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16.己の立つべき位置


自分の家族、か……あの素直さは羨ましいね。

 数日ぶりの自警団の中はさほど変わり映えもしていないが、エリクにはひどく懐かしいものに見えた。朧は「流石に姿を見られると不味いから近くで待っている」と言い残して、エリクに拾ったバケツを持たせて姿を(くら)ませてしまった。

 詰所の中ではテドがいつものように迎え入れたが、エリクの話を聞くと驚いたように手にしていた書類を落としそうになっていた。

「テドさん、大丈夫ですか?」

「えぇ……少し驚いただけですよ。まさか、エリクがそんな情報を持って戻ってくるとは思いもしませんでしたから」

 今までこの自警団の一番下っ端下でまともに情報も集められず、出来る事と言えばお茶菓子を見繕うことと言い切れる少年が、一連の事件の手がかりを土産に戻ってくるとは露とも思っていなかった、と素直に表情に浮かべていた。

 それでも、僅かに青ざめたように見えたエリクから泥で汚れたバケツを受け取り、側にいた団員に邪魔にならない位置に置いておくように指示をした。

「なに騒いでんだ? お、エリクじゃねぇか……丁度いいや、少し奥に来い」

 仮眠でもしていたのか、少しばかり寝癖の目立つ頭のままサバスが顔を出し、そのままテドに飲み物を持ってくるようにだけ告げて再び奥へ戻ってしまった。

 そして呼びつけられたエリクは、テドに一度頭を下げてから仮眠室へ入っていた。

 仮眠室には見慣れぬ荷物が少しばかり置かれており尋ねるようにサバスへ視線を向けた。

 見る限り、いつも散らかっていた仮眠室の散乱具合は自分が出るよりかは幾らか片付けられていた。

「あの……団長、誰か新しい人でも入ったんですか?」

「いや全然。何で?」

「いえ、そこの荷物……はじめて見たし、中もちょっと片付いてたから」

「あぁこれか? まあ今、各自警団に守護者が派遣されてるって話、聞いて……るわけはないな。なんせ、シオンとこから逃げ出してきてるんだしなぁ」

「うっ……! なんで団長がそのこと知ってるんですか?」

 サバスは頭をガリガリ掻きながら荷物を崩さないように椅子に座り、エリクには向かいのベッドの上にでも座るように示した。

「当人から連絡もらったんだ。たまの休みを削ってお前の面倒見てもらってるんだから、あんまり困らせるような事はするなよ」

 言いながら、近くに置きっぱなしになっていたシガレットケースから一本取り出そうとして、エリクの渋い顔に肩をすくめた。

「そんな顔するなって。どうせ、アイツの事だから『足手まといだ』とか何とか言ったんだろうけどな。あれでもお前のこと考えてんだぞ」

「そうかも知れないですけど……なんで、同い歳の女なんかにあんなに言われなきゃいけないのか。それに、黒い獣の手掛かりだって見つけたんですよ!」

「青い光か? それも、シオンの連絡で聞いたが見習い以下の坊ちゃんが首を突っ込んでいい問題じゃないだろ、少しは自重しろよ」

 (さと)すようにサバスは言うがエリクにとって「何故、目の前に手掛かりがあるのに手に入れようとしてはいけないのか?」と納得できないでいた。

「不満そうだがな、お前今までに泥棒の一人でも捕まえた事あるのか?」

「そ、それは……」

「ねえよな? 大抵はイルドかカイトが捕まえちまうからな。でも、問題はそこじゃないだろ? 誰かみたいに一人で何でもかんでも解決しちまおうってよりも、他人を当てにし過ぎてる方が問題なんだよ。

 エリク……お前、『シオンがいるから大丈夫だ』とか思って自分のこと考えずに首を突っ込むなよ」

 サバスのあまりな言葉にエリクは反論したかったが、先の倉庫での一件を思い出せばあながち間違っていない事に気が付かされた。

 あの時も朧が側にいるからどうにかなると心のどこかで思っていたが、結果は問題を起こすだけ起こして、重要な手掛かりも貰い損ねるところだった。

「とりあえず、自分の事ばっかじゃなくてちゃんと相手のことも考えろ! まあ、お前はシオンのところに戻って謝って来い。お前の土産はこっちで調べられるとこまでやってから協会にでも委ねるさ」

