ウマくはない金貨(3)
両替屋の婆さんのところから命からがら逃げ出して来た後、手に入れたコインを改めて見つめた。
キラリーン☆
日の光にかざすと、金、銀、銅に光が反射してキっと目をつく。
俺は生まれてこのかた本物の金銀に囲まれて暮らすようなセレブになったためしはないのだからよくわからないけれど、テレビに出てくるオリンピックのメダルのような色には見えるし、もしかして日本に帰っても貴金属として通用しないだろうかとすら思われる気高い光沢があった。
魔法の「使えるor使えない」は違えど、異世界に太陽の光があるならば、金属の成分みたいなモノが同じでもおかしくない。
で、もしこれらのコインが、日本でも貴金属として取り扱ってもらえるのであれば、「ボンドを円へ代えることができる」という話になるだろ?
そして、こうなると「いくらだってやれる」ことになるワケだ。
つまり、
1 円で仕入れた品物を異世界で冒険者に売る。
2 冒険者から受け取ったボンド銭貨を、金貨へ両替する。
3 金貨を日本にもってきて円に換金する。
4 1に戻る……
という具合に何回転もすればどんどん資産は増幅して、家賃どころか、俺はカネ持ちになれる!
生活のためにしているバイトも、ヤメることができるかもしれない!
……そんなふうに皮算用をたくましくした俺は、すぐに洞窟へ帰った。
「ただいまー……あれ?」
そう言って洞窟の部屋に入るが、そこで寝ていたはずのラトカがいなくなっている。
目を覚まして帰ったのだろうか。
まだ眠っていたならイイ加減たたき起こしてやると思っていたのだけれど、いなければいないで寂しい気がしてくる。
布団にふれると、ぬくもりがまだ温かい……
そこで俺は、ポッケから一つの白いホイッスルを取り出して唇をつけた。
『吉人。私のことが恋しくなったら、この笛を吹け』
『はぁ?なに言っちゃってんのアンタ。つーか、なにコレ?』
『通信アイテムだ。この笛はどれほど離れていようと私の耳に届く。音が聞こえたら、キサマのところまで飛んでゆくから』
そう言われて渡されたモノである。
「……っ」
しかし俺は息を吹き入れる直前でやめた。
確かに便利なアイテムだけど、コレでヤツを呼んだら、まるで俺がかまってもらいたがってるみたいじゃん。
俺はホイッスルをポッケへしまって、一人クローゼットの中へ入った。
カチャリ……
クローゼットの鍵を回すと、いつものとおり元の俺の家である。
たしか、金買取の店がN市駅の地下街にあったよな。
すぐそんなふうに考えながら身支度がすむと、家を出た。
カぁー!カぁー!カぁー!……
電信柱の上でカラスが鳴いている。
異世界ではまだ昼前だったけれど、日本の空は日が沈みかけていて紫色をしていた。
急がないとイカンかな。
俺はチャリに乗って最寄りの駅へ急いだ。
道すがら、管理人さんと同じ制服を着た大量の女子校生が下校していて、幾人かの少女はスカートの防御力が極めて低く無防備にパンツを露出させていたけれど、俺はそんなものに目もくれずポッケの中の15枚のコインに希望を思いチャリを漕ぐ。
キキッ……ガチャン!
こうして最寄りの旧国鉄の駅へ着くと、立体の自転車置き場へチャリを止めた。
「あ!○×カ、残金あったっけ?」
ふいに交通系カードの残金が心配になって、チャリ置き場近くの自動販売機にかざしてみると400円という数字が出た。
目的地の政令指定都市のN市の駅まで、運賃は650円だ。
これでは足りない。
「すいません。千円チャージしてください」
もう電車が来る頃なので、急いで千円ぶんを交通系カードへチャージする。
「はい。残金は1400円になりました」
うん。これで往復足りるはずだ。
けど、日本円はあと4千円しかなくなった……
マジで家賃どころかタバコ銭だってヤバイな。
プシュー!!……
改札を抜けると、すぐに電車がきてドアが開いた。
下り列車は帰宅ラッシュで混んでいるはずだけど、上り列車なので座席も空が目立っている。
俺は四人掛けのクロスシートに一人で座り、モケットの感触に身を埋めた。
ガタンゴトン……
と、走り出した時、ふとスマートフォンで時間を確認するともう午後6時だ。
N市の夜は都会のクセに早く店が閉まるので、念のため目当ての貴金属店を検索サイトで調べてみるが、9時まで営業しているとのことで問題はない。
「……」
そこまでやってスマートフォンをポッケにしまうと、車内ですることがなくなって、ただ車窓から外を眺める他なくなった。
ガタン、ゴトン……ガタンゴトン……キキキキ……
車窓にはかなり鮮明に俺の顔が映っていて、その向こうに景色が流れてゆく。
流れ去る景色は田んぼになったり、住宅地が広がったり、広い川になったりした。
月は半月。
マジック・アワーだった空はもうすっかり暗く、遠くの鉄塔や民家の灯りが切なげに瞬く。
それにしても異世界へ行って日本に帰ってくると、こういう日本の景色がひどく不安定で、海も山も家々も確固たるもののない、季節のように通りゆく、かりそめの物のように思われた。
そして、この日本世界がいつのまにか零れて散って亡くなっていってしまうのではないかという気になって、胸が締めつけられるような心持になるのだ。
車窓の景色が次々と行ってしまうように。
ガタンゴトン……
さて、景色は次第に都市めいてきて、コンクリートに基礎づけられた世界になってきた。
「N市駅、N市駅。お降りの際は……」
で、人口230万を超える日本有数の大都市N市の中心駅に着いたのである。




