ウマくはない金貨(2)
喫茶店を出ると、俺はダントンさんに道順を教わって両替屋へ行った。
タッタッタッタ……
その両替屋は、なんだか昔のタバコ屋を想起させるような佇まいをしている。
小さい箱のような店で、窓越しにお婆さんがちょこんと座っているのだ。
あんまりにそれっぽいので、マジでタバコ屋なのではないかとすら怪しまれたが、俺はこの世界の字が読めないし、青い布の看板にはちゃんと貨幣のイラストが描かれているので、まあ、ちゃんと両替屋なのだろう。
「すいませーん」
「……」
老眼鏡だろうか、眼鏡の縁外から上目でこちらをギロリと睨むお婆さん。
俺は怯むが、すぐに気を取り直して尋ねる。
「あの、両替お願いしたいんですけど」
「はい?」
「両替お願いしたいんですけど!」
「……はい?」
「両替お願いしたいんですけど!!」
「……ああ、はいはい。それはお爺さんがやさしい手つきで、アタシの身体を横たえてだねぇ……」
おいおい、大丈夫かよ。
ボケてる人におカネを扱ってもらいたくはないなぁ。
「怖がるアタシにお爺さんは『大丈夫だから』と言って覆いかぶさり、お爺さんの暴れ馬がアタシの柔っこい活アワビにふれると……」
なんかボケてるにしてはけっこう饒舌だ(汗)
「あ、あの!子供の作り方の話はけっこうなので」
年齢制限もあるので、俺は慌ててお婆さんを止める。
「っ!……」
するとハっとした様子で曲がっていた腰がシャンとして、
「……ああ、両替のお客さんだね」
とツマラなそうに呟いた。
よかった。正気に戻ったのだろう。
「あの……これなんスけど」
と言って、俺は貨幣の入った袋を出す。
「こりゃまたずいぶん銭貨ばっかり」
「すみません。あと俺、交換比率?……みたいなのってよくわかんないんですけど」
と尋ねてみると、お婆さんは何も言わずに店の脇にある表を指さした。
銭貨1枚10ボンド
銅貨1枚1000ボンド
銀貨1枚5000ボンド
金貨1枚1万ボンド
とある。なるほどわかりやすい。
俺は、金貨、銀貨、銅貨それぞれ5枚づつに替えてもらった。
その8万ボンド分の銭貨と、両替手数料の1000ボンドを支払う。
ジャラジャラジャラ☆☆☆
さすがに銭貨と違って金銀銅の輝きは艶やかだ。
こういう金属なら、日本に帰っても売れないかな……
そんなふうに考えつつ店先で佇んでた時、両替屋には次の客が来ていてお婆さんに話しかけていた。
「すみませーん。両替お願いしたいんですけど」
「……はい?」
「両替お願いしたいんですけど!!」
「……ああ、はいはい。それはお爺さんがやさしい手つきで、アタシの身体を横たえてだねぇ……」
このお婆さん、お客のたびにこのくだりから始めるのだろうか……
で、例のごとく正気を取り戻すお婆さん。
「……ああ、両替のお客さんだね」
「はい。この銅貨5枚を銀貨に代えてほしいんですが」
と客は言う。
俺は他の客が両替するのを見て勉強しようと思って、後ろから様子を眺めることにした。
客は五枚の貨幣を出し、お婆さんは1枚の銀貨を出す。
「あれ、アンタ。1枚銀貨が混じってるよ」
お婆さんは客から受け取った五枚の貨幣のうちわけが、誤って銅貨4枚と銀貨が1枚だということを正直に言った。
「あ!すみません……あー、じゃあどうせだったら、もう1枚銅貨を出すので金貨でいただけませんか」
「いいよ」
すると客は銅貨をもう一枚出し、お婆さんは銅貨を5枚、銀貨を1枚受け取った。
「それじゃあ、はい。金貨だ」
お婆さんはそう言い、客の方は金貨を1枚得る。
「……確かに。では」
と、客は去ろうする。
が……その時。
「おい!ちょっと待てよお前!!」
そう叫んだのは俺である。
俺は客の腕をつかんで逃がさないようにする。
「な、なんですか。やぶからぼうに」
「あんた、なんでそれで金貨受け取ってんだよ」
「はい?僕は最初の『銅貨4枚、銀貨1枚』にプラスして1枚銅貨を出したんです。合わせて1万ボンド、金貨1枚ぶんじゃないですか」
「いやいや、だってお前。その中の5千ボンドぶんは最初に銀貨1枚でお婆さんから受け取ってるじゃん。なのにもう一度『金貨』もらったら、5千ボンドぶん二重でカウントしてるだろ」
「く……」
「?」
客のほうは顔色を変えるが、お婆さんのほうはまだ気づいてない様子だから、俺は続ける。
「だからアンタ、結局1万ボンドしか出してないのに、金貨1枚、銀貨1枚で1万5千ボンドお婆さんから受け取ってるじゃん」
「あっ」
「……いやあ、そうだね。キミの言うとおりだ。間違えちゃったな」
客はそうニヤニヤしながらポッケの中の銀貨を置くと、素早い動きでダっと走って行ってしまった。
「あ、待て!てめえ!!」
ちっ。アイツぜったいわざとだぜ。
「なるほど、ちっとも気づかなかったね……」
一方、お婆さんは、ガラス玉のような瞳でこちらをジッみつめてきている。
「な……なんスか?」
「助かったよ。たいしたもんだ。あんた、うちの死んだ爺さんに似てるかも……」
「え?」
そう言ってお婆さんの頬がポッと赤くなってるのを見て、俺は逃げるように両替屋を去ったのだった。




