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12.手掛かり手探り-2-


祈るだけじゃ何も変わらないけど、自分で動けば何か変わる……それだけだよな……

 朧は遅れて歩いて来る少年の不安げな雰囲気を背中で感じ、振り返った。

「怖いか? まあ話を少し聞いて回るだけだし、昼間に奴らが出てきた事もないって言うから平気だろ?」

 根拠も何も無い言い分だったが、朧の安穏とした笑顔を見てエリクは確かにほっと胸を撫で下ろしていた。

 目的の倉庫はやはり商売の要になっているイングワズ区に比べて小さなものだが、それでも並んで建つ二つの倉庫の大きさは中々のものだった。

 二人は手前側の倉庫の入り口で作業をしている男達を見つけるとに近づいて行った。

「よし、エリク。聞いて来い」

「うぇっ? え、だってくお……朧、さんが……」

「シオンさんは呼び捨てに出来るのにな。ま、それとこれとは別として挨拶も出来ないなんて、守護者はもとより人間としてもどうかと思うぞ」

 いつものように呼ぼうしたが軽く睨まれ、しかし、いきなり名前では呼べず小さな声で敬称をつけたエリクに向かい、朧は軽く首を振ってみせた。

「いいから行って来い」

 渋る背中を思い切り押し出し、幾度も心細そうに振り返る少年に朧はただ小さく手を振って見送るのみだった。

 エリクは男達のところまであと数メートルと言ったところで足を止めしまい、どう声をかけるべきか考え、そして緊張のあまり手足が震え始めていた。

「お、何だ? 何か用か?」

 男の一人がエリクに気がつき声をかけてきたが、顔を真っ赤に目は白黒させる少年に首をかしげた。

「用が無いなら仕事の邪魔だから帰んなっ」

「おいおい、そういきなり苛めんなよ」

 荷車の上から梱包された荷物を下ろしながら、側に幾つか置いてある小型の倉庫内用の荷車へと移し変える作業は実に気を使うもので、一つ荷物を乗せ間違えれば辿り着く先は全く別の場所へと変わってしまう大事な作業中に見知らぬ少年がやって来たのだ。

 荷台から荷物を受け取る男は苛立ちを隠さず怒鳴り、仲間たちの諌める声に大きく舌打ちをして見せた。

 緊張から呆然と立ち尽くすエリクはもう一度だけ朧の方へと視線を向けたが変わらず、遠く離れた場所で少年が戻ってくるのを待っていた。

「あ……あの」

 バクバクと言う心臓の音が目の前の男達にまで聞こえるのではないかと、心配にもなりながらようやく絞り出した声は掠れてしまっていた。

「こ……事件の……こと……なにか」

「あぁん! 聞こえねぇよ、もっとハッキリ喋りやがれ!」

 短気な男は小さな声でぼそぼそとなるエリクに噛みつかんばかりに怒鳴ると、他の男達も笑って頷いていた。

 それを静かに見ていた朧はもう少し様子を見るつもりだったが埒が明かないと判断して、エリクたちに近づこうとした瞬間、少年の精一杯の大声があたりに響いた。

「この前の事件、なんか知らないか!」

「ほっ、なんだ。情報集めて小遣い稼ぎか?」

「違う! ただ、ボクは街のために知りたいだけだ!」

 一度、大声を出して吹っ切れたのかエリクは男の冗談にも直ぐに力強く振り払うように答えた。

「街のためにね、おい坊主。おめえさんが、あの訳もわかんねぇ魔物をぶち倒すって言うのか?」

「当たり前だ! だから、事件の、青い光について知りたいんだ!」

「はんっ、噂によりゃあの『白雷(アルゲス)』だって病院送りって話じゃねぇか。坊主なら直ぐにおっちぬのが妥当だろ?」

「そうそう、子供はお家の中でガタガタ震えながらママに面倒見てもらってな。大体、俺たちみたいなか弱い一般人を守るはずの守護者さまが、そんなんじゃなぁ」

「なんだと!」

 男の言葉に一瞬のうちに頭に血が上ったエリクは、側にいた男の一人に向かって体当たりをかましていた。

 不意打ちと荷物の影に小さな体が隠れて見えなかったこともあり、男はまともに腹でエリクの頭を受け止め後ろへよろめき荷物を持ったまま派手に転倒してしまった。

「こ、このガキ、何しやがる!」

「何も知らないくせに、勝手な事ばっか言ってんなっ!」

 起き上がった男は怒りのままに腰にしがみついたままのエリクを引き剥がそうとするが、エリクもエリクで引き剥がされるまいと必死になってしがみついていた。

「はあ? なに言ってんだ、離れろってんだ!」

「おいおい、勘弁してくれよ潰れちまってる!」

 荷物を確認していた一人が悲鳴を上げると、確かに果物の入っていた木箱がつぶれ、その中身の一部が無残な姿を周りに晒していた。

 信用第一の仕事で訳のわからない子供に此処までされて、男達が黙っているわけも無く明らかに辺りが殺気立ったころ、朧はいつの間にかその潰れた果物の側にしゃがみこんでいた。

