13.手掛かり手探り-3-
あー、給料日まだなんだけどなぁ。ちょっと懐に響いたわ。
「ここまでは民家もあったし、不審な物もなし。あるとすれば出入りのしやすい公園くらいと思ったけど……」
朧は転送機の側まで行き調べてみるが、特にどこの転送機でも見られる転送用魔法陣にマナを集めるための特殊増幅装置があるだけだった。
それ以外に目立つものといえば地下水をくみ上げて循環させている水飲み場とベンチくらいだった。
「直接仕掛けでもあるかと思ったけど……ハズレか」
直ぐに見つかるとは思ってはいなかったが、マナ封じの封殺結界が働いているアーヴェラの中で魔法やそれに準じる力を使うには協会員のもつリード石を所持するか、相当強力な魔法を使うしか手段は無く使用すればその痕跡は残っているはずだった。
ここまで何も痕跡が無いことに落胆は隠せずにいたが、朧はパッとコートの裾を払い、立ち上がりざまにその後ろの茂みの一部だけが黒ずんでいる事に気が付いた。
「エリク、こっちにこい!」
反対側を調べていたエリクに声をかけ呼び寄せると、少年は少しだけ顔をしかめて額に手をやった。
「どうした?」
「いえ……昔っから転送機の近くとかって頭痛がして……相性悪いんですよ」
苦しそうに笑みを作ったエリクに朧は小さく頷いて、少し離れるように指示した。
ほんの数歩分だけ転送機から離れたが後ろ向きに歩いたせいで、転がっていた黒い箱に気が付かず変な位置で踏み抜き転んでしまった。
「大丈夫か、気をつけろよ?」
「あ、はい……ごめんなさい」
素直に謝るエリクに朧は手を貸して立ち上がらせると、背中についた泥を払ってから箱を拾い上げた。
「さっきのおっちゃん達にもそう素直に謝ればよかったのに」
「え、だって! あれは……」
「確かに、お前一人でやらせようとした自分にも責任はあるな。まさか、こんなに短気だとは思わなかった」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべた朧に、エリクは折角直りかけていた機嫌を再び損ねたように唇を尖らせて俯いた。
「情報屋から情報を買うのは簡単だけど、確実なのは目撃したヤツから話を聞くのが一番だ。たとえ、喧嘩を売られてもなじられてもな。
耐えるのも勉強。力のあるヤツがその力に任せて行動したって反発されるのがオチだ。
それに辛気臭い顔したヤツに、話したがるヤツもいない……特に、こんな不安な状況なら誰かに突っかかってでも気を紛らわせたい連中だって多いから。もう少し、上手く受け流せるようになれよ。
守護者なんて、こんな状況下ぐらいでしか当てにされないんだし」
そう言う朧にエリクはとんでもないと首を激しく振ると、また襲ってきた頭痛に顔をしかめた。
「朧さん……それ、ちょっと貸してもらっていいですか?」
「いいけど」
頼まれるままにエリクに黒い箱を手渡すと、彼はまた苦しそうに頭を抑えていた。
箱を持った手がザワザワと粟立ち、躯の内側に淀んだ泥が溜まるような感じに吐き気を覚えた。
「これ……」
何か言葉を繋げようとしたがエリクは苦しそうに息を吐くだけで、言葉にならなかった。
「エリク!」
ふらりと倒れそうになった少年を朧は寸でのところで受け止め、しっかりと握られた箱をエリクの手から引き離し、ゆっくりと地面に体を下ろした。
「お前、ほんとに大丈夫か? 調子悪いなら少し休むか?」
「ご、ごめんなさい……少し休めば、平気です」
朧は側のベンチに少年を運び休ませると黒い箱を拾い上げたが特に何も感じず、口の空いた部分を逆さにすれば煤がパラパラと小さく落ちただけだった。
「召喚用品にしては小さすぎるし、誰かの悪戯の跡かねぇ」
とりあえず、朧は先ほどの煤の付いた茂みのそばを調べると箱の置いてあった場所らしき小さな窪みを見つけたが、周りに散乱していた花火のカスに子供達のイタズラだろうと判断をつけた。
念のため、この近くの自警団には連絡しておくかな……。
周りに大人がいれば流石に片付けもせずこんな危ないところに燃えカスをそのままにする事もないだろうと思い、とりあえず近くの自警団に注意だけするように連絡を入れておいた。
そして少し体調を取り戻したエリクがベンチから起き上がっていた。
「平気か?」
「え、えぇ……大丈夫です。それより、早く次の現場探してみませんか?」
「……エリクが平気ならな」
その言葉にエリクは精一杯に頷き、転送機へと足を向けた。
「お、おい……そんな状態で使う気か?」
「どうせ、直ぐですから……ちょっと我慢すればいいだけだし、行きましょう」
辛そうな表情のままエリクは転送機を起動させると、朧も仕方なしに後に続いた。
起動と共にエリクの顔はどんどん青ざめ、次の目的地に着いたときにはついに吐き出してしまった。
もしかしてとは思ったけど、そういう事なら……。
少年の背をさすりながらも、小さく唇を噛みしめ新たに決意を固めていた。
「エリク、先に現場に行ってるから……落ち着いたら来いよ」
何時までも介抱しているわけにも行かない朧は、優しく声をかけて立ち上がり、力なく頷いたエリクの頭を軽く撫でてから歩き始めた。
転送機は各区に幾つか設置されており、エリクが設定していた場所は先ほどと同じエイワズ区の中ほどにある場所だった。
遠くに見える守護教会の屋根を目印に朧は現場へと向かい歩き始めた。
場所は図書館の近くでやはり、襲われた協会員の帰宅の道になっていた。
小さな庭にあるテラスではいつもならのんびりと談笑している老人達の憩いの場になっていたが、今は老人たちの姿はまばらにハンターらしき人間たちが席を占領していた。
「早めに片付けないと、良い笑い種になるな」
面倒くさそうに呟いた朧は庭先の植え込みの影に落ちていた小さなバケツに目を留めて拾い上げた。
子供が遊んで忘れたにしては形が歪になっており、先ほど見かけた木箱のように中が黒く汚れていた。
「朧さん!」
調べようとした矢先に後ろから声をかけられ、振り返ると先ほどまでの青ざめていた表情もすっかり落ち着いたエリクが走り寄ってきた。
「もう平気なのか?」
「あ、はい。もう大丈夫です。転送機から離れたらもう全然」
「ならいいけど……」
微かに笑う朧に一瞬エリクは首を傾げたが、心配されたと思い慌てて元気よく腕を振ってみせた。
「ほら、もう平気ですってほんとに」
「エリク」
今度は何も言わずその手にしていたバケツを放り投げると、受け止めた瞬間に少年の表情が強張ったのを朧は見逃さなかった。
い、今ごろになって……こ、怖かったぁ……