此処を通ったんですけど」

 しきりに首を捻るエリクだったが、朧の視線は既に別のところへ向いていた。

 向かいの道から歩いてくる女の姿。以前から何度か話をしたことがある本館の受付嬢の姿を見つけていた。

 やはり彼女も他の人々と同様に急ぎ足で帰路についている様子だった。

「あ、久遠?」

 朧の姿を見つけた彼女は不安を乗せたまま声を掛けてきた。

「今終わったの?」

「ええ。このところ物騒だから……」

 声を掛ければやはり不安からかせわしなく周囲を見回した受付嬢に、朧は一言だけ引き止めた詫びを入れながら道を譲った。

「早めにこの事件解決してね」

「善処するよ。ホントは送っていくべきなんだろうけど……」

「大丈夫よ。こう見えても足には自信あるから」

「そう? でも、気をつけて」

 短い話も終えると彼女は軽く手を振り、急ぎ足で去って行った。

 その後姿が見えなくなってから長くも無い間を開け、エリクがその身を地面に落としていた。

「うぅ……な、なんだよ……これ」

 ズキズキ痛む頭と心臓を押さえる姿に朧は、更に警戒を強めていた。

「ぅああ――――っ!」

 上がる苦悶の声と同時に路地に出ていたプランターの間から青い光が浮かび上がるのを朧は見逃さなかった。

「どっちだ……」

 青い光から現れるのがアンドッグかブラックボアホンか一瞬考えた。

 そして背に手を回しかけ、今その場所に収まっているはずの愛剣が無いことを思い出した。

「エリク立てるか?」

 光が収まりかけ、その大きさからアンドッグと分かると朧は倒れたままのエリクに声を掛けた。

「プランターの側に仕掛けがある、回収頼む」

「ぅぁ……はい」

 小さく消え入りそうな答えだったが、それでも朧は振り返らず走りだしていた。

 完全に黒い毛並みを夕闇に染まる路地に現すと、側を歩く人々から悲鳴が上がり途切れたのを合図に獣は地面を蹴った。

 人々の合間を風のように駆けるアンドッグを朧は見失わないように付いていくのが精一杯だった。

「やっぱ、送っとけば良かったか」

 零しても仕方が無いことを今更ながらに呟き、道の先から悲鳴が上がった。

「っ? 朧!」

「イルドッ?」

 偶然の神は朧に手を貸したようだった。先ほど別れを告げたばかりの受付嬢と黒い獣の間には私服姿のイルドがあった。

 アンドッグは思いもよらぬ邪魔者に低い唸り声を上げ、牙を突きたてようと力強く飛び掛った。

「爆ぜろ!」

 ほぼ同時に朧が白いコートの内側から薄刃の赤いナイフを言葉と共に投げつけると、アンドッグの背中に当たった瞬間に小さく爆ぜた。

 自警団を出る直前にセオから渡されたのがこの使い捨ての属性ナイフだった。投擲専用のナイフに元から仕込んである魔法はマナの活動が低いところでも利用できるようにと作られたものだったが、それでも首都の結界は強く本来ならちょっとした丸太くらいなら吹き飛ばせる威力も動きを牽制する程度のものとなっていた。

「おぉ……朧、おれいるのに……」

「大丈夫、わかってやってるから!」

 間近で起きた爆発に耳を押さえて蹲るイルドに朧はからから笑って見せたが、アンドッグの牙がイルドに到達しなかったことにほっと胸を撫で下ろしていた。

「ったく、休み返上のお仕事なのに、この最後の仕打ちは何だよ」

「ぼやくなって。一般市民の安全とエリクも置いてきてるから急いで片付けるべし!」

「そーですね。って、おれらの可愛い後輩置き去りかよ! 酷いやつめ……」

 ジトっと睨まれたがイルドは予備として持っていたグリップガードの付いた大振りのナイフを朧に向かい投げ渡し、それを受け取ると再びコートの内側から先ほど投げたのと同じナイフを今度は三本、まとめて投げた。

 そのどれもがアンドッグの側に落ち先ほどと同様に弾け、怯んだ一瞬にイルドが飛び掛っていた。

「眉間狙え!」

「おー!」

 朧の助言にショートソードを握る手を背中まで引き、一気に突き出すが振りの大きすぎた動作にアンドッグは危なげなく横に飛び交わしていた。

「はーい、いらっしゃいってね!」

 しかし完全にアンドッグの正面に回りこんでいた朧のナイフが陽の光を受けて赤く染まり、間を置かず真直ぐに突き出した腕に骨を断った感触が伝わった。

 悲鳴も上げることなく青い炎に包まれたアンドッグを見届け、朧は借りたナイフに刃こぼれが無いかを確かめてからイルドに渡した。

「イルド、悪いけど彼女送って行って」

 答えも聞かないうちに来た道を戻った朧に、イルドは取り残された女性に手を貸していた。


体の中で蟲が蠢いて締め付けるみたいで、気持ち悪い……


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