「桃だったか。実に残念」

 潰れた実の一欠けらを摘みあげ、誰もが声を上げる暇も無くその実を頬張っていた。

「美味いな、これ」

「ちょ、おいおい! なにしてんだよ!」

 いち早く、驚きから脱した男の一人が朧の手を掴もうとしたがぱっと反対に手首を掴み捻りあげられていた。

「この箱の番号なら商人組合(ギルド)登録のハンターだよな?」

 もう一人そばにいた男に確認をすると、何度も頷いたのを見て手首を掴んでいた男の手を突き離し、エリクを倒れた男の腰から投げるように引き剥がし、荷物に埋もれたままの男を引っ張り出した。

「こっちも潰れてダメか。この番号ならダガズの果物屋あたりか……」

 盛大に溜息をついて朧は呆然とするエリクの前に回った。

「謝れ」

「え……な、なんで! だって先に」

「先に手を出したのはお前だろ? グダグダ言わずに謝れ」

 先に喧嘩を売ってきたのは男達のほうだと言いたげに、口を閉ざしたエリクの頭を朧は問答無用で押さえつけ、自身も深く頭を下げた。

「すまなかった」

「謝って済む問題かよ! どうしてくれんだ、これ全部、今から送るんだぞ!」

「こっちのハンターの商品は全部買い取らせてもらう。相手の言い値で買うと先方に伝えてくれ。こっちのダガズ行きの商品は少し待ってもらっていいか? 知り合いに同じ商品を扱ってる店を知っているから、そちらから手配できるように手筈をつける。厚かましいのも承知しているが、相手の連絡先を教えてもらってもいいか?」

 男達が怒鳴り散らす前に、朧は深く頭を下げたまま提案するが怒りはまだ収まる様子も見せず、一人が乱暴に朧の胸倉を掴み上げ顔を上げさせると、静かに交差した紫の冷たい双眸(そうぼう)にさっと顔を青ざめさせた。

 そして乱暴に手を離して、野次馬気分に集まっていた仲間に連絡をつけられるように名簿と電話を持ってこさせていた。

「ありがとう、もっと躾は厳しくしておくよ」

「ったりめえだ! 次は無いからな!」

「肝に銘じておくよ」

 無事な荷物と潰れた荷物を分けて運ぶのを手伝いながら、朧は倉庫の電話を借りてシゲル区の知り合いの商店に連絡をつけ、ダガズ区行きの潰れた荷物の再手配を済ませたが、もう一つの荷物の持ち主であったハンターはあまりいい相手ではなかったらしく相場の倍の値段で買い取ることとなった。

 そして迷惑をかけた男達と倉庫の管理人には酒を送ることを約束して決着が付いたが、エリクはやはり不満な表情のままだった。

 結局、黒い獣に繋がる手がかりは得られぬまま倉庫を後にしようとしたが、思い出したように小柄な男が近づいてきた。

「おい、あんたらこの前の事件のこと調べてるって言ったな?」

「そうだけど、何か知ってるのか?」

 また喧嘩を売られるかと身構えるエリクを制して、朧が一歩前に出ると男はどこか安心したように更に近づいてきた。

「噂になってる協会員襲撃事件のことだよな? あぁ、別にどうってことはねぇ。この辺の自警団の連中にも聞かれたんことだからよ」

「それで? そいつらには何か言ったのかい?」

「いいや、あの連中ときたら俺たちが襲ったんじゃねぇかとか抜かしやがったからよ、知らぬ存ぜぬで追い返してやった」

「おいおい、それじゃ立派な公務執行妨害だろ。あんたら良い根性してるな」

 くすくす笑いながら先を促した朧に男は気を良くしたのか、少しだけ声のトーンを落としてあの晩に見た光景を話してくれた。

 襲われた協会員の女性は近隣に住んでおり、この倉庫を抜けるのが家までの近道で男達は毎日のように顔をあわせる女性の事はなんとなしに覚えていた。

 事件の当日も何時ものように家路に付く女性が通り過ぎてから数分後に、青い光に包まれた黒い犬、アンドッグがいつの間にか現れ女性の去っていった方向へと猛スピードで走って行ったということだった。

 そして、聞こえた悲鳴に慌てて武器を持って駆けつけたが既に、アンドッグの姿は無く倒れた女性だけがその場にいたと、男の話はそれで全てだった。

「ありがとう、十分な情報だよ。じゃあ、さっきの酒に上乗せしておかないと割りに合わないな」

 少しだけ考えるそぶりを見せてにっと笑った朧に男は何度も頷き、最後にはエリクに向かい「悪かったな」と小さく告げて去っていった。

「さて、その女性の帰路を辿ってみるか。行くぞ」

「あ……はい」

 やはりまだ不満の残る口調でエリクは朧の後を付いて行った。

 女性が襲われた現場はまだ血の跡が薄くだが残っており、そこから男の話の通りの道を辿り始めた。

 男達と別れてから襲われるまでの間にあった時間差も計算しながら倉庫を通り過ぎ、転送機のある小さな公園まで道を戻ってきた朧は、辺りをキョロキョロと見回し始めた。



先にバカにしてきたのは向こうなのに……何か、納得できない。

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