公衆浴場(2)
「なんかベトベトするなあ」
カリムの街の空は青く、すがすがしい陽気であったけれども、バイト後にシャワーも浴びずに来たから俺自身の身体がベタついていた。
まずひとっ風呂浴びよっかな。
そう思って、飲食店や武器屋の並ぶメインストリートから外れて、一本奥の道へ入っていった。
道は狭くなり、猥雑にいりくんで、また急に少し開けると、ゴチャゴチャした風景の中に突如として、幻想的な唐破風で門口の彩られた細やかな建物が出てくる。
これがこの街の大衆浴場だ。
そして、俺はその入り口のガラス戸をガラガラっと開け、中へ入った。
「……いらっしゃい」
「あっ。おとな1人で」
と言いつつ、40ボンドを番台へ置く。
「あとタオルと石鹸もください」
「……あと70ボンドだ」
台の向こうのヨボヨボで無口な爺さんが応対してくれたので、俺は下駄箱へ靴を入れ、木札の鍵を抜くと、奥へ入ってゆく。
こんな時間だから空いているだろうと思って脱衣所に入ったのだけど、案の定、脱衣所に他の客はない。
よしよし。気が楽でいいな。
ぬぎ♪ぬぎ♪
そう思って脱ぎ始めたのだが、シャツの中で頭の隠れている間に、何やらキャッキャと黄色い声が聞こえてくるのだった。
「今回の冒険は大変だったわね。ヘトヘトだわ」
「そんなん当たり前やっちゅうねん。なにせ夜通しダンジョンおったんやからな」
「……」
シャツを脱ぎきり視界が開けると、冒険者風の女が三人入ってきていて、俺の目の前で装備を脱ぎ始めている。
一人は、露出の激しいビキニアーマーに剣を背負った女。
一人は、上半身と脛には複雑な革の防具を張り巡らしているくせに、下だけは白ふんどし一丁の女。
一人は、白に水色の幾何学模様の入ったローブを着、木の杖を抱えた女である。
「でもいいじゃない。今回地下9階まで行けたのよ」
「せやな。けっこう儲けもあるはずやし……あ、ちょっと。背中の金具はずしてくれん?」
「どれ?」
「この、背中の……もうちょっと上やて。そう」
という具合に、革の装備の女が、ビキニアーマーの女に脱衣を手伝ってもらっている。
「……」
その横でローブの女は先に一人でモゴモゴ服を脱いだ。
ローブの女は黒髪に三つ編みといった頭をしていて一見地味っぽく見えたのだけど、その鈍重な衣を脱ぎさると意外にもボリュームのある乳房がブルン♡と弾け出たので、俺はギョッとした。
「ちょっとぉ」
「待ってよ、カナカナ」
地味な女が、真っ白なパンティまでササッと脱ぎ、股に毛のない割れ目のままスタスタ行こうとすると、あとの二人は不平の声をあげる。
「おそい」
地味巨乳は無愛想にそう言ったが、けっきょく入口のところで立ち止まり仲間たちを待つようである。
「もう……そう急かさんでも」
革の防具の女は、ベルトが幾重にも張り巡らされたその複雑な装備を解除しつつ、白ふんどしの結び目をほどいた。
シュルシュルほどかれゆく白布に、フサっとした黒い陰毛が大人らしい印象を放つ。
彼女は綺麗な栗色のショートヘヤーをしていたが、体毛は黒なのだなあ……と俺は思った。
カチャカチャ……
ビキニアーマーの女もすぐに剣を外し、乳房の形に沿った胸の装甲をぷるんと取り去って、隆起した裸の筋肉に黄金の髪をなびかせる。
パンツも脱ぐと、この女は陰毛まで煌めく黄金色で、一瞬、生えていないように見えたほど透きとおっていた。
一方。
俺はと言うと、シャツを脱いだきりズボンを脱ぐのを躊躇していた。
男湯、女湯の区別がない異世界の公衆浴場はこういうとき気まずい。
爺さん婆さんなら安気でも、若い女が入ってくるとさすがにギョッとするというもの。
けれど、この世界ではどうやら
『風呂で裸になるのは恥ずかしいことではないし、隠すものでもない』
という感覚らしく、むしろモジモジ恥ずかしがっているほうがおかしな目でみられるのだ。
「……」
ほら。入口で仲間を待っている隠れ巨乳の女が俺のことを怪訝な目で見つめている。
よく考えろ、俺。
ようはTPOである。
日本でだって
『パンツと同じような布面積でも、海で水着だったらヨシ』
みたいな感覚があるだろう。
ならば異世界での、
『風呂なら裸でヨシ』
というのも似たようなものじゃないか。
ローマではローマ人のようにせよ、とも言うし……
そう考えると恥ずかしさも薄れて、俺は思いきってズルっとパンツごとズボンを脱ぎ、プリっとケツを出した。
「ちょっとすいません。俺、入るんで」
「……そう」
胸を張って堂々とそそりたって言うと、入口で立ちはだかっていた隠れ巨乳の女も素直に道を譲ってくれた。




