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「家賃問題」(2)


 管理人さんが家賃を徴収しにきた。


 カネはない。


 ピンチである。


 なんか話をはぐらかさなければ……


「管理人さん、今日学校は?」


「今日は建校記念日なんです」


「あ、そうなんだ」


 くそ。建校記念日とか盲点すぎる。


「でも、休みの日なのに、なんで学校の制服を着てるの?」


「それは、蘇我さんのためです」


「?」


「蘇我さんって、制服姿の女のコにただならぬ興奮を催す人じゃないですか」


「人をとんでもねー制服フェチのように言うんじゃない!」


「うふふ……冗談ですよ。これから部活なんです」


「ああ、吹奏楽だっけ」


「ええ。来週、定期演奏会なんですよ」


「へー、なるほど。なるほど、なるほど……じゃー、頑張ってね!」


 と言って、俺はごく自然な流れでドアを閉め始めた。


 ガシっ!


 が、その瞬間、こげ茶色のローファーがドアの隙間にガッチり割ってこれを遮ったのである。


「蘇我さん。はぐらかしてもらっては困ります」


「は、はあ。すいません」


「お家賃払えないんですか?」


「えっと、その……」


 管理人さんは一つため息をついて、憐れむような目で俺を見つめた。


「この際、ちょっとゆっくり話をしましょう。ナカへ入れてもらっていいですか?」


「え?ナカはちょっと……」


「ダメですか?」


「いや、ダメというか……今、部屋散らかってるんで」


「なにが散らかって……はっ!」


 女子校生は『イケナイ』というふうに口へ手を抑えて、顔を真っ赤にした。


「ご、ごめんなさい。プライベートなことを聞きました(恥)」


「ちょっと待て。なにを考えている」


「いえ、いいんです。タイミングをズラしてまた来ますから。ごゆっくりなさってください」


「待て待て。アンタが想像しているようなことはなにもねーから」


「え?蘇我さん、私がなにを想像しているかわかるんですか?」


「わかんないけど!別に俺の部屋はヘンなもので散らかってるわけじゃねーってこと」


「そうなんですか?じゃあ、ナカへ入れてもらっても問題ないですよね?」


「もちろんさ!」



 そう言って、俺は女子高生を部屋へ招き入れた。


 だが……


 しまった!


 と、クローゼットを見て思い出した。


 そうだよ。この中に、裸の女が入っているんだった。


 くそ、まんまと管理人さんの挑発に乗ってしまった。

 だって、絶対『エロ本が散らかってるに違いない』って目してたんだもん。


 ああ。ラトカのヤツ、騒ぎ出さないといいけど……

 と心配したが、そっちは意外にも静かにしてくれているようだ。


「お邪魔します」


 一方、管理人さんは制服のブレザーを脱ぎながら部屋へ足を踏み入れる。


 揺れるポニーテールと青いリボン。

 白いカッターシャツに