「家賃問題」(4)
「どうも、蘇我さん」
ドアを開けると、30歳くらいの女性が少し逞しい腕を組んで立っていた。
「あ、大家さん。お久しぶりです」
俺は、この借家のオーナーである叔母さんの方を『大家さん』と呼び、姪の方を『管理人さん』と呼んでいる。
「ちょっとお尋ねするけれど、リコがこちらに伺わなかったかしら」
「か、かか……管理人さんですか?いや、いらっしゃいませんですけど」
俺は冷や汗をダーダー流しつつ答える。
「そう……」
「どうかしたんですか?」
「いやぁね。あんまり滞納する人のお家賃はアタシが行くから無理に取り立てなくて良いって言っているのだけれど、あの子ったら『蘇我さんのところは私に任せて』って言って聞かないものだから。またあの子が伺うと思うんだけれど」
「は、はあ。おそれいります」
「で、今月は払えそう?」
「いえ、それが……」
「アタシとしては滞納が続く人には出て行ってもらうのが一番だと思っているのよ」
「そ、そんな!」
「こちらだってボランティアでやっているんじゃあないんだからね」
どこかで聞いたセリフだ。
そう考えると、あの異世界の冒険者たちの苦しい生活も身につまされてくるというもの。
「この際、ちょっとゆっくり話をしましょう。ナカへ入れてもらっていいかしら?」
「え?ナカはちょっと……」
「ダメ?」
「いや、ダメというか……今、部屋散らかってるんで」
「なにが散らかって……はっ!」
そこでこの三十路女は『イケナイ』というふうに口へ手を抑えて、顔を真っ赤にした。
「ご、ごめんなさい。プライベートなことを聞いたみたいね(恥)」
「ちょっと待ってください。なにを考えているんですか!」
「いえ、いいのよ。タイミングをズラしてまた来るから。ごゆっくりシてね」
と言ってモジっとする大家さん。
「待ってくださいよ!大家さんが想像するようなモノはなにもないですから」
「え?蘇我さん、私がなにを想像しているかわかるの?」
「い、いえ。わかんないですけど!……別に俺の部屋はヘンなもので散らかってるわけじゃないんですよ!」
「そうなの?じゃあ、ナカへ入れてもらっても問題ないわよね?」
「もち……」
あれ?
これもなんか聞いたことが……
そうか、これがコイツらの手口なんだな!
今度は引っかからないゾ!
「い、いえ!今ナカはダメです」
「えー、なぜかしら?」
「あの、その……ちょっと、エッチな本とか使ってるところだったんで(照)」
「あらあら♡そうなの?ウフフ……それならそうと早く言ってくれればいいのに♪フフ、ごめんなさいねぇ」
大家さんは『ウシシシ』という目で、満足して帰っていった。
何だろう。
上手く帰ってもらったのに、この敗北感は……
「はぁ」
俺は別にエロ本が散らばっているわけではない、この至極硬派な部屋へ帰ってため息をついた。
まあ、気を取り直してゲームでもやろっかな。
そう思って腰を掛けると、クローゼットが目の端に入った。
あ……そうだ。
このクローゼットの中に裸の女が二人入っているのだった。
ああー!どーしよう!! 絶対怒られるじゃん!
と頭をかきむしったが、このままにしておくわけにもいかないので、覚悟を決めてソッとクローゼットを開けた。
ガラガラガラ……
「わっ!」
すると、先に黒髪の女子校生の裸体が、こちらへしなだれかかって来た。
「管理人さん?」
管理人さんは力なくうなだれている。
「よ、吉人……」
「ラトカ。お前、管理人さんになにかしたのか?」
「いや、なにも。ただ、この女が急に入ってきてな。それで、挨拶したら悲鳴をあげて気を失ってしまったのだ」
「挨拶って、どういうふうに?」
「うむ。こうやって懐中電灯を付けて……」
ラトカは売物用にクローゼットにしまっていた懐中電灯をカチっと付けた。
「怖えよ!」
暗がりで、顎の下から懐中電灯を当てる銀髪美人は、すごくオバケっぽい。
「しかし、懐中電灯を当てないと、顔が見えないではないか!」
「下からすんなって!せめて横からとか、上からとかにしとけよ」
「むう」
可哀想な管理人さん。
気まで失って。
ぴちょ……
「ん?」
そう思って床へ寝かそうと彼女の身体を持ち上げた時、スカートがぐっしょり濡れているのに気づいた。
ぴちょん、ぴちょん……
「あーあ……」
太ももから膝、そしてクローゼットの中が水浸しである。
「可哀想に。この娘、イイ齢こいてプライドずたずただな」
「誰のせいだよ、誰の」
と、ラトカに言ってみたが、ひょっとしたら俺のせいか?
「むっ」
そう思ったが、ラトカはラトカで責任を感じているようで、なんか妙に落ち込んでいる。
「まあ、この子のことは俺がなんとかするから。アンタはとりあえず自分の世界へ帰ってろよ。また近いうちに行くからさ」
「うむ……ところで吉人」
「ん?」
「この女。何故、裸だったのだ?(怒)」
「……」
厄介なことに気づく前に帰ってもらおうと思っていたのに、気づきやがった。
「それには海溝よりも深い深い事情があってだな」
と、俺はなんとかかんとか大賢者ラトカ様のお怒りを宥めて、とにかくクローゼットから彼女を異世界へ送り返したのだった。