 僅かに声を張った言葉は部屋の外にまで聞こえていた。

 詰所の直ぐ側に身を潜めていたつもりが、どうやら最初からバレていたらしいと朧は小さく笑った。

「なに、一人で笑ってんだよ。気味の悪いやつだな」

「うわっ! な、なななな……なんで、いんだよ!」

 全く持って予想もしていなかった相手の存在と、頭上に落ちた物体に朧は思わず悲鳴を上げていた。そして、開いた窓からはサバスがくつくつ笑いながら顔を覗かせて来た。

「よぅ、脱走者。無事そうだな」

「サバスの旦那……もしかして」

 あわわ……と、驚きに口がふさがらない朧に対して書類を片手に辟易とした溜息をつくセオはそれを窓越しにサバスへ渡していた。

「これ、昨日までの情報。で、そっちが各自警団の報告書のまとめですよ」

「おう、ご苦労さん。テド! コーヒー二つ追加、頼む」

 部屋の内側に向かい叫んだ男の声に、応じる声が短く上がった。


「なーんで、よりによって……お前の派遣先がココかよ。なんの嫌がらせだ……」

「オレに言うな。それで、少しは機嫌直ったみたいだけど?」

「あ……」

 サバスはエリクに話を聞くため、まだ二人とも仮眠室からは出てきておらず、朧とセオもまた外に立ったままだった。

「お前ってさ、ホント見かけによらず嫌な性格してるよな……」

「その台詞はそっくりそのまま返しておく。それに、多少の図太さが無いとお前とコンビは組めそうに無いと、最近悟りを開かせてもらったところだ」

「アア、ソウデスカ……」

 ちっ、と舌打ちする音が耳に入ったがセオは気にせず中へ入るように促した。

 中にはイルドたちの姿は誰もなく、シフト表を見れば珍しく揃って休みになっていた。

「なんだ、イルドたちいねーのか」

「ああ。オレが少し用事頼んだからな」

「あの三人を? 揃いも揃って?」

 疑問に満ちた視線をセオに投げかければ、軽い頷きだけが戻ってくるだけで、いつものしたり顔でテドが入れたコーヒーを受け取っていた。

「何、企んでんだよ……」

「企むって言うな。聞けばあの三人、こっち来る前はハンター経験あるって言うから少しそっち方面で動いてる……という事にしておくか」

「ちょ、おい! なんだよ、その歯切れの悪さは!」

 何か聞けるかと期待してみたが、結局答えはなく、テドへ助けを求めるように視線を向けたが彼も首を捻るばかりだった。

「そんな事より朧。お前、そんだけ動けるならさっさと本部に戻ってこっちに来る手続きとって来いよ。どうせ、勝手にふらついてるだけなんだろ?」

「えっと……無理っ」

 一瞬、語尾にハートやら星が付いていそうな良い笑顔を浮かべたが、向けた相手は素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいた。

「あのさ、セオ……やった自分が言うのも可笑しな話だとは思うが、もう少し反応らしい反応を返さんか! 凄く虚しいじゃないかッ!」

「知るか」

「クッ……二度としねぇ」

「好きにしろ」

 よほど恥ずかしかったのか朧の頬が僅かに朱に染まっていたが、それでもセオは受け流す事を選んでいた。しかし、リズミカルに出てくる言葉の応酬を聞いていた他の面子は笑うしかなかく、二人もそれをどこか心地よさそうにしていた。

「で、話を元に戻して。無理って……ああ、そういえば凍結されてたんだっけ?」

「分かってて言ってるな、てめぇ……」

「いや、一瞬本気で忘れてた」

 にんまりと笑ったセオに、朧はまた小さく舌打ちをしていた。

「久遠さんのそういう表情、初めて見ましたよ」

 少し驚いたように呟いたのはテドだった。いつも一人で顔を見せに来れば絶えぬ笑顔で周囲を魅せ、その中にサバスやイルドたちが混じったとしても、変わることが無かった。

「だって、セオってばいつも自分の事いぢめるんだもん」

「誤解招くような言い方するなよ。大体、一人で好き勝手にやってるのはお前だろう。オレやシオンさんがどれだけフォロー入れてると思ってるんだよ」

「んー、頼んでないって事で」

「ほう、なら二度とお前の後始末は手伝わなくて良いだな?」

「嘘ですごめんなさい自分が悪かったです。そんなわけでセオ君や。早速だけどまた悪さをしてくるからよろしく」

「そういう宣告はいらないし、むしろするな。んで、エリクだっけ、連れて行くんだろ?」

 尋ねられた言葉に朧は素直に頷き返し、仮眠室から出てきたばかりのエリクを呼び寄せると、呼ばれた理由もわかったのか直ぐに靴を履きなおしていた。

「朧、分かってるとは思うが無理させるなよ。一応こいつもって行け」

「ん、さんきゅ」

 投げ渡された包みを懐へしまいながら刺された釘に頷き返し、怒られて落ち込んだままのエリクの頭をくしゃりと撫でて朧はまた彼を連れてアーヴェラの街へと戻った。


ボクだって、みんなの役に立ちたいと思ったんだ……

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