【王さまが】異世界の勇者を【召喚してみた】
「国王さま、ご決断を!」
「いや、じゃからわしは――」
「もう一刻の猶予も無いのですぞ!」
国の行く末を決める会議室。
わしは他の者たちとは一段上座にある、王座に座っていた。
わしを睨みつけているのは、威圧を隠そうともしないこの国の重鎮たちだ。
全く、老人によってたかって熱い視線を送られても嬉しくないんじゃがの。
どうせなら妻のような美しい女性に……。
そういえば最近妻と娘の態度がやたら冷たいのは何なのじゃろう。
あれかの。
国の運営が滅亡寸前までいってしまってるのが原因なんじゃろうか。
ぶっちゃけわしのせいじゃない気がするが、
誰の責任かといわれるとわしの責任じゃしな。
数年前に現れた魔王。
あれのせいで魔族どもが結束して人類を襲い、
そろそろ全滅するんじゃね? というところまで追い詰められていた。
先日この国最強の剣聖が魔王に敗れ、いよいよヤバイじゃん、となったことで今会議中なのじゃが、その行く末も闇闇たるもだった。
「国王さま、もうこれしかないのですぞ! それとも他に魔王に勝つ手段でも!?」
「そうはいってものぉ、勇者を召喚などそれこそ最後の切り札であろう」
王家に伝わる勇者召喚。
多大な魔力と供物を捧げる代わりに、女神の祝福を受けし伝説の勇者を呼び出すというものだ。
しかし、その祝福と勇者の強さは完全にランダム。
しかも勇者は異世界の民を呼びつけることで召喚されるので、その勇者が確実に魔王を倒してくれる訳ではない。
そして最大の懸念点は勇者の召喚に伴う魔力だ。
現在王国は、魔法殲滅兵器で魔族を威嚇することによりなんとか平穏を保っているが、勇者召喚をしてしまうと、いざという時に兵器を使う魔力が足りなくなってしまう。
正に背水の陣なのだ。
「ですから勇者召喚はあくまで機密に行えばいいのです!」
「そうはいってものぉ」
「それ以外に何が出来るというのですか! このままでは魔王に嬲られて殺されるだけですぞ!」
「ううむ……。分かった、では魔導長、そなたにまかせよう」
「まったく、最初からそうしていればこのような事態にもならなかったものを……」
ぶつくさとぼやく魔導長。
しかしそれが出来なかったのはそちのせいじゃろう。
魔導長は数多の魔法と知識を持ち、
勇者召喚すら可能にする魔力を持っているが、いかんせいん性格に難があった。
具体的に言うと、やたら金にがめつい。
魔導を行使しろというと、やれ金を積めだの、
結界を張れというと、やれ金塊をもってこいだの、
ここまで魔族に手をこまねいてしまっているのも、魔導長がもっと協力的であればこうはならなかっただろう。
わしは言い知れぬ不安を感じつつ、
去っていく魔導長の背中に溜め息を吐いた。
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「おい、聞いてんのか?」
「う、うむ聞いておる」
「あ゛?」
「き、聞いています……」
日にちをまたいで、再び王座。
わしの目の前には血塗れで倒れた魔導長と、それを踏みつける黒髪の青年が立っていた。
青年の手には禍々しい光を放つ聖剣。
血に塗れたその剣は、現在国王であるわしに向けられていた。
わし大ピンチ。
勇者召喚で呼び出された青年は、召喚されるとすぐに怒り狂って魔導長を斬り殺した。
勝手に異世界に呼び出しておいて、戦争に行って来いとはどういう了見だということらしい。
ごもっともじゃな。
「早く俺を地球に返せ」
“ちきゅう”とは勇者が元いた世界のことらしい。
「す、すまんがわしでは異世界との扉を開くことはできん」
「じゃあ誰なら出来る」
「この国では魔導長だけだ」
「ならそいつは何処にいるんだ」
「……お主が手に持っているそれじゃ」
苛ついていた調子でわしを詰問していた勇者は、自分が斬り殺した魔導長を見下ろして、若干気まずそうな顔をする。
うん。わしもめっちゃ気まずい。
さて、どうするればいいのか。
わしはこれまでにないほど頭を働かせた。
ここで勇者が「帰れないとかふざけんな!」と暴れだすと、魔王がどうこう以前に、勇者に王国が滅ぼされかねない。
わしはどうすればいいのか。
必死で思考を張り巡らしていると、勇者が話しかけてきた。
「おい、他に俺を元の世界に帰せるやつはいないのか」
眉間にしわを寄せて勇者がそういうが、魔導長は千年に一人の魔道士といわれるほどの鬼才。
同じだけの魔力を持っているものといえば、それこそ魔王くらい……。
そ、そうじゃ!
