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15.家族


大きな進展になればいいけど、どんな御仁かね。

「あ、ここですよ」

 いつの間にか辿り付いていた一軒の家の前。首都ではありふれた二階建ての家だが、他の家よりその造りは小さく、茶色い屋根が質素な雰囲気をさらに強調していた。

 表札には『ラゼル・ヴィナード』と記されていたが朧はその角に掘り込まれている文字に目を止めていた。

 なんで『()』が刻まれているんだ?

 朧が目を留めた文字は東国で使われるものだがその読み方には『おそれる』という意味があった。

 それは同時に様々な理由で協会から特別監視対象者と指定された人物を示し、監視員は特監と呼ばれている。

「じぃちゃん、ただいまー!」

 エリクは朧の険しい表情にも気がつく様子は無く、慣れた手つきで家の鍵を開け玄関先から入るように声をかけてきた。

 朧もそれに応じ敷地内に足を踏み入れた途端、ざわりと総毛立ったが更に呼ぶ声に歩き始めた。

 この感じ、結界……だよな? でも、何かが違う……

 微かな引っ掛かりを覚えたが玄関を開いたまま、自分を待つエリクの不思議そうな表情を見てその考えは一時、片隅へと置いておく事に決めた。

「朧さん。どうぞ上がってください。何にも面白いものは無いけど」

「帰ったのか、エリク?」

 朧を案内しようとした矢先に、直ぐ側にある部屋のドアが開き中から小柄な老人が姿を見せた。

 厳格な雰囲気を纏うラゼルの背は杖こそついていたが凛と真っ直ぐに伸ばされ、蓄えられた白い顎鬚も見苦しさもなくきっちりと手入れがされているのが伺えた。

「そちらは?」

「初めまして。アーヴェラ協会所属の守護者、久遠朧と申します」

 キロッと微かに睨むように向けられた視線に朧は静かに名乗り、頭を下げた。

「じぃちゃん、なんか噂の黒い獣のこと知らない? この辺じゃ見た事無い種類でさ、忌避結界も内側じゃ効かないみたいでさ」

 やはり身内の相手ともなれば緊張の糸が解けたように人懐こく訊ねるエリクだったが、朧は僅かに眉をひそめたラゼルの表情を見逃さなかった。

「知らん。儂は忙しい。悪いがお引取り願おう」

「ちょ、じぃちゃん! 少しくらい協力してくれても良いじゃん! 話だけでも聞いてくれても良いだろ!」

 ラゼルの思いもよらぬ言葉にエリクは慌ててまた書斎に戻ろうとした祖父の前に回り、その足を止めさせた。

「断る。協会と関わり合いになるのは真っ平御免だ」

 はっきりとエリクに向かい言うラゼルに孫は信じられないと言う表情をありありと浮かべていた。

「あんたには何の恨みもないが、さっさと出て行ってくれ」

「じぃちゃん! なんだよそれ、朧さんに失礼だろ! ボクたち黒い獣のこと調べてるんだ。じぃちゃん頼むから協力してよ」

 尚も食い下がろうとするエリクにラゼルは厳しい表情のまま、朧を見ることなくその脇を通り過ぎた。

「いいよエリク。お忙しいところ失礼いたしました」

 予想通りの結果となってしまったことは些か残念だったが、朧は素直に引き下がりラゼルに再び頭を下げた。

 首都に居ても協会と折り合いの悪い人間は少なからず居るものだ。それを初めて知ったエリクはなおも祖父に食って掛かっていたが、朧はそれを止め先に表へと出て行き、少年は不貞腐れたまま同じように外へと出た。

「ごめんなさい、誘ったのボクなのに……」

「自分は全然気にしてないからお前も気にするな。エリクのこと心配してのことだろうし」

 落ち込むエリクの頭を軽く叩いて励ますと、少年は小さく頷いた。

「じぃちゃんは心配性なんですよ。自警団に入るのだって、猛反対されたし。まあ、その時は思いっきり家出してやったんですけどね」

「おいおい……」

「だって、ハンターになるのもダメ、自警団に入るのもダメ、街の外に行くのだってじぃちゃんと一緒って条件付き! 心配なのはわかってるんですけど、ボクだってもう十五ですよ! いつまでもじぃちゃんに面倒見てもらうわけにも行かないじゃないですか!」

「……そう言えば、両親は?」

「三歳の時に、魔物に襲われて……」

「そうか。悪い事聞いたな」

「いえ……あんまり覚えてないから、それはそれで幸せなのかもしれませんけどね」

 何気なく触れた先が傷跡で、朧は翳ったエリクの表情と言葉に何も返す事ができなかった。

「偉いな」

「そうですか? でも、ボクは早くじぃちゃんの面倒見てやれるくらいになりたいんですよ。だって、そうしたら一緒に遠くまで旅行とか行けるじゃないですか」

 落ち込む表情を見られたくないのかエリクは無理矢理笑って行ってみたい地名をどんどんと並べていった。

 そのどれもが観光名所に上げられる場所ばかりで、恐らくは近くの本屋で売っている旅行本で手に入れたような風景を浮かべている事だろう。

「爺さんのこと好きなんだな」

「そりゃもちろん。だって、魔物にも精通してて魔法にも強くって自慢のじぃちゃんですから。そう言う朧さんは?」

「家族の事?」

 尋ね返すと無邪気な表情のままで頷いていた。朧は一瞬思案したが、ただ答えを上げることも無く笑い返した。

 ズキリ……と左肩が不快に疼いていた。

「聞いてみたいな。ボク、あんまり他の家族の話とか聞いたことないから。あ、でも団長を見てると幸せそうなのは分かりますよ」

「ああ、サバスの旦那は家族第一の人だからね。まあ、仕事上あんまり休み取れないって嘆きはよく聞いてるけど」

 二人は家族の自慢話をいつもするサバスの表情を思い出して笑っていた。



じぃちゃんなら、何か知ってると思ってたのになぁ。

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