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10.理想と思い−ユメトゲンジツ−


それでも、やってかなきゃ行けない。

 路地を数歩歩くたびに口に出る溜息の力の無い音に青い腕輪をつけた少年は何度も立ち止まった。

 ――はぁ……一週間経たずにあの人に反発して飛び出すなんて、団長たちに合わせる顔が無いよなぁ。

 うんうんと一人唸り声を上げていた少年はエリクだった。ほんの数十分前まで共にいたはずの少女の姿は何処にもなく、ただ一人で行く当ても無く彷徨っていた。

 ことの始まりはある噂を耳にしたところからだった。


 シオンと二人で散歩という名目で延々とこの広いアーヴェラの街をぐるりと転送機も使わずに歩いていた途中に見かけた、買い物カゴを下げた主婦たちの青ざめた表情をエリクは今でも忘れることが出来なかった。

 周囲の目を気にするように小さく集まってはいても、声を抑える気が無いのかそれとも興奮も混じっていたせいか主婦たちから離れた場所にいた二人にも聞こえてきていた。

 話の内容は先日の黒い獣、『犬』と言う単語がでたからにはアンドッグのことだろう。主婦の一人が夜の戸締りを再点検していたとき青い光の中から飛び出したというものだった。

 興味を引かれたシオンは、エリクをその場に待たせトコトコと主婦たちのもとへ歩いていった。

 その瞬間、歓喜にも似た声が上がったがシオンはただ静かに笑い、幾つか聞きたいことをたず尋ねていたが、声量を落とされていて少年のもとまではその内容は聞こえては来なかった。

 ほどなくして、シオンはその身を礼儀正しく折り、別れを告げると何事も無かったようにエリクを連れて歩き始めた。

「シオンさん、何か分かったんですか?」

「いや、特にはない」

 事件の真相に近づく重要な手がかりを手に入れたのか、と期待するエリクに対してシオンの反応は実に淡白なものだった。

 しかし、その淡白さに意味があると気が付く事が出来るのは彼女の部下である朧とセオの二人くらいだ。

 エリクはそれでも、興味に掻き立てられるように思いつく限りに質問をするがシオンの返事はやはりそっけなかった。

「時に、エリク。お主は何故に自警団に入ったのだ? 守護者になりたいのならば先にハンター登録をせねばならぬが常だが……」

「それはもちろん、そうしたかったんですよ! だって、守護者っていったらハンターとして実践経験を山ほど積んでギルドマスターからの推薦がもらえないと本来は試験すら受けられないんですから!

 ボクだってちゃんとそのくらいの勉強はしてますよ。過去問題の筆記だって一応合格ラインは取れるのに! なのに……じぃちゃんが……」

「なるほど。まあ、家族の身を案じるのは当然だのう。ましてや、お主くらいの歳ならばな」

「そ、そうかも知れないけど……シオンだってあんまり、変わらないじゃん……」

 ぽつりと愚痴を零したエリクに、シオンは「言われてみればそうだのぉ」と何かを含んだ笑いを浮かべていた。

 確かに、二人とも平服で帯剣もしていなければい今の格好なら歳の近い友達同士が歩いているか、初々しい恋人同士のようにも見えなくは無いが、本来なら守護隊長(エオル)のシオンがこうして協会の外に出歩いている姿など滅多に見られない。

 それを今の一件ですっかり失念したエリクはなおも、青い光の話に食い下がろうとしたがどんどん先を歩いていく彼女の足の速さに付いて行くだけで精一杯になっていた。

 最後はほとんど走るようにシオンの揺れる金髪のポニーテールを追いかけるが、明るい今のうちに買い物を済ませてしまおうという人々の波に飲み込まれて、思うように追いかけられなかった。

 対して、シオンはちらりとエリクを見たがそのまま変わらぬ速度で、魚が波をかき分けるように人々にぶつかる気配も無くどんどんと遠ざかっていった。

「ちょっ、まって……シ、シオン……!」

「あんた、危ないじゃないの!」

 小さくなっていく少女の後姿を見失わないように背中だけを追っていた途端、目の前に飛び出してきた子連れの母親に怒られてしまった。

「わわっ、ご、ごめんなさい!」

「まったく。気をつけなよ!」

 ツンっと苛立ったそぶりのまま子供の手を引いて、他の波に消えた母親の姿にほっと胸をなでおろしたエリクはあっと声を上げた。

 完全に見失った……。

 はぁ……と、深く溜息をつき立ち止まった途端、エリクは両足の違和感によろめく様に人ごみの中から近くにあった店の影へと避難した。

 パンパンになった足は休息を求めるように疼いていた。それもそうだ、四時間以上も水分もろくに取るような休憩も無く歩き続けていたのだ。エリクは、シオンのあの様子では戻ってくる事は無いだろうと、諦めに似た溜息しかつけなかった。

