「異世界の夜」
俺には、一連の出来事でいくつか学んだことがある。
まず、この街には冒険者風の連中がやたらに多いということ。
何故そんなに多いのかは知らんが、このカリムの街の周辺は冒険で生活が成り立つような「冒険スポット」なのではなかろうか。
道行く人々からも、「あそこのダンジョンがどう」とか「何々の森にモンスターが云々」とか、そういう話ばかりが聞かれる。
だから、もし俺がこの世界で貨幣を得ようとするなら、武器屋の女主人が言うような「冒険に役立つモノ」を自分の部屋から選別して持ってくるのが一番だ。
また、現代から持ち出したモノであれば珍しがってもくれる。
例えば、100円ライターが異様に喜ばれたように。
それからもう一つ重要なのは……
俺に博打は向いていない、ということだ。
◇◆◇
さて、異世界にも夜はあるようだ。
日が落ちて、紫だちたる空に、鋭い銀の三日月が刺さる。
月下のカリムの街も、妖艶な気色を帯び始めた。
幾百ものランプがオレンジ色に煌めき、美しい夕の街の活気を演出する。
それは先ほどの飲食店や武器屋に面した広場。
この時間帯には往来の人も増え、冒険者風の者も、艶やかな女の姿も、街に住む町人風の男もめいめい笑ったり怒ったりしていた。
肩を組んだり小競り合いを始める大人の間を、チラチラと子供が走り抜けて行く。
その賑わいには、俺の知っている現代の街にはない、キラキラとした交際の輝きのようなものが内包されているように見えた。
まあ、埋め込まれた存在としての彼ら自身は、別に自分たちがそんなふうに輝いているだなんて思ってはいないのだろうけれども……
しかし、そんな中へヨソ者(異世界人)が入ってゆくというのはそれなりに至難である。
取っ掛かりというものが必要だ。
俺は広場の片隅で居心地悪く、小さくなりながら、その「取っ掛かり」を探していた。
そう。
闘技場の前で100円ライターを売ったヒゲのおじさんと、全身鎧のヤツだ。
先ほどから人々の中から彼らを探そうとしているのだが、一向見当たらない。
何だか不安になってきた。
だって、あんな口約束、反故にされる可能性だって充分にある。
携帯電話の番号を交換したわけでもなんでもないのだしね。
俺は、ふらーっと広場を幽霊のように歩きまわり、ヒゲのおじさんか鎧のヤツはいないかと探してみるがやはりいない。
これは、広場で露店作戦も失敗かな……そう思った時に、俺の肩を叩く者があった。
「キミ、何をしている」
振り返るとそれは女だった。
金髪をりゅうと靡かせて、目の覚めるような、凛々しい感じの麗人である。
「はあ、別に……」
と言いかけて、俺は考えた。
この女、騎士っぽい格好をしている。
他の冒険者たちとは違ってシャバッ気もない。
もしかしたら、広場の不審者を取り締まったりする系の人ではなかろうか。
「い、いえ。俺は決して怪しいものではないんですよ」
「怪しいかどうかなど問題ではない。キミ、ここで露店をやろうとしているのだろう?」
え、何故それを……
というか、ここで露店をやるのはやっぱりルール違反なのか?
俺は慌てて弁解する。
「いえいえ、そんな露店など考えたこともありません」
「じゃあその背に負った荷物はなんだ?」
「これは友達へのプレゼントです。これをこんなところで売りさばこうだなんて思っちゃいません」
「何だと?では先ほどの約束はどーなるのだ?」
「え?」
「は?」
俺と女は数秒見つめあう。
後、急に女は笑い出した。
「ははは、なるほど。すまない、すまない。こうすれば分かるだろう?」
そう言って重厚な鉄兜をかぶると、長い髪の女騎士は、先ほどの鎧のヤツになったのだった。