14.手掛かり手探り-4-
思い違いにしたいところだけど、どうも当たり、かな?
「サバスの旦那のところに戻るぞ」
「え? でも、他の現場を見なくてもいいんですか?」
「こっからでも、イングワズに戻る道で二つほど事件が起きた場所がある。それから他の区に回っても問題はないし、日が落ちればまた黒い獣が出るかもしれないからな」
ふっと溜息をついた事に疑問に思い、エリクは改めて朧の姿を見て驚いた。
アルゲスを没収されていた事実を知らなかったエリクはようやくここに至って、朧が丸腰でいることに気が付いた。
「よし、急いで行くぞ」
にこっと笑った先を促し朧はエリクの手からバケツを取り戻すとそのままスタスタ歩き始め、再び少年が追いかける形となっていた。
二人のいるエイワズ区からイングワズ区までは大通りを挟んで直ぐにあたるが、歩いて移動するなら三十分も歩く事になる。
本来なら転送機でも使用してさっさと次に行くところなのだが、エリクのあの不調の訴え具合と協会員襲撃事件に関係のある場所を無視して移動するのはいくら朧でも避けたかった。
それに、これも手掛かりなのかすら怪しいし……何より情報が圧倒的に足らないんだよな。
未だにどういう仕組みで黒い獣が現れ何故、協会員だけを狙うのかその理由も目的もわからないままだった。
話を聞く限りでも、襲われた協会員と同じ道を普段から利用している人が多数いても黒い獣に襲われたことが無いという。
ただ、朧が得たのは今までの証言と実際に足を運び確認した限りでは、比較的マナの活動が見られる場所と言う事だけだった。
朝から情報を集めに街中を歩き回ったが、シオンにリード石や携帯電話も没収された状態で集められる情報には些か限界があった。
やはり協会の情報網と収集力は個人の比ではなく、顔が割れているぶん情報屋から情報を買うにもシオンに知られる危険性があった。
本当ならすぐにサバスたちの自警団から情報を集めたいところだったが歩くうちに、協会本部にいる守護者たちが各自警団に出向していることを知り、断念していた。
朧がエリクを探していた理由もそこにあり、サバスたちと協会内の情報を得るために協力をしてもらおうと考えていたのだったが、考えは考えで終わり、今に至った。
家々の間を歩きながら時折、地図を開いて場所を確認すると近くの家のドアフォンを鳴らしては事件の事を住人たちに聞いて回った。中には先の男たちのように不安を怒りに変え怒鳴る婦人もいれば、自分たちに労う言葉をかける老夫婦もいた。
エリクはそんな朧の姿を見ながら不安そうに目を向け、そのたびに小さく肩をすくめて笑う姿にきっと大丈夫だ、と安心していた。
「なあ、エリクは守護者になったら何がしたい?」
「え? あ、それはもちろん、街の人たちを護りたいからです!」
突然、話題を振ったのせいか朧はまるで面接の応対応答を聞いてるたような気分で笑ってしまったが、当人は真顔のままだからこそ余計に笑いがこみ上げてしまった。
「違う違う、『何でなりたい?』じゃなくて『何がしたい?』だよ」
笑うたびにズキズキと体が痛むせいで思わず涙も浮かび上がったが、エリクには笑いすぎて泣いているように見えて、かぁっと頬を赤く染めていた。
「そ、そうですね……え、えと、その……」
出来る事ならば目の前を行く人物と共に剣を振るいたいが、本人を目の前にして言うには些かはばかれた。
「あ、そうだ。ヴィゼル・ラナルド博士みたいに魔物図鑑を研究してる人と一緒に魔物の生態調査研究の手伝いをしてみたいです。ボク、こう見えても魔物には結構詳しいんですよ」
「ラナルド? あぁ、魔物博士か。あの人の研究は相当なものだったらしいからな。魔物図鑑なんか、今じゃ自分たちはもちろんハンター達の必携アイテムだからな。でも、魔物研究って結構コアな答えが出てきたな」
「まあ普通ならそうですよね。でもボクのじぃちゃんがこれが魔物マニアって言うぐらい詳しくって、ずっとそんな話ばっかり聞いてたお陰で、その辺の成り立てハンターより知識はありますよ。あっ、そうだ! 朧さん、時間あるならじぃちゃんの家に寄りませんか? ちょっと遠いですけど、きっと黒い獣たちについて何か教えてくれるかも知れませんよ」