「ちぇ、こんな散歩になんか意味あんのかよ……」

 少年が期待していたような剣の稽古も魔法の指導も、ましてや協会員になるための勉強も無くただ無駄に時間を潰すだけの散歩。

 夢見る少年にはとても面白くない状況だった。

 幼少期に二年ほど離れた事はあるが、生まれも育ちもこのアーヴェラ。冒険心が芽生える頃には四区全てへ行ったし、自警団に入ってからはイングワズ区なんて巡回で毎日のように歩いているのだから路地という路地の配置も頭の中に入っている。

 外で活動する機会の多い協会員がなんで、こんなこと事をしなければいけないのか? そんな疑問ばかりが次々と浮かんでは消えていった。

「そりゃ、流石に久遠さんみたいな神器使いになりたいーとかって言うわけじゃないけどもっと、こう、ドカーンッと凄い技とか教えてくれたっていいじゃん……」

「エリク、お主は何をぶつぶつと言っておるのだ?」

「なにって、シオンってばただ歩くだけだし。休もうって言っても聞いてもくれな……い……し……」

「ほう、それだけではないぞ。ついでに、私は久しぶりのに街中を歩けて楽しめたがの。第一、お主は決定的に体力が足りないように見受けられたが如何か?」

 尻すぼみになっていくエリクの言葉に、いつのまにか戻ってきたシオンが腕を組みながら仁王立ちになっていた。

「なんだよ、それ! これでもちゃんと基礎体力作りはしてるよ。そんな事より、こんなヒマあったらもっと違うこと教えてくれよ!」

「それは……また、いずれにの教えてやろう」

 子供を諌めるようにシオンはエリクの手を取ろうとしたが、少年自身によって弾かれてしまった。

「自分で歩けるよっ!」

 凄みも無い視線に彼女は笑みを堪え、さっさと歩き始めたエリクの後を付いていった。

 少し休んだことが後を引いているのか先を歩くエリクの足元は頼りなく、右へ左へと揺れる上体を通行人にぶつけないように気をつけて行くしかない。

「やはり、同じようにはいかぬようだのう」

 くすりと笑いながら、過去に同じように連れて歩いてた相手は見るもの全てが珍しかったらしく街をたった一日で巡り終えると、勝手に遊びに行ってしまった事があった事を思い出していた。

 まだ三年も経ってもいない出来事なのにそれももう遠い昔のように感じてしまうのは、充実した日々を送っている証拠なのだろうかと、ふと疑問にも思っていた。

しかしシオンは、ドタッと派手な音を立て露店を出していた果物屋の荷物の中に頭から突っ込むように転んだ少年の姿を視界の端に見つけでしまった。

 流石にシオンは、慌てて駆け寄るとすっかり膝が笑ってしまっているエリクに頭を抱え込むしかなかった。

「意地を張るのは構わぬが、もう少し己を省みれぬのか?」

「意地なんて張ってない!」

 完全に頬を膨らませたエリクに、緩く頭を振り店主には二人で頭を下げていた。

 店主は苦笑いを浮かべ、二人を追い出すと崩れた果物を拾い上げ、布で拭いながらて改めて陳列を積み重ねあげ始めた。

 そのうちの一つのネーブルのバランスが悪かったのか、置かれた場所から逃げるように地面へと転がって行きそれを受け止める細い手があった。

「あぁ、すまんね。兄さん」

「別に。災難だったね」

 にっと笑いながら拾い上げたネーブルをトレードマークの白いコートの裾で軽く拭いて店主に渡し、追い立てられ立ち去った二人の方向へと菫色の双眸を向けていた。

「あれ、結構きついんだよねぇ」

 くすくす笑った若者に店主は怪訝な表情を向けていたが、くるりと自分の方へと向きを変えらその顔を見るとれ、驚きのあまり積み上げたばかりの再びバラバラと果物を落としてしまった。

「おいおい、自分はバケモノですかぁ? 悲しいねぇ……」

「あ、あんたくお……?」

「さあ? 人違いにしておいて、これでも謹慎中でさ。内緒にしててね」

 叫ばれる前に柔らかく笑いながら言葉をかぶせ、直ぐに悪戯を秘密にして欲しいと願う笑顔を作ると屈託ない子供のようで、店主はコクコクと壊れたキツツキ人形のように首を縦に振った。

 朧は店主に軽く手を振って別れを告げると、何事も無かったように歩き始めていた。

 シオンとの距離は十分すぎるほど取っているが、見失う事はそうそう無かった。

 何せふらふらなエリクが一緒にいるのだ、そんなに早く移動が出来るわけでもなく、なにより噴水広場のある中央ジャラ区にはシオンのお気に入りのカフェテラスがある。

 あの時も延々と歩かせられ、休憩はそのカフェテラスでたっぷりご馳走になった記憶が今も残っていた。

 そして朧の予想通り、噴水の全体像全体が見渡せる外のテーブル席にシオンとエリクの二人はいた。


「なあ、なんで教えてくれないんだよ」

「まだ諦めぬか、しつこい奴め。あぁ、エスプレッソダブルとそうだの、このベジタブルサンドを頼む」

「質問に答えろよ!」

 休憩となり先の青い光の話しが聞けるかと思えば、沈黙は変わらず何食わぬ顔で注文をするシオンにエリクはじたばたと暴れていた。

「お主は食わぬのか? ここのランチは美味いぞ」

「……おごりだよな」

「もちろん。己で払いたいのであれば一向に構わぬがな」

「んじゃあ、お姉さん、アイスティーと肉サラダと山海パスタとマルゲリータは二つ、それとポテトにチーズ唐揚げ。あ、あとデザートでこの三色ベリーパイ3つね」

 一瞬だけ目を光らせたエリクはメニューをざっと見て、早口で止められる前に注文を済ませると頬を膨らませがちにシオンを睨みつけた。

「じゃあ、なんでダメなのかくらい……教えろよ」

「やれやれ、仕方のない」

 質問の方法を変えてきたエリクについに根を上げたシオンだったが、言うべき言葉はただ一つだった。

「お主では役不足だからだ」

 ただ一言、静かに告げられたエリクは不貞腐れた表情のまま視線を地面に投げ、食事が運ばれるまで口を閉ざしてしまった。

 思った以上の落ち込みようにシオンも、些か言葉が足りなさ過ぎたかと思ったがここで甘やかす事は出来ない相談だった。

 朧の言葉通りなら、エリクどころか先輩に当たるイルドらが束になってもどうにかできる問題ではないだろうと、考えていた。

 それに彼は大事な預かり物でもあった。旧友がわざわざ頼んでくるような相手にわざわざ危険な橋を渡らせる必要性は無い。

 ましてや、と心の中で呟くシオンの目には少年の右腕に嵌められている青い腕輪がしっかりと映っていた。

 どのようにエリクに伝わっているかは、分からないが腕輪の意味を知っているのと知らないのとでは大きな違いがあった。

「エリク、聞いても良いか?」

「なに?」

 一皿目のマルゲリータを早々と完食したエリクは色鮮やかな山海パスタにそのフォークを突き刺していた。

「自警団では不服なのか?」

 その質問が先程の質問の続きだと、なかなか結びつかずエリクは首を捻った。

「人々を護りたいと思うだけならば、自警団では不服なのか?」

「あぁ、別に今の場所に不満があるわけじゃないよ、先輩達にオモチャにされたりしてるけど。でも、やっぱりやるなら守護者だろ!

 久遠さんみたいに色んな人に好かれるような、そんであちこち旅できたりイイ事だらけじゃん。せっかく団長がこうした機会もくれたんだし、ボクなりにちゃんと応えたいんだよ!」

「朧のように、か……やめておけ。ロクな成長をせぬぞ」

 苦笑いしながら言うとエリクは心外だといわんばかりにテーブルを叩いた。

「なんなんだよ、あんたはっ! 久遠さんのことホントに見てんのか! あの人がどれだけ街のみんなのこと見てるのか、知ってるのかよ!」

 尊敬している相手を蔑ろにされた怒りからか、エリクは一気に捲くし立てると残っていた食事を同じ勢いで腹に収めて立ち上がった。

「ごっそさん! もう、あんたに頼るのはやめだ! 自分で噂の事も全部調べてくればいいんだろ、じゃあなっ!」

 アイスティーも一気に飲み干し、食器が跳ね上がるほどの勢いでグラスを叩き付ける様にグラスを置きそのまま、シオンを残して走って行ってしまった。

 そして取り残されたシオンは少年の後を追うことも無く、空いた皿を下げてもらい残っていたエスプレッソをゆっくりと味わっていた。

「まだまだ、青いの……」

 どこかおかしそうに呟いた言葉を聞き止めたウェイトレスが首を傾げたが、シオンはなんでもないと返し、代金をテーブルの上において立ち上がった。



知りたいとか、助けたいとかって普通の事だろ!

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