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ウマくはない金貨(4)


 電車から降りると、都会の駅独特の異臭が鼻をつく。


 ここまで来るとさすがに人であふれて、息苦しい。


 旧国鉄の改札を出ると、新幹線のある方の出口へ向かって、地下街へ入る下りエスカレーターに乗る。


 夕飯時で、アフター5のサラリーマンと学生でごった返していたけれど、地下道をゆきゆきて飲食店のエリアを抜けると、少し閑散とした感じになった。


 そんな地下街の一角に外人の写真の飾られた英会話教室があって、その隣に貴金属取り扱いのお店が一軒、開かれているのだ。


「すみませんけど……」


 俺はコインを握りしてめてショーケース越しに店員へ話しかけた。


 店員は、紺のスーツを着ている、慇懃いんぎんな男だ。


 俺はドキドキしながら査定を頼んだ。


「お預かり致します」


 ……


 結論から言うと、ボンド金貨を円へ換金することはできた。


 しかし、その内実はあまり好ましいものではなかった。



 まず、査定で値段がついたのは、金貨、銀貨、銅貨のうち「金貨」だけであった。


 銀貨と銅貨は、「銀色や銅色をした金属」で銀や銅ではなかったのである。


 なるほど、そういうこともありえる。


 そりゃあ、異世界で「銀」と呼ばれている物質が、必ずしもこちらで銀と呼ばれている物質と同じというわけにはいかないだろう。


 しかし、金貨は交換することができると言う。


「こちら、見たことのないコインですが、22金の4分の1オンス金貨ですので、金相場に照らしてお取引させていただきます」


 とのことだ。


 よくわかんねーけど、異世界のコインが円に換えられるということで、俺は一瞬心でガッツポーズした。


「で、結局いくらになるんです?」


「金相場が××××ですので、5枚合わせてこのお値段になります」


 と、店員は電卓へ価格を打ち込む。


 5万円とある。


「もうちょっとなんとかなりませんか?」


「そう申されましても……」


 と俺がゴネたのは理由があるのだけれども、店員はそれ以上の高い価格をつけてくれない。


 まあ、家賃のこともあるので、とりあえずこのボンド金貨5枚を5万円で買い取ってもらうしかないか。


「はぁ……」


 帰りの電車。


 俺は財布の中の諭吉5枚をペラペラと捲ってため息をつく。


 まあ。確かに、こうしてボンド金貨が5万円で売れはした。


 まったくカネにならないよりはマシだけど、しかし、そもそも異世界で5万ボンドを手に入れるために冒険者へ売るモノを仕入れるのに4、5万円くらいかかるのである。


 つまり、たとえ4万円→商品→5万ボンド→金貨5枚→5万円……としても、あれだけの労力をかけて1万円しか増えてないというわけ。


 下手をして原価が5万円かかれば、5万円が5万円になるだけだ。


 つーか、これにかけた膨大な時間ぶんバイトしてれば何万かにはなったはずだから、事業している間に円が使えない不便とか、俺自身の人件費とか考えると完全に赤字である。


 これを何回転もさせてカネを膨らませていければ、バイトをヤメても生活していかれるかもしれない……という期待は裏切られたのである。



 ……今日はとにかく家へ帰って寝よう。


 そう思って、財布をしまった。




 ◇◆◇




 次の日。


 今日は昼からバイトなので、朝のうちに先月分だけでも家賃を払っておかなくては。



 そう思って家を出て、向かいの大家さんちへ行くと、ちょうど学校へ行くところらしい管理人さんが玄関から出てゆくところであった。


 今日の管理人さんは、ポニーテールの位置がいつもより頭の高い位置にあって、馬の尾のような優美な黒髪が艶やかにしなっているのが制服のブレザーの深緑によく映えていた。


 玄関脇から自転車を引いて出てくる姿は、予備校のパンフレットかなんかに採用できそうなほど清純である。


 そこで、俺はちょうどいいタイミングだと思い、声をかけた。


「あ、管理人さん!これ先月の家賃……」


「あっ!!……蘇我さん!……っ」


 ダッ!!


 しかし、管理人さんは俺の顔を見るや、まるで公園で変態に出くわしたかのように狼狽うろたえ、逃げ出してしまった。


「ちょっ(汗)管理人さん……」


 と、少し追いかけたけれども、向こうはチャリでこちらは走りなので、追い付くはずがない。


 俺は諦めてすぐに戻ってきた。


「はぁはぁ……困ったな」


 つーか、なんで逃げんだよぉと思ったが、そうか、先日のことをまだ気にしてるんだ。


 そりゃ管理人さんは小っちゃな子とかじゃなくて思春期の少女なのだから、人の家でおしっこ漏らしちゃったりしたら、痛恨の極みでしばらくは顔を合わせることもできない……みたいになるのも無理はないか。


 面倒クセーな、と思ったけれど仕方ない。


 苦手だけど、家賃は大家さんの方へ直接渡すしかねーな。


 ピンポーン!


 大家さんちの呼び鈴を鳴らす。


 ……


 が、出ない。


「すみませーん!蘇我ですけど!お家賃を……」


 と声をあげるが、それでもドアは開かなかった。


「!!……いっ!……や☆……」


 しかし、中から何やら叫び声がするのである。


 この家は、大家さんと管理人さんが叔母、姪で二人暮らしをしているのだから、人がいるとしたら大家さんだけのはずなのだけれど……


 ドタン!バタン!


「ヤメ!……許さな……」


 !?


 もしかして強盗とか入ってるのか?


 いや、それとも、大家さんは今年30歳って言ってたけどちょっぴりキレーな人ではあるから、そういう意味で家に女一人でいるところを狙う悪モノが入ってきているのかもしれない。


 そう考えると、頭がカッと怒れてきて、走って裏庭の方へ回った。


「大家さん!」


 大家さんちの裏庭はブロック塀を背後に閉ざされた、洗濯物干しのためだけにあるような、こじんまりとしたものである。


 前にスイカを食べてゆけと言われた時に「部屋へあげてもらうのは憚られる」と言うと、こちらへ回って窓際を案内されたことがあって知っているのだ。


「たぁ!とお!」


 裏庭に入ると叫び声は近くなった。


 つーか、戦ってんのか?


 俺はさらに警戒してスマートフォンへ110を打ち込むだけ打ち込み、通話ボタンに指をかざした状態で窓へ近づいていった。


 その窓の内にはレースがそよいでいる。


 しかし、4分の1くらいが捲れて、近づくと部屋の中が伺えて、すげえ格好をした女がひとり珍妙なポーズを取っているのが見えた。


 セーラー服を改造したような被服。


 金の額当てに、ゴテゴテのステッキ。


 フーゾク店のコスプレみたいに短いプリーツ・スカートの丈が、三十路女のデカイ尻を異様にムチムチ強調していた。



 ……なんだっけ、アレ。



「総理大臣が許しても、この美少女戦士セーラー・サンは許さないのよ!!」



 ああ、それだ。


 大家さんは誰も見ていないと思ってか、スゲー興奮した様子で鏡へ向かってポーズを取る。



 イカン。こっちまで恥ずかしくなってきた(汗)


 ヤベーものを見た、ヤベーものを見た。


 早く逃げ……


「あっ」


 しかし一歩遅かった。


 必殺技のために振り返った美少女戦士と目が合ってしまったのである。





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