緊張していた面持ちからようやく破顔したエリクに朧も釣られるように笑っていた。
「遠いってどこに住んでるだ?」
「ああ、ちゃんとアーヴェラの中ですよ。ダガズ区だから、ちょうど反対で」
エリクの言葉に朧は確かにと頷き返した。イングワズ区に向かっている今の方向と背中合わせになり転送機が使えなければ歩くしかない。
先にエリクの祖父に会い自警団へ向かうほうが良いか、朧は少し考えて足を止めた。
「まだ黒い獣が現れるには時間があるか……なら、先にお前の自慢の爺さんに会うのもひとつかな?」
少しでも黒い獣についての情報が欲しかった身としては、魔物に詳しい人物を紹介して貰えるのはありがたかった。朧が案内を願うとエリクは祖父に会える喜びもあるのか、再びぱっと表情に表した。
「朧さん、どうせならソレも一緒に調べてもらいましょうよ。じぃちゃん、魔道具関係にも結構強いんですよ」
「へえ、すごいな。自分の周りにそう言う人は居ないからな。まあ、あんまりここから出られなければ意味無いけど……」
素直な関心と最後の小さな言葉を聞きとめたエリクは振り返り、首を捻っていた。
「他の守護者たちと違って、自分らはあんまり外に出してもらえないんだよ」
「え……? でも、よく外での活躍は聞きますけど……それに、覚えてないかも知れないけど、ボク、朧さんに助けてもらった事もあるんですよ」
「マジ?」
きょとんと濃茶の目を丸くしたエリクに朧は記憶を探した。バラストに来たのが三年前、守護者になったのは昨年だから……と半ば唸りながら記憶をさかのぼっていくが思い出すのは関係の無いことばかりだった。
「そんな真剣にならなくても」
「んっと、記憶力には多少の自信があったんだけどなぁ……悪い、覚えてないかも」
「気にしてないですよ。でも、朧さんって守護者になったばかりだったんですね。『白雷』の噂はずっと聞いてたから、ボクが勝手に勘違いしてたのかも?」
呟きながら、エリクはその時の事を掻い摘んで話した。時期は一年と少し前の春先の事で、ちょうど朧が協会に登録したばかりの頃だった。
「ボク、そのときイルド先輩と近所の子供たちの頼みを聞いてふよんを捕まえに街の外に出てたんですよ。それで、まあ……いきなりアレがいて、先輩は側で見て笑ってただけだったけど」
少し口を尖らせ拗ねたように呟く姿と、イルドも側に居たと言うことで朧はあっと声をあげた。
「もしかして、アンビッシュドッグに追いかけられてたの、お前か!」
「うぅ……覚えてくれてたのは嬉しいけど、そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
アンビッシュドッグとは隣国から輸入されてきた大型犬種で、長い耳と白っぽい茶色の柔らかな毛が特徴のとても人懐っこく、あの時も、本人(犬だが)はエリクと遊んでいるつもりだったんだろう。
「だ、だって……エリク、あんとき本気で逃げて、たんだもん」
当時を思い出し、笑いすぎて目の端に涙が浮かび上がったのを指先で拭うが、やはりまた声を上げて笑ってしまう。
「うー……そう言っても、昔、噛まれた身としてはやっぱり逃げたくなりますよ。しかも立ったらボクより大きいんですよ!」
情けない声をあげたエリクだったが、それでも追いかけられたのは恐怖で助ける気も無く笑い続けていた先輩より、直ぐに止めに入ってくれた朧の方が頼もしく見えてしまうのは仕方が無かったことだろう。
「そっかそっか。まあ、あいつのおかげでイルド達に会えたって所もあるか」
「えっ! 朧さん、イルド先輩とあんな仲良さそうだったのに、あれが初顔合わせだったんですかっ?」
「まあね。と言っても、ほんとに話す機会出来たのはサバスの旦那のおかげかな? いつも行く店で会ってさ、そっからだよ」
こちらも始めて聞いた事実にエリクは驚いていた。人の縁とはどこで作られるか分からないもの、と朧は笑いながら言うと少年は納得したように頷いていた。
きっと、じぃちゃん驚くだろうなぁ。