こんなこと、ありえるのか?
こんなことシリーズ第三弾。王子視点です。
この話は女性軽視、人を人とは思っていない奴の主観視点のため、不快な部分が多々存在します。そういったものが苦手な方はご注意下さい。
「こいつなにいってんだ?」「意味がわからん」と思われる文章構成です。
どんとしーく、ふぃーる。
幼い頃から、私は苦しかった。
いつもなにかに締め付けられているような、息苦しさを覚えていた。
朝も昼も夜も。
用を足す時も。身を清めているときも。寝ているときでさえも。
息が詰まる。
だがあの日、呼吸が楽になった。
彼女に出会って。
◇◇◇◇◇
私の名はインゼル・ヒュイス・リュオメン。栄光あるリュオメン王国の第一王子にして唯一正統な次期国王である。
私は幼い頃から英才教育を施されてきた。何せ国内には多くの貴族達がおり、将来、その者達を指揮し、国をより発展させることが私の役目だからだ。
王族としての心得から始まり、王国の地理歴史、貴族家の把握、それらの詳細。読み書きはもとより、税の仕組みや計算、国の運営のノウハウ、周辺各国との外交の内容など、挙げればキリがなかった。
ただ、それらを覚えるのを苦に思ったことがない。教育係はいつも時間を区切って、教え終わるとこちらが疲労していること前提で話しかけてきたが、座っているのに疲れるなどあるはずがない。
そこを指摘すると慌てて謝罪する姿は、ひどく不様だった。
座学を終えると私は動きやすい服に着替えて剣を手に取った。
王の配下には騎士という者達が何人もいて、彼らは王を守るために存在している。だが、配下に出来て王ができない、なんて不様なことは許されない。
私は近衛として付き従う男に剣を習った。
最初の近衛は私に剣を振るうことを禁じた。何故かと問えば体がどうのと語り出した。剣を振るわず何が騎士か。私は即座に別の者に変えるよう命じた。
その後の五人にも同じことを言われた。
六人目にしてようやく剣を手に、相対する事ができた。
私の剣はあっさりと受け止められ、それだけで私は汚い土の上に転がってしまった。
王族に対し、見下ろす近衛。
このような不敬を、許せる訳がなかった。
すぐさま私は立ち上がり、近衛を跪かせた。王族への不敬は斬首だと聞いた。それを行おうとしたら他の近衛に抱き抱えられた。
しかも止めろと私に言ってきた。
王族の私にだ! 教育係は言った。王子たる私は敬われる存在だと。私の体に触れられる者は世話係のみだと。
私に対して不敬を働き、あまつさえ不様な姿を晒させた者達。斬首を命じる私に、宰相という王の配下が言った。
「殿下、殿下にはそのような権限がございません。全ては御父上であらせられる国王陛下にしかお決めできません」
ならばと国王へ会いに行けば、政務があると言って会おうとはしなかった。
私は教育係を呼び、問いただした。
おまえが言ったことは本当なのか? と。
教育係は言い訳を始めた。教えたのは大まかなことで、より詳しいことは成長してからだとか。
王族の私に、嘘を言っていたのだ。
私を騙していたのだ。
私は教育係の言葉を何一つ信じることが出来なくなった。そしてこ奴の作ったという本も。
私はその日から教育係の授業を受けることを止めた。世話係のメイドへ命じて、奴に関わらずに王となるための知識を得られる方法を調べさせた。
すると、城には様々な本がある図書室なる部屋があるので、自分の力で知識を得ればいいというではないか。
早速行ってみれば、確かに大量の本があった。
私はここで、自分の力で王となることを誓った。
しかし、そこの本は意味のわからない言葉が多く記されていて、私の頭にはちっとも入ってこなかった。
数日ほど様々な本を開いては意味の分からない文字を眺めていたら、付き人を大勢従えた女が私を訪ねて来た。
誰何すれば、変な声を出す。
女は名乗った。自分は王の妻であり、私の母だと。
私はそんな存在を知らない。
そう言えば何処かに行ってしまった。
昼食をとった後、世話係が男を連れてきた。
男は新しい教育係だと名乗った。だから私は剣を突き付け、真実のみを語ることを命じた。
男は誓い、私に従った。
その日からの座学は、今までの教育係がどれだけ嘘を言っていたか、また低脳だったかが分かるものだった。
一々疲れたこと前提の言い方は挨拶の一種だと。
人は男と女がいて、子にとっては男は父、女は母と呼ばれる存在になると。私の父は国王であり、母は妻である王妃だと。
剣を振るのには体を鍛えなければならない。体が大きくなることを成長といい、私もやがて身長が伸び、大人になるのだと。
新しい教育係は王になるための教育よりも、常識というものを私に教えた。
理解するにしたがって、私は怒りを覚えた。
どれだけ今までの教育係が私を侮辱していたか。私の今までの振る舞いは不様を通り越して愚かでしかなく、王となる者がするべきではない行動だったか。
その日からは座学のみとなった。
教育係の教えは多岐にわたったが、この男は私の問いに全て答えを用意した。その全てを私は記憶した。
ある日、王と王妃が会いたいということで私はとある部屋を訪れた。
私は王となるべき者として、教わった礼儀作法を披露した。
王と王妃は満足していた。当たり前だ。
今回呼ばれた理由は、私を小学校と呼ばれる施設へ行かせるためだと言った。そこは私と同じくらいの子供が共同生活を送る場所で、六年間も行くのだと。
