「100円ライター」
「えー、本日の闘技は終了しました……ピーピー、ガー」
闘技場のテントが畳まれてゆく。
人は散り散りになって、めいめい負け券を破いたり、勝利に酔いしれたりしていた。
俺はというと、あれから勝ったり負けたりを繰り返して一時は500ボンドまで行ったのだけど……終盤で負けが込んで、800ボンドどころかせっかく稼いだ150ボンドまで残らずスッてしまった。
ケツの毛まで抜かれてスッカラカン。
フリダシに戻る、である。
あー!やっちまった!
ちくしょおぉ……
そうやってうちひしがれていると、なんだかもう飲食代の800ボンドなんて、どうでも良くなってきた。
で、頭の後ろから悪魔が囁きかけてくる。
――そもそも、さっき尻あったばかりの女のためになんでここまでしてやらなきゃいけないんだ?それに、どーせ放っておいてもあの女はそのうち瞬間移動で逃げるだろう――
気が滅入っているからか、囁くのは悪魔ばかりで、天使のほうはめっきり何も言わない。
いかんいかん。
俺は悪い考えを打ち払うように、タバコに火をつけた。
シュボ……
が、その時。
「よう、あんた。珍しいものを持っているね」
唐突に、ヒゲを生やしたおじさんから、そんなふうに話かけられたのである。
俺は最初何を言われているのか分からずに、「はあ」とだけ答える。
珍しいもの?
タバコの銘柄かな……と思い、
「一本いりますか?」
と言って差し出す。
「お、悪いね」
彼がタバコをくわえたので、俺は100円ライターを貸してやった。
「ここを押せば火が付くんだろ?」
「は?え、ええ」
男は火を付ける。
「スー、フー……おお、ちゃんと付くな。これはどこのシロモンだ?」
「タバコっすか?」
「いや、この簡単に火が付いたり消えたりする道具さ」
「コンビニでタバコ買った時に貰ったもんですけれど」
「よく分からんが便利だなあ、これ」
その時だ。
彼の感心したような声に、俺の頭がスパークし、先ほどの武器屋で聞いたセリフが思い起こされた。
――そりゃあウチは冒険に役立つものなら何だって買い取るよ――
……そうだ!
こっちのおカネを得るためには、何か売れば良いんだ!
つまり、直接おカネ(円)を持ってきても使えないけど、何かモノを持って来て売ればそれはボンドで支払ってもらえるわけだろ。
なんか頭が冴えてきた。
そして、俺はヒゲのおじさん尋ねてみる。
「良かったら売りましょうか?」
「え、本当かい?……いや、でもこんな珍しいモン、どうせ高いんだろ?」
「おじさん。その様子だとスッたんでしょう?いくら残ってますか?」
「ああ、スッたスッた。もう200ボンドしか残ってねえ」
でも、0ボンドの俺と比較すればよっぽどマシだ。
「じゃあ100ボンドでいいですよ」
「何?本当か?」
「ええ」
「おお、じゃあ頼むよ」
こうして、感謝する彼から100ボンドを受け取ろうとした時だった。
「ちょっと待ちなさい」
後ろから俺の肩をポンっと叩くヤツがあったのだ。
振り返ると、全身を鋼鉄の鎧で覆ったカチコチなのが立っていた。
顔まで兜で覆われて、表情が読み取れない。
「その面白い道具。私が買おう」
「何?」
これにはヒゲのおじさんがいきり立つ。
「待てよ!こいつとは俺が先に話していたんだぜ。横から入ってきてそりゃねえだろーよ」
「あんたは黙ってろ。どうだろうそこの若い方のキミ。私ならば500ボンド出すぞ」
「ぐ……」
俺は彼らの会話を好奇の眼で眺めていた。
100円ライターでここまでテンションを上げて競れるとは。
妙な光景である。
しかし、ここで俺はどうすべきか。
普通に考えれば500ボンド出すと言っている鎧のヤツに売るべきだろう。
だが、それだけでは800ボンドには届かないからな。
「とりあえずこのライターはおじさんへ100ボンドで売ります」
「なんだと!?」
「よっしゃー!」
「その代わりと言ってはなんですが、おじさん。おじさんの知り合いを紹介してもらったりできないかな?」
「ああ?どういうことだ?」
「いや。実は今日の夜、カリムの街の広場で露店をやろうと思っているんだ。このライターとかいろいろ珍しいモノを売ろうと思っているのだけれど、この街へは来たばかりで急に信用してもらうのは難しいだろ。そこで、おじさんの仲間とかを一人でも二人でも呼んできてくれたらありがたいんだけど」
「なるほど。宣伝ってわけだな。あんたの扱うものなら面白そうだし、わかったよ。任せておきな」
「お願いします。上手く行ったらもう一つライターをプレゼントするから」
そう言うとヒゲのおじさんは去っていった。
「それから鎧の人」
「なんだ」
「あなたもよかったら来てください。ライターはもちろん、もう一つ珍しいものを持って来るんで」
「……そうか。そういうことなら」
と、全身鎧のヤツも立ち去った。