大家さんち
窓越しに目の合った大家さんは必殺技の途中でピタっと制止して動かない。
数秒、時間が止まったようだった。
ぽろ……ガシャン!
あまりのことで俺の手からスマートフォンが零れる。
そして、それが地面へ落ちるのとちょうど同じ時。
ダッ!!
ハっと正気に戻った美少女戦士がもの凄い勢いでこちらへ向かってきたのである。
すごい剣幕だ。
や……ヤバイ!口封じに殺害られる!!
そう思って慌てて逃げ出そうとするが、落としてしまったスマートフォンを拾っている間に……
ガラガラ!パシっ!
俊敏な動きで窓が開け放たれ、すごい力で手をガッチり掴まれてしまった。
「ちょっとこっちに来なさい!!」
その少したくましい腕で無理やり部屋の中へ引きずり込む大家さん。
こ、怖ええ!
「ひっ、殺さないで……」
ブザマに懇願する俺だったが、そんな予想を超え、低劣な格好をした三十路女は絨毯へ手を付いてこう叫んだ。
「お願い!リコには言わないでぇ(必死)」
ザ、土下座である。
純白にピンクの宝石の映える美少女戦士の衣装は、本格的な衰えの始まる一歩手前の30女の蒸れた肉体の哀れさをよりいっそう強調しているのに、年下の俺の前でそんな理想とも言えるようなフォルムの土下座で頭を床へこすりつけるさまは、彼女のちょっぴり美人であるような一般的な価値を無残に毀損し、世界からブザマというブザマをより集めたような感がしてたまらなかった。
「や、ヤメてくださいよ大家さん(汗)」
「言わないって約束して!!」
どうやら姪に趣味がバレるのを一番恐れているらしい。
「で、でも。大家さん、管理人さんと二人暮らしなんですよね?」
「そうよ!だからバレたら生きていけないでしょ!」
生きて行けないって……
「いや、こういうことは、むしろ逆に考えた方が良くないですか?」
「逆?」
「ええ。だって、一緒に暮らしてて、これからずっとバレないだなんて無理じゃないですか。だったら、いっそのこと管理人さんには先に話しておいた方が……」
「だ!ダメって言ってるでしょ!」
「でも、毎日毎日『いつバレるか』って考えてたら不健康ですよ。大家さん、管理人さんとは家族なんですから、きっと恥ずかしいのは最初だけってなりますって」
「う……」
そう諭してみるが、土下座の姿勢から絨毯の上で身をよじるようにのたうち回る大家さん。
「お……お願いよ。黙ってくれたらなんでもするから」
「え?なんでも?」
「……え?」
なんでも、と言うから俺はつい
『黙っている代わりに、家賃をもう一カ月待ってください』
というゲスな口止めを請求しかけたのだが、いくら貧乏でもそれだけはやってはならないと思って踏みとどまった。
「……いや、ダメ……そういうのはダメよ……♡」
しかし、大家さんはまったく別のことを考えていたらしく、恥ずかしい改造セーラー服に包まれた自分の肩を抱き、怯えたような瞳で俺を睨んだ。
「なっ!そんなことはちっとも考えてな……」
と言いかけたけど、それはそれで失礼なような気がして、二の句が継げなくなる俺。
……
大家さんは大家さんで『あっ。私、早とちりしちゃった?』みたいな感じになって、すごい微妙で、気まずい沈黙が場を支配した。
ううう。
俺はとうとう耐えきれなくなって言う。
「はぁ……わかりました。リコちゃんには言いません。言いませんよ」
「ほ、本当?……本当ね!!絶対よ?」
それでも不安なのか、また勢いよくにじり寄ってくる三十路美少女戦士。
「言いませんって。落ち着いて(汗)」
ムチ……♡ムチムチ♡♡
そう前のめりの女体を支えると、セーラー模様の袖に彩られた少したくましい両腕を抱く格好になった。
「言ったらただじゃおかないからね!」
「落ち着いてくださいってば!大家さん!」
「あっ」
女は自分があまりに前のめりで詰め寄っていたことに気づき、またハっとして止まる。
「……(照)」
でも、今度は接近していたぶん、気まずいというよりはもっと厄介だった。
肉体の接触が醸成する妙な雰囲気。
花のような女の香りが鼻をくすぐる。
顔がごく接近していたので、目と目が合ったまま逸らすことができない。
「……」
その顔がさらにどちらからともなく近づき、ふとした瞬間、唇と唇がぷるん♡ぷるん♡とニ、三ぶつかった。
「あ……」
ヤベーやっちまった……と一度正気に戻って焦る俺。
でもまあ、このままじゃ大家さんの方で『姪に言うんじゃないか』って安心できないんだったら仕方ないか。
そう思った俺は、瞬間で部屋の時計を見て、まだ8時30くらいだからバイトに支障がないだろうことを確認すると、口づけと共に女体へ手を回し、キツく抱いた。
薄っすらと脂肪の乗った女の背中にセーラー服っぽい白い生地がキツキツで汗に張り付いている。
「す、するの?……」
と接吻の合間にしおらしく聞くので、俺は30女の恥ずかしい改造セーラー服をゆっくり脱がしにかかったのだった。
◇◆◇
俺のタバコの煙が、見慣れない大家さんちの天井をくゆってゆく。
大家さんのこと怖くて苦手だったんだけど、どーしてこーなったんだろーな……
そんなふうにしみじみしてると、時計は午前10時を回っていた。
「俺、もう行きます。バイトなんで」
「そう……」
慌ただしくズボンを穿く俺の横で、大家さんはシーツにくるまって寂しそうにポツリ返事する。
コスプレ衣装はすっかり脱いでいて今はフツーのキレーな女の人という感じだけど、外し忘れたのか頭の上に黄金の額当てだけが残っているのが滑稽だ。
「ごめんなさいね。こんなオバさんで……」
大家さんは消え入るようにそう言うが、19、20の頃ならありえんかったけど、俺ももう24歳なので実際肌の感じとかスゲー年上すぎるという心地はしなかった。
でも、その女の憐れなセリフがことのほか気に入った俺は、別れ際のために用意していたこの女性の容姿がそこそこに上等なことへの賛辞やらなにやらをすべて言わないことにして、
「あ、これ。今月のお家賃です」
と封筒に入れた5万円を渡すだけ渡し、大家さんちを去った。