正直、教育係とのやり取りは詰まらなくなっていたし、奴も教えることが無くなってきたと言っていた。
小学校とやらでは今までにない出会いや刺激があるということで、大人しくそれに従った。
小学校に通うようになって、私はすぐにここが嫌いになった。
ここは勉強の場で、大人になるまでに必要な知識を覚える所だというのに、私の知っていることしか言わないのだ。教育係の質が悪すぎる。
それに教室という狭く質素な部屋に入れられた私と同じ歳の子供。耳が痛くなる声をだして落ち着きもない。目の前をいったり来たりして邪魔だ。
ここには貴族の子供が通っていると聞いていた。貴族とは王に忠誠を誓い、王の指揮の下、平民を監督し国の運営を支える者たちだ。つまり王となる私に忠誠を誓う者たちだ。
こんな者たちの忠誠はいらない。そう思った。
小学校の教育係にはもっと新しいことを教えるように言ったが、言い訳を長々と言っていたが出来ない、の一点張りで、こんな低脳に教わることなど我慢できなかった。
すぐさま私は王に告げようとした。
あんな所にいるのは無駄だと。
しかし王に会うには時間がかかる。だから私は王のいる部屋に一人で向かった。世話係が何か言ってきたが私が命じればすぐに黙って着いてこなくなった。
王の部屋の前には近衛が立っていた。通せと命じたが、許可がないとダメだという。一人が部屋の中に声をかけ、王に私の来訪を告げる。
王からの許可を得て部屋にはいると、王は金色のものに囲まれていた。
金貨、金の壺、金の像。目が痛い。
王は金色の箱を撫でながら私の話を聞いた。
それはならん。
断られると思っていなかった私は苛立った。こんなにも丁寧に説明しても理解できなかったのか。
王は言った。これは義務だと。王族でも逃げられないと。もし嫌なら自分で小学校に通うための意義を見つけろと。
王になるべき私が逃げるなど。逃げることは不様なことだ。そんなことが出来るわけないのだ。
そのまま追い出された私はよく眠れないまま翌日を迎えた。
朝から苛立ち、不味い朝食をとり、学校へ向かう。
王に言われた通うべき意義を探そうとするが、どこにそんなものがあるのか。私には分からなかった。
その日から私は常に苛立っていた。
当たり前だ。不快な環境にいつまでもいれば誰だってそうなる。
王となるべき私に対し、礼儀作法も言葉遣いも知らない者たち。城にいる使用人たちにも劣る。これが貴族かと、将来私に忠誠を誓う者たちかと思うと気分が悪くなった。
それでも、逃げるなど不様な真似はできんと我慢をしていた。
そんな時だ。
王国に雨季が訪れ、朝から不快な雨が降っていたあの日、私は衝撃を受けた。
校舎入り口で、私より年上の女生徒が雨に濡れたらしく布で服や肌を拭いていた所に出くわした。
男と女の違い、というものは知識として知っていたし、城でも多くの使用人や勤め人の姿を見ているのでどのようなものかは完全に理解していた。
だが、そこにいた生徒は違った。
濡れた髪は空が曇っていてもなお輝いて見え、文句を言いつつもにこやかな笑顔はいつまでも見ていたいと思った。さらに制服の白いシャツが濡れて肌に張り付いたことで現れた、男よりも柔らかそうな体。
しかも一人ではなく、数人。
それぞれに個性があり、魅力があった。
城のメイドと同じ女とは到底信じられなかった。
私は気付けば放課後の教室で、一人で席に座っていた。
周囲は薄暗く、人の気配はしない。
それでも私はどこか夢見心地で席を立ち、なんとか帰宅した。
その夜に王と王妃が何か言っていたような気もするが、覚えていないのであれば大したことではあるまい。
次の日から、私は小学校に行くことに苛立ちはなかった。むしろ楽しみになっていた。
授業の質の低さも、私と同じ男だとは思いたくないクラスメイトの無知さも気にならない。
あれだけ目障りだった女生徒たちが昨日とはまったく別の存在に見えた。
濡れた女生徒を見ただけでこんなにも世界が変わるとは。
「こんなこと、ありえるのか?」
騒がしい教室内で、私は呟いた。
雨季が終わり、強い日差しが大地を照らすようになると、私たちの制服は生地の薄いものになる。
すると、雨季とはまた違った光景に私は胸が踊った。
半袖になることで肘より少し上まで見える腕。長いソックスが短くなることで露出が上がった足。髪を結い上げたりすることで露出する首筋。ただ見えなかったものが見えただけでなぜこうも違うのか。
入学当初のあの不満はなんだったのか。
私はいつしか、学校を満喫していた。
それが、いけなかったのだろう。
学校には長期の休みが三つほどあった。入学、進級前の春期休暇。夏から秋の始めまでの夏期休暇。寒さの厳しくなる冬季休暇の三つだ。
その休暇前には学力を査定する期間が設けられているのだが、私はその結果に愕然とした。
首席確実とたかをくくっていた私の成績は中の下。
あり得ない! こんな低脳どもよりも私が劣っているなど! 教育係を問い詰めても返って来たのは『適正な調査をした結果』などという戯言のみ。
王になるべき私がこのような結果を許せる訳がない。末端の者では話にならない。すぐさま私はこの学校の責任者のいる部屋へ走った。
校長室と呼ばれるそこにいた老人に不正はやめよと命じたが、よく聞き取れないうなり声をあげるだけだった。
私に対してあまりにふざけたその態度に、さらに苛立ちが募る。だが老人はうなるだけで会話が成り立たない。
このような者が組織の長などあってはならない! すぐに変えなくては!
城に戻った私はすぐにあの老人を誅するために動こうとしたが、王に呼ばれたためこれ幸いと執務室へ向かった。
そこで待っていたのは、叱責であった。
私の成績がすでに王に知らされていたのだ。
この私が、王になるべき私が。
こんなこと……!
怒りに全身が震える私に、王は言った。
「お前につけた教育係は国内でも有数の知識を持つもの。そんな男が太鼓判を押したから安心しておった。お前は出来がいいと思っていた。だが、それはちと評価しすぎであったな」
「…………」
「しかし、そなたはまだ幼い。これからも間違うことや失敗することも多々あろう。これをいい機会としてより精進するがよい。失敗しても、間違えてもいい」
「……!」
「そなたは我が後を継ぎ、王となる者だ。ならば必ず臣下たちがそなたを支えるであろう。故に、己が王として相応しいと思える行動を心がけよ」
王の言葉に、私は震えた。
私は失敗や間違いといった、今まで不様なことと思っていたことすら恥じる必要がないのだから。
例えどのようなことがあっても、私に臣下はついてくるのだ。
今現在の王が、それを保証したのだ。
未来の王になるべき私に!
長い夏期休暇が始まった。
私はまず勉学の復習を始めた。
私が油断しなければ、あのような程度の低い授業やテストに不覚はとらないが、念のため、だ。あの屈辱は忘れない。
それと同時に、私はいい機会だと思い、王の仕事を見学する許可を得た。
私には夏期休暇という長い休みがあるが、王を始めとした大人たちにはそのようなものはなく、日々の仕事に勤しんでいる。
未来の王たる私がするべき仕事を、じっくり見てみたい。
朝から会議があり、城に勤める者たちと話し、執務室で書類へサインする。他国の使者や自国の貴族たちとの謁見。昼食後は執務室で再び書類と向き合い、一段落すれば城内や城下へ護衛と共に視察に赴く。
時には王都を出て国内の色々な場所へ視察にいく。
他にも細々とした事はあったが、王と行動を共にして思ったことがある。
無駄が多い。多すぎる。
何故いちいち王が貴族や使者に会わねばならないのか。
何故王自ら字を読み、納得してから直筆のサインをするのか。
何故王たる者が民の生活を考えねばならないのか。
そんなものは臣下に任せれば良いのだ。王を支えるのが役目なのだから。
王がゆっくり出来るのは、わずかな休憩時間と、寝る前だけだった。
休憩時間は茶と菓子を楽しむだけ。
寝る前に王は以前も見た金色の物品を見て笑っていた。
王は金という鉱物が好きだ。あの輝きを見るのが好きだ。ツルツルとした感触が好きだ。少し席を外し、戻ってきた時は金の裸婦像に頬擦りをしていた。
それを目撃したとき、王は私に言った。
「よいか王子よ。王とはとても忙しい。その疲れを癒すためには自分だけの楽しみというものが必要なのだ」
王にとって、自分だけの楽しみがどれだけ重要かを長々と語られた。
王の前の王も、その前もそれぞれがそれぞれの楽しみを持っていたという。
中庭の花壇に咲き誇る花を愛でたり、剣や槍を集めたり、食器を集めたり。
私には理解できなかた。
夏期休暇はあっという間にすぎ、再び学校へ通う日々が始まった。
私には首席以外ありえないため、我慢に我慢を重ねて過ごす。そして、首席は確実に私のものとなった。
喜びはない。これが当たり前なのだから。
それと、寒くなるにつれて厚着が鬱陶しく思うようになった。
時がたつのは早く、小学校を卒業し、さらに上の中学校に私は進学した。
成長するにつれてあれだけ愚かに見えていた級友たちも少しは見られるようになった。
男たちは落ち着きがなく、騒ぐことしか出来なかったが、ようやく落ち着くという行動を覚え、私に対して敬意を払えるようになった。
女たちは、ようやく女に見えるようになった。あの雨の日から私にとって同年代の女たちは女ではない。強いていうなら、もどき、であろう。
だがそんなものは過去のこと。彼女らは立派な淑女となった。
小学校最終学年の夏を何度も繰り返したいと思った。
私は首席の地位を維持し、時間があれば王の執務室へ向かい、簡単な仕事も任されるようになり、順調に王への未来へ向かっていた。
しかし、中学も一年を過ぎる頃になると、私の気分は徐々に重くなっていった。
我が王国では、貴族階級以上は成人前、具体的には小学校を卒業するあたりに婚約者を決める風習がある。
級友たちの間でも親同士が決めた婚約者ができたと話すものが多く、話題の大半がそれに付随したものだった。
私にも、多くの婚約話が来た。
それはそうだろう。王の妻は王妃となり、王に次ぐ貴い存在であり、女が手に入れられる地位では最高位となる。
欲深い者にしてみれば、何をしてでも欲しい地位だろう。
王の執務を見学する傍ら、私は多くの大人たちを見てきた。その誰もが王へ取り入り、無能の分際で高望みをする。
縁談を持ちかけてきた者たちも、同じだった。己の分を弁えない者はとても醜悪だ。
私の気分は悪くなった。
さらに追い討ちをかけたのが、淑女になったと思っていた女生徒たちの変化だ。
老けてしまった。
淑女として完成した体は上へと伸び、柔らかさを持っていたはずのそれは枯れ木のように細くなった。
輝かんばかりの笑顔はいつの間にか失われ、萎びた雑草のように力がないし、活力に満ちた動作は鳴りを潜め、老人のように緩慢になってしまった。
女を花に例えた者はとても感性が優れていると思った。花も女も見頃を迎えてしばらくすると枯れて無価値になるのだから。
学校でそんな女どもに囲まれても嬉しくない。
陰鬱な気分のまま学校からの帰宅途中、ふと思うところがあって馬車の御者へ進路変更を命じた。
行き先は小学校だ。
ちょうど生徒たちが校門から出てきた。それも、淑女になったばかりの女生徒たちが。
気分が良くなった私はそれから毎日の日課とすることを決めた。
昼間は中学校で疲れつつも、帰りに淑女たちの姿を見て癒される。
それでなんとか乗り切れる。そう思った。
だが、二年になってから私の疲労はさらに積み重なっていく。
淑女から逸脱した女たちが私へ常にまとわりついてくるようになったのだ。
どうやらそいつらは、婚約者がなかなか見つからず、ならばと私に見初められようと動き出したそうだ。
愚かで、醜くて、見るに耐えない。
私は女たちを振り切り、一人になれる場所を探した。苛立ちながら。
何故私があれらから逃げるような真似をせねばならない!? だが、いちいち構っている暇はない。あんなやつらに囲まれて私の貴重な時間を浪費し続けるわけにはいかないのだから。
校舎から出て、裏庭へ。日陰が多くあまり人が来ないということで来てみたが、そこには先客がいた。
ここもダメかと思い、別の場所へ行こうとした瞬間、先客がこちらを見た。
淑女が、そこにいた。
制服を着ていても分かる小さく柔らかそうな体。大きい目に、弾力のありそうな唇。
素晴らしい。素晴らしい造形美だ。
私はいつの間にか彼女に話しかけていた。
彼女は最初、ひどく驚いた表情をしていたが、私が純粋に話がしたいことを理解したようで、すぐに笑顔になった。
彼女の名はキュスカ・マルベリック。マルベリック伯爵家の長女で、なんと私と同学年だという。
多くの淑女失格者がいる中で、このような者がいたなんて……気づかぬとは一生の不覚。
その時は授業開始五分前の鐘によって邪魔されてしまったが、私は彼女と再び会う約束を取り付けることに成功した。
それから私は、毎日裏庭でキュスカと会った。
最初は私が王子であることに緊張していたが、それもすぐに消え、キュスカは美しく愛らしい笑顔を見せてくれた。彼女の声は耳に心地よく、その動作は一つ一つが可愛らしく、私を癒していく。
素晴らしい。
何度も会うことで、当たり障りのない無難な受け答えがいつしか気安いものに変わっていき、やがてキュスカは自分のことを教えてくれるようになっていった。
好きなお茶の銘柄やお菓子の名前、収集している小物のことや、いま熱中していること。
そして、自分の立ち位置や、扱われ方なども。
彼女はなんと、伯爵家でとても冷遇されていると教えてくれた。
理由は、その体躯だという。
年相応の身長をしていないから、彼女は家族から不完全、出来損ないと常々言われていた。そのお陰で家に居場所がなく、家族が周囲にその事を吹聴しているために学校でも似たような扱いをされていた。
親しい友人もおらず、寂しさをまぎらわせるために校内を歩き回り、裏庭で休んでいた時に私と出会ったのだというではないか。
見る目のない奴らだ。未来の王たる私が認めた淑女であるというのに、それを貶めるとは!
しかし、あの日私たちが出会ったのは紛れもない運命であった。お互いが示し会わせた訳でもないのにここで出会ったのだから。
私は、彼女の力になると決めた。
私の力をもってすれば解決は早かった。
おなじクラスの者たちには彼女を害することを禁じた。そうすればキュスカは悪戯がなくなったと心の底から喜んでくれた。嬉しさのあまりだろう、私の手を握って何度も感謝の言葉を口にしていた。
ああ、彼女の手はなんと温かく、柔らかいのだろう。
そうした接触があってから、私の中に一つの想いが生まれた。
キュスカが、とても愛しい。
想いは日に日に強くなっていった。
暖かい日差しが雲に覆われ、雨がよく降る季節になり、あの日のようにキュスカが濡れた服を布で拭いていた姿を見て、想いは弾けた。
彼女を抱きしめ、思いの丈を全てぶつける。
私が王になれば、自然と横には王妃がたつことになる。私の横に立つ者は最早キュスカ以外に考えられない。
私の想いを、彼女も分かってくれた。いや、彼女も同じく私を想ってくれていた。
それが分かった瞬間、全身に今までにない力がみなぎってきた。まるで湯をかけられたような熱が溢れる。
ああ、キュスカ。愛しいキュスカ。君と共にいられるのなら私はなんだってしよう。
誰かが言っていたが、楽しい時間というのはとても速く過ぎていく。
キュスカとの出会いから瞬く間に季節は移り変わる。
雨雲が去り、強い日差しが照りつける日々。太陽に負けない程に輝く笑顔で私に笑いかけるキュスカ。汗に濡れるうなじ。薄着の彼女はどんな宝石よりも美しい。
日差しが柔らかくなり、収穫期になれば王都では収穫祭がある。王族としての仕事があったが私の分はさっさと終わらせ、何やら小うるさい者共を振り切って私はお忍びでキュスカとともに城下へと赴いた。平民の服など着れるはずもなかったが、彼女たっての願いで平民に紛れて祭りを楽しんだ。
あの時彼女と飲んだ果実水の味は一生忘れないだろう。
寒くなり、吐く息が白くなる頃になると裏庭に出ることも厳しいために、私たちは校内の空き部屋で逢瀬を楽しんだ。そこは暖炉があり、火に当たりながら誰にも知られることなく肩を寄せ会った。
それだけで、寒さを忘れられた。
日差しが暖かくなり、私たちが中学校三年に進級したあの日、私は衝撃の発言を耳にすることになる。
あと一年、つまり中学校を卒業すると同時に、私は王太子となり、王となる準備をより本格的に行うことになる。
それは事前に知っていたので特に驚くことはない。
しかし、私の婚約者を決めようというのは初耳だった。
私になんの断りもなく! しかも愛しのキュスカでもない奴を!
私は王に言った。
私の伴侶は私が決める!
王はそんな私を見てため息を吐いた。
「王族の婚姻には政略が付きまとうというのはお前も知っておろう。よもや知らぬとは言わぬだろう?」
「当たり前です! そのような事、とうに覚えております」
王はたまに、このように私を愚弄することがあった。
腹立たしい限りだ。
「ならば何故そのように取り乱す? 王たる者、国のためには私心を捨てなければならぬ。お前はそれを分かっていると思っていたが、違うのか?」
「未来の王たる私が理解していないとでも!?」
「理解しているならばいい。この婚約は国の未来にために必要なことと判断した。それに、これは王命である」
「しかし父上!」
「今は仕事中だ。呼び方は気を付けよ」
くっ!
王は中学校に入学したあたりから自分のことを父と呼ぶようにと言ってきた。一人に対し呼び方がいくつもあるなど無駄以外の何物でもないというのに、態々そう呼ぶようにしてきた。にも関わらずこの日の王はそれに文句を言い始めた。
思わず拳を握りしめ、王を睨み付ける。
だがそんな私を無視して王は話を続ける。
私の婚約者候補は今の所三人。
宰相の姪。今は国外に留学している才女で二つ年上。
宮廷魔導師の義娘。将来は義父を超えるであろう逸材で、某所で英才教育中だという私と同い年。
最有力候補は財務大臣の娘。私の二つ年下で、今年中学に進級してきた。こちらも才女で、学年首席を維持しつつ貴族令嬢としても高い評価を得ているという。
どいつもこいつもキュスカと比べるべくもない。
「……お前ももう成人を迎えるのだ。いつまでも子供のようなことをするな。王となるのだから令嬢相手に腹芸の一つや二つこなして見せろ。出来なければ……」
「それくらい造作もないことです……!」
王となるべき私がその程度のことが出来ないなどと、最初から決めつけているような発言に、私はなんとか反論し、王の間から辞した。
私はその時、ある決心を固めた。
翌日の朝、放課後にとある部屋へ来るようにキュスカへ伝えた。彼女はにこやかに了承してくれた。
その後は一年の教室へと向かった。
少し前までは淑女だと思っていた娘たちだが、キュスカという完璧な淑女を知った今となっては、この者たちになんら価値はない。
そんな中、私は廊下にいた一人の生徒を見やる。
私の婚約者候補である財務大臣の娘。
他の二人はすぐに会えない場所にいるため、同じ建物にいる娘を実際に見に来たのだが……あれが私の横に立つのかと思うと、気分が滅入った。
少し前なら、財務大臣の娘も淑女と評していただろう。しかし、キュスカと違って笑顔はでき損ないの絵画のような残念さで、動きもキュスカと違って風に吹かれてはためくカーテンのように力なく、キュスカのように活力が見当たらない。
私は早々に立ち去った。
頭を切り替える。今はキュスカとの放課後のことを考えねば。
いつもならあっという間に終わる授業がこの日だけはやけに長く感じたが、忍耐に次ぐ忍耐によってなんとか放課後を迎えることが出来た。
指定した部屋で寛いでいると、キュスカがやって来た。
私はキュスカに婚約の話を打ち明けた。彼女は悲しみに涙を流す。
「インゼル、わたし……」
「キュスカ!」
キュスカに口付けし、黙らせる。
そのまま小さく柔らかい彼女の体を抱きしめる。
ずっとこうしていたい。そう思ったがなんとか唇を離し、キュスカの顔を見つめる。
頬を赤くした彼女のなんと愛らしいことか!
「君の全てが欲しい」
「……はい。貴方に捧げます」
それは貴族の間では暗黙の了解となっている、体を重ねる前のやり取り。婚姻後の初夜に行うやり取りであったが、今では恋人たちの逢瀬時の定番となっているとキュスカに見せてもらった書物に書かれていた。
キュスカの了承を受け、私と彼女は一つとなった。
◇◇◇◇◇
何やら騒がしい音で意識が覚醒し、自分が微睡んでいたのに気づく。
目の前には大量の書類がいくつも山積みになっている執務机。
私は思わず舌打ちしていた。
キュスカと愛し合ったあの日から少しして私の婚約者に財務大臣の娘が指名された。
何やら財務大臣はほざいていたらしい。私が望んだ訳ではないが、王になるべき私に従うべき臣下がそんな態度を取るというのが不敬の極みだ。
私は数度、茶会と称して財務大臣の娘と会った。どれもつまらぬものであった。
私は茶会の間、ずっと『理想の王子様』とやらを演じた。臣下や民たちが幸せに暮らせる国を作る? なぜ王がそんなことをしなければならない?
臣下は王のために生き、王のために死ねば良いのだ。黙って命令を聞き、実行する。それ以外になんの価値があるのか。
演じた『理想の王子様』とやらは虫酸が走る愚か者だが、そんな演技を信じた娘もまた救いようのない愚か者だった。
中学を卒業し、私は王太子となった。
それと同時に高校へ入学した。もちろん、キュスカも一緒だった。マルベリック伯爵が何か騒いだが、私直々に命令をすればすぐにキュスカが高校へ行くための準備は行われた。
キュスカはあれだけ聡明だというのに、伯爵があれでは。
高校では王となる予行として運営権の一部を渡された。そして私の部下として成績上位者たちが集められ、生徒執行会が発足した。
しかし、この執行会の者たち。実際に使ってみるととんだ馬鹿者共であった。
何かにつけて私に仕事をしろなどと言ってくる。何故私が予算配分など把握せねばならないのか。何故設備のことを気にせねばならない。
臣下がやればいいのだ! 王たる私の手を煩わせるな!
そもそも執行会にキュスカが入っていないのはどういうことだ!?
どいつもこいつも、己に割り振られた仕事をきちんとこなせ!
執行会メンバーに命令を下す。
私専用の執務室を用意させ、そこには私とキュスカ以外の立ち入りを禁じた。
私の補佐を行う副会長には私の手を煩わせる真似をしないよう、執行会を運営するようにさせた。
それ以降、私はキュスカとの時間を邪魔されず、部下に仕事をさせる、正しい体制を築くことが出来た。
最初のうちは己の分を弁えない馬鹿がいたが、私とキュスカの邪魔をするなど反逆者も同然。学校から追い出すとその他の者たちは大人しくなった。
そこからの高校生活はキュスカとの甘い蜜月を楽しんだ。
ただ、時々ある財務大臣の娘との茶会が煩わしい。
王命とあってか私でもそう簡単には取り止めもできない。こんな女と無駄な時間を過ごすなど……私の前から消えれば良いのだ。
時は瞬く間に過ぎ、高校最高学年となった。
来年、高校を卒業すれば私は王太子として正式に国政へと参加できるようになる。
ようやくだ。今までは学業もあったからか、私の意見が反映される様子もなかったが、これからはそうはいかない。
無駄を省き、王国を理想的な場所にするのだ。
その前に、最大の懸念事項をどうにかせねばならない。
私が進級したことで、高校へ財務大臣の娘も進学してきた。
私の卒業と同時に婚姻し、我が妃になるという。
私がありとあらゆる手段を用いてこの愚かな契約を破棄させようとしたのだが、王命とあってかどれもうまくいかなかった。
私にはキュスカがいればいい。あの運命の出会いの日から変わらぬ愛らしい彼女さえいれば。
なのにあの娘は入学してから私の邪魔ばかりする。
大切なキュスカとの触れあいを邪魔し、あまつさえキュスカのことすら知らない無知さ。
己の分を弁えないで執行会に出入りし、私に意見してくる不敬な女。目障りでしかない。
そんなある日、王と王妃が私と財務大臣の娘と茶会がしたいなどと言ってきた。
気分が優れない私を気遣ってくれるキュスカと存分に愛し合うことで気分を紛らわせてから茶会に望んだのだが……あの女、やってくれた!
なにやら挙動不審だと思っていたが、王妃に質問されてからは自分の被害妄想を垂れ流し始めたのだ!
王も王妃も私へ強く詰問してきたが、こんな娘の妄言を信用するような無能だったとは。
なんとか宥めつつ、茶を飲む。
ただ、許せない一言があった。
キュスカを、私の最愛の令嬢をこの女は「王子に不敬を働く常識知らず」などとほざいたのだ! 自分のことだろうに、まるでキュスカがそうであるように言うのだ!
もう我慢ならん。私が寛大な心で生きることを許可してやっていたのに、この女はその恩を忘れて私を貶めたのだ!
茶会が終わり、女を叱責し、私はすぐにその場を離れた。
ああ忌々しい。処刑だ! 処刑してやる! あの女の家もだ! あんな愚かな女を私の婚約者にしようなどと画策した財務大臣もこの国には必要ない!
怒りに震える私が廊下を歩いていると、前からは鍛え上げられた肉体を持った男が歩いてきた。
軍務大臣、ゴンドウル・ホーガン侯爵。
軍務大臣は廊下の隅に行き、頭を垂れる。
「殿下、いかがなさいました? なにやらお怒りのご様子ですが……」
私に声をかけるなどと不敬な男に対し、私は叱責した。それだけでは怒りが収まらず、財務大臣の娘と同じく処刑しようとしたが、軍務大臣は笑っていた。
「なるほど。財務大臣の娘とはとんだ不忠者ですな。さすがはあの悪辣な男の娘」
その言葉に私は軍務大臣を問いただした。
財務大臣はとても強欲で、ありとあらゆる金銀財宝を手にいれたい男だという。今も大臣の権力を使って好き放題していて、軍務大臣が仕事に必要だからと予算を申請しても、財務大臣はそれを却下してしまうために支障が出て困っているという。
しかも奴はうまく立ち回っていて、隙を見せない狡猾な男で、あの男のせいで不幸になった者は数知れず。
その気性は娘にも受け継がれていて、王子の婚約者になったのも城にある宝物庫の物を手にいれたいがためだというではないか!
軍務大臣はどうにか財務大臣を止めたいという。
しかし、財務大臣は息子たちを軍務大臣の下に送り込んで行動を監視して邪魔をし続けている。
なんということだ。このままでは私の王国が強欲な愚か者によって汚されてしまうではないか!
「殿下、如何致しましょう?」
「決まっている。財務大臣もその一族も、この国には必要ない!」
「よくぞご決断なされた! そのお言葉を待っておりました!」
「しかしどうする? そこまで狡猾ならば……」
「どうぞ殿下、この私めにご命令を。この国を正しい道へ戻すために。さすればこのゴンドウルが全てを采配致します」
頼もしいその言葉に、私は感動した。
そうだ。これこそ忠臣という者だ。王のために働く。臣下とはこうあるべきなのだ。
「軍務大臣よ、財務大臣を、その娘を罰せよ。二度と我らに関わらせるな!」
「御意に」
その翌日、邪魔が入らずにキュスカと存分に愛し合ってから帰宅し、私はすぐに王へと軍務大臣から聞いた財務大臣の非道なる行い、そしてその娘が抱いている浅ましく卑しい野望を語った。
王は自分が騙されている事実すら気付かずに財務大臣を忠臣だとのたまい、あの女を王族の伴侶に相応しいなどと信じきっている。
ここまで愚物だとは。
怒りに震える私がさらに言い募ろうとしたとき、とんでもない報告が飛び込んできた。
財務大臣の娘が、宝物庫に忍び込み、近衛に捕縛されたというのだ。
軍務大臣の言葉は正しかった。
あの強欲な女は我慢しきれずに行動を起こしたのだろう。そうに違いない。あと一年立てば自分の物になるという事実に、化けの皮が剥がれたのだ。
私はすぐさまあの女を連れてくるよう命じた。
私の前に連れてこられたあの女はあろうことか、自分のしたことがどのようなことか理解していないようで、呆けた見るに耐えない顔をしていた。
王が信じられないなどとほざいていた。
「ほら父上、私の言った通りでしょう!? この女はありとあらゆる宝を手中に納めたいなどという野望を抱く卑しい女! その証拠に私から宝物庫の鍵の開けかたを聞き出した挙げ句に侵入するような欲深さ! こんな女を野放しにしていてはなりません! 即刻処罰を!」
この女の事だ、私ですら気づかないうちに宝物庫の開けかたを聞き出したに違いない。なんという悪辣な女なのだ!
財務大臣の娘は牢に入れられた。貴族だからと貴人用のものだ。地下牢で充分だというのに。
翌日から会議室で財務大臣の娘の処遇を決める話し合いが始まった。
財務大臣は終始、娘は嵌められただの、陰謀だのと言っていたが、娘が不法侵入したのは事実。
さらに王国の法では城内に許可なく忍び込んだ時点で処刑だ。あの娘は城に入れる許可は王が出していたのでそこはいい。だがあの娘でも立ち入り禁止の場所は多々ある。その結果、あの娘は公開処刑で斬首が妥当だろう。
しかし財務大臣の足掻きは見るに耐えない無様さだ。
私が引導を渡してやろうと口を開こうとしたら、王が先んじた。
「死罪を覆すのであれば、どうすればよいか、分かっておろう?」
「……大臣の地位を辞します。それと、相応の賠償金を」
それだけで許される訳がなかろう。
「我が城の宝物庫に侵入するような強欲な者が、そのようなもので許される訳がなかろう! その溜め込んだ財貨を王国へ献上せよ!」
「そうだ。それでも対価としては生ぬるい!」
「貴様のような輩は貴族に相応しくない! 即刻爵位を返上せよ!」
軍務大臣を筆頭に大臣たちが糾弾する。皆、この男の悪辣さには辟易していたのだろう。
会議が終わる頃には、財務大臣はいつ死んでもおかしくないほど弱りきっていた。
「これが……国を支えようとした結果か」
最後にはそんなことをほざく。
悪逆非道なる輩が何を言うか。
会議の結果を罪人に告げるべく、娘を謁見の間へ連行させた。
あの女はこの場においてもすました顔をしていた。どれだけ厚顔無恥なのだろうか。
財務大臣が何やら動こうとしたが、すぐに軍務大臣が肩を掴んで止める。
「マリアルイーゼ・オルフォコス、お前は無断で宝物庫に侵入した。これは国の法では重罪である。よってお前には死罪を申し付ける」
「しかし、お前の父である財務大臣の嘆願があった。あやつは長年我が国の財務を支えた忠臣。財務大臣の地位を退き、私財の九割を国に献上、爵位を大幅に下げることを条件にお前の助命がなされた」
「よって、お前は辺境のヨルトランテ修道院へ行き、死ぬまで己が罪を悔いて生きよ」
王もお優しいことだ。
罪人などいても害悪にしかならないし、私とキュスカの仲を邪魔するなど何度殺しても許されざる罪だというのに。
まあ、王は財務大臣の家の宝である金色の宝石を欲しがっていたらしく、それが手にはいると分かった瞬間には笑みを浮かべていたが。
「へ、へい……」
「黙れ罪人!」
この期に及んでまだ何か宣おうとするのかこの罪人は!
「貴様は己の欲望のために私を騙し、あまつさえ家族にまで末代まで語り継がれる程の汚名を与えた! 今さらその薄汚い口から汚らわしい言い訳など垂れ流すな! 財務大臣の言葉がなければ今すぐにでも殺してやりたい所だ! ああ忌々しい、こんな奴と婚約していたなど……ああ、婚約していた事実は消した。よって私とお前は一切関係のない赤の他人だからな! 修道院ではおかしな妄言を垂れ流すなよ!」
そうだ。このような罪人が私と婚約していたなどあってはならないことだ。だから最初からそのようなことは無かったことにした。
王妃が何やら騒がしかったが、今はどうでもいい。
王が退出を促せば、罪人親子が不愉快な茶番をしている。
近衛に命じてさっさと罪人をどこぞへと運ばせ、財務大臣、いや無能な愚物も城から追い出した。
これで、私の憂いは晴れた。
ああキュスカ、待っていておくれ。これで君は私と一緒にいられる。
そう思っていたのに。
王は私の婚約者に別の者を指名しようとしていた。
キュスカ以外の者など必要ないのに、それを認めようとしない!
だが選別しようにも誰もが了承しないという。当たり前だ。私とキュスカの仲を邪魔するなど許さん。
高校では執行会が解体された。
どうやら部下たちが失敗したらしい。まったく不甲斐ない馬鹿者たちだ。
責任をとって副会長が学校から消えたという。
城では大量に文官が仕事を辞したという。
連中は元財務大臣の派閥の者たちで、新しく大臣たちが選んだ新財務大臣の者にはついていけないと一斉に辞めてしまった。
何を被害者ぶっているのか。あのような犯罪者に付き従うような者たちなど程度が知れている。
軍務大臣を筆頭に真の忠臣たちが財務関係の人員を選んだ。
王妃は倒れた。
意味のわからないことを呟き続けるその姿は、王族の伴侶には相応しくない無様さだ。
離宮から出ないのなら、捨て置いてもいいだろう。
私の目の前には今、大量の書類がある。
そのどれもが元財務大臣の領地に関するものだ。
あの後、奴は王都の外れにある小屋へ押し込め、二度と悪さができぬようにした。
奴の仕事は後任を決めたのだが、領地の方はまだ手付かずであった。それもそのはずだ。領地にいた代官とやらも奴の部下なら、信用がならん。
そのため後任を決める間、私が指揮を取ることになった。
なったのだが、うまく機能しない。
そもそも私の命令を正しく理解できるものがいないのが問題だ。王都より離れた地など学のない平民しかいないのだからどうしようもない。
どれだけ分かりやすく命じても伝わらないこのもどかしさに苛立ちが募り、キュスカに癒される。
数日後、罪人を送った場所が何者かに襲われたと報告が来た。
どうでもよい事柄だったが、ちらりと報告書を読めば見るも無惨に破壊されていたらしい。
ならばあれも死んでいるだろう。
続いて元財務大臣のいる小屋が焼け落ちたという。
軍務大臣からの報告ではあの罪人たちの焼死体が見つかり、あの家は正式に断絶となった。
王が何かを必死に探させていたが、ついぞ見つけられず苛立っていた。
その報告を受けてから数日後、私は異臭を感じて目覚めた。
夜が明け始めたくらいで、まだ薄暗い部屋の中。息をしただけで鼻が痛くなる。
私はすぐさまランプを点灯させた。
光の魔法を刻んだ宝石が入ったランプは一々火をつける必要もなく、とても簡単に、煌々と部屋の中を照らし出した。
私は驚きのあまり、王族にあるまじき声を出してしまった。
『お前のせいで』『絶対に許さない』『呪われろ』『死ね死ね死ね』『王国に災いあれ』
部屋の壁に、天井に、床にまで、赤いなにかで文字が記されていた!
「な、なんだ!? なんだこれは! こ、こんなこと、ありえるのか?」
現状を理解できない私の耳に、聞きなれない音が聞こえてきた。
驚き、周囲を見渡せば、ベッド脇にある水差しを置いてある小さなテーブルに、見慣れぬ銀色の箱が。何かを叩くような、折るような音が。
突然、箱が砕け、中身が飛び出して私の全身に得たいの知れぬ柔らかい物体が張り付く。
それと同時に込み上げる吐き気。
呼吸ができぬほどの苦しさ。
寝室に飛び込んできた近衛に助けを求める暇もなく、私の意識は途絶えた。
登場人物。
・王子
自己中俺様系。
基本的に自分以外を見下しきっている。
知識を覚えてもそれを活用も反映もしない。したとしても自分の都合のいいこと限定。
書くのに作者のHPがヤバい。
最後、気絶しただけでまだ生きている。
・キュスカ・マルベリック
合法ロリ。十八になっても体型は鯉のぼり。
次回はコイツ視点の予定。
・マリアルイーゼ・オルソフォス
ただの被害者。
・オルソフォス家の人々。
パパはしっかりと王国の財政を切り盛りしていたが、他の奴等には恨まれていた。
現場を知らずして財務の仕事はこなせない、というパパの方針に従って兄弟たちは騎士や衛兵になったが、上からは厄介者としか思われていなかった。
・軍務大臣
色々な理由で予算を申請しても却下する財務大臣のことが大嫌いな男。節約などしない!
ちょっとでも古くなったら棄てて新しいのを買おうとする浪費家。
・王と王妃
息子に手を焼く両親。
王は結局、欲望に忠実。
王妃は息子に顔を覚えられていない、言っても無視される、夫が欲に負けて忠臣を罰すると心労がたたり寝込むはめに。
王妃は泣いていいと思う。
・先生方
わがまま王子被害者。
・マルベリック伯爵
いきなり王子が来て予定にない高校進学を命令された人。
・副会長
軍務大臣に命令されてマリアルイーゼを襲った実行犯。トカゲのしっぽ。