わしは唐突に閃いたことを勇者に告げた。
「そうじゃのう。この国にはそれほどの魔導を行使出来る者はおらんが、……魔王ならそれも出来るかもしれん」
「魔王?」
「そうじゃ、魔族の長、魔王じゃ」
魔王を倒して言うこと聞かせれば帰れるよ!
そう言えば、勇者の怒りを収めつつ、魔王を倒してもらうことができる。
わし天才。
わしは魔王についての詳しい話を勇者に語ってやる。
「……――つまり、魔王は今世界を掌握しようとしておるのじゃ、じゃから、魔王を倒せば――」
「なるほど、つまり俺は魔王の仲間になればいいのか」
「…………は?」
「人類は劣勢で、しかも俺を帰す手段は無い。
そして魔王の唯一の危険は勇者である俺だけ。
つまり、俺を元の世界に帰せば、魔王は安心して世界征服出来るわけだ。
俺と魔王の利害は一致。Win-Winだろ?」
……あああああああっ!!
確かにそうじゃ。
魔王は勇者がいてほしくない。
勇者は早く帰りたい。
勇者が魔王に自分を元の世界に送り返してくれと言えば、お互いになんのデメリットも無く話が終わってしまう。
「そういうことだ。じゃあな国王」
「ま、待ってくれ、そちに見放されると人類は!」
「しらねえよ」
悠然と城から出て行く勇者。
それを止められる者はいない。
勇者が出て行った後、場は重たい沈黙に包まれた。
魔導長は殺され、勇者はあろうことか魔王に与した。
もう人類に抗う術は残されていない。
わしは、人類を滅亡に追い込んだ王として、歴史に刻まれるのだろうか……。
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――――しかし、三ヶ月後。
「国王さま! 魔王が討伐されました!」
「な、なんじゃと!?」
通夜のような空気の王城に、その一報がもたらされた。
なんと、三ヶ月前に召喚した勇者が魔王を倒し、ついでにその黒幕の邪神も倒してしまったらしい。
現在勇者はこの国に向かっているらしく、王国は国を上げて勇者を歓迎すべく、慌ただしく準備している。
その間も勇者の報告を受けるが、出るわ出るわデタラメな話が。
冒険ギルドに加入して三日で災害級のドラゴンを倒してあまつさえそを使役。
奴隷を購入した所それが獣人族の巫女だったらしく、なし崩し的に獣人族を魔族から救済。
その後もエルフの森に迷い込んだり、領主に化けていた悪魔公爵を倒したりとしながら、なんやかんやで魔王を倒してしまったらしい。
たった三ヶ月でどんだけだよといいたくなる内容。
呆れていると、その本人が王座の前に姿を表した。
青年は召喚された当初とは大きく見た目が変わっており、黒髪の半分が白髪になり、何故か右目が金色に。
腕には古代魔法の呪印が刻まれており、装備品は全て伝説の中にでてくるようなものだった。
もはや誰だよといいたくなる変わりようだ。
わしがビクビクしつつも勇者に望みのものを聞く。
魔王討伐はもはや英雄の所行であり、仮にこの国を寄越せと言われてもわしは断ることができない。
しかし、勇者は
「魔王を倒したのは俺が倒そうと思ったからだ。お前らに言われたからではない」
と言った。
だから、報酬はいらないらしい。
なんと。
望めばなんでも手に入るというに、何一つとして要求しないのか。
従者に勇者の真意を問うと、どうやら勇者は征く先々でも全ての報奨と謝礼を断っているらしい。
なんでも「俺がやりたくてやったことで、お前らには関係ないから」だそうだ。
ツンデレかよ。
少々青年の意思に感動し、魔王討伐を成したものにわしの姫を嫁がせるという約束をしていたので、姫はいらないのかと聞いてみた。
姫はいるらしい。
いるんかい!
のおおお、聞かなければ良かった……!
わし、あの勇者の親になるのか……。
娘が欲しくばわしを倒していけ、とかいうべきじゃろうか?
……いや、多分跡形もなく消されるだろうの。
まあ、娘も嬉しそうなのでいいかのぉ。