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「家賃問題」(3)


「管理人さん、お茶ですよー……って、ええ!」


 戻ってくると、管理人さんはあのクローゼットを開こうとしていた。


「ちょっとちょっと!」


「え?」


「な、なにしているんだ(汗)」


「いえ。この部屋、こんなところにクローゼットなんてあったかしら」


「じょ、冗談きついな。怪談話じゃあるまいに」


「いえいえ、本当に。この物件にクローゼットなんて、なかったと思うんですよ。ちょっと詳しく見せてもらっていいですか?」


「いや!それは……」


 俺は急いで管理人さんとクローゼットの間に入ろうとする。


「だ、駄目!」


「あっ、そんなに慌てるなんて、なんか怪しいですね」


「別に、怪しいことなんてないさ」


「家賃が払えなくなっている原因も、ここにありそうだわ」


 う……鋭いといえば鋭い勘だ。


「違う違う!全然関係ないから!」


 しかし、管理人さんは無理にクローゼットを開けようとする。


 ヤバイ。

 中には裸のラトカが……


「よせって!!!」


「きゃあ!」


 その時。


 接触の拍子に、俺の手に持っていた湯飲みがポロリとこぼれた。


 バシャッ……


 そして最悪なことに、その熱い熱い緑茶が彼女のお腹の辺りにかかったのだった。


 白いカッターシャツの綿布が彼女の肋骨へ張り付いて湯気が昇る。


 いけない!


 俺は、慌てて熱湯に濡れたシャツを開き、脱がせた。


 ブチブチブチ!


 ボタンが弾け飛ぶ。


 カチ、カチ、カルルル……


 いくつものボタンは硬質な音を立てて床へ転がっていった。


「管理人さん!火傷してない?」


「え、あっ……はい」


「ほっ、よかった」


 女の悲鳴には驚いたが、熱がっている様子はない。


 患部のお腹を見ても、その白い肌は多少火照っているくらいで、異常はないようだった。


 ほっ、綺麗な肌が無事でよかった。


「そ、蘇我さん……」


「え?」


 そう。 ホッとしたのも束の間。


 気づくと俺は、裸体の管理人さんの肩を鷲づかみに抱く形になっていたのだ。


 ぷにっとした二の腕。


 ポニーテールから枝垂しだれる長めの鬢びんが硬質な鎖骨へそよぎ、白に水色のラインの入ったシンプルなブラジャーがギラギラと若い肌を華麗に彩っている。


「あ、その……ごめ」


 俺は、すぐにでも謝って離そうとしたのだけれど、潤んだ黒瞳がこちらをジッと見つめるので、なんか身動きが取れない。


 何だ?この空気。


 ついさっきまで家賃を滞納する借家人と取り立ての関係だったのが、今はそんな感じは全然ない。


 それはありがたいはずなのだけれど、その代わりものすごく厄介な雰囲気が醸し出されている。


 管理人さんの言うことも、


「やめっ……いや、でも……私、蘇我さんなら……でもでも、そんな、急に……はぁはぁ。私も期待していないわけじゃなかったけど……でも、心の準備が……はぁはぁはぁ」


 などと意味不明である。


「管理人さん!落ち着いてよ!」


「へええ?あ……はい」


 と諭すと、少女は従順に返事をして、目を閉じた。


 小さな顎がクイっと上がると、ぷるんと揺れる唇は桜色。


 華奢な肩は頼るようにしなだれかかって来る。


 え? どうしろっつーの?


 どうやらこの女、裸にされてしまったショックの方が大きくて、お茶がひっくり返ってカッターにひっかかった経緯をすっかり忘れているようだ。


 待て待て!


 その経緯を省いてしまったら、俺がまるっきりの乱暴者じゃねーか。


 違うって!


 俺がカッターを脱がせた理由は、火傷を防ぐためだ。


 何も自室へ招いた女子高生に欲情して無理やり服を脱がせたわけじゃない。



 ……そう言って聞かせなければならないと頭ではわかっていたのだが、この甘美な雰囲気に押し負けて、この少女の唇へ、唇をそっと寄せていった。


 ドキドキドキ……


 ぷに♡


 唇の先がかすかにふれあった……


 が、その時。


 ピンポーン!


 玄関のチャイムだ。


「蘇我さん!立花ですけど」


 玄関先の大声を聞いて俺たちは顔を見合わせる。


「いけない!叔母だわ!」


 そう。大家さんがやってきたのだ。


 つまり管理人さんの叔母さんである。


「ヤバイよ!ヤバイよ!とにかく管理人さん、どっか隠れて!」


「はい!」


 と返事した裸の女子高生は、すごい俊敏な動きでクローゼットを開き、中へ身を隠した。


 って、え?


「ちょ待っ……」



 ピンポーン!


「蘇我さん!大屋です!」


 俺は血の気の引くのを感じながらも、とにかくクローゼットは置いておいて、玄関へ向かった。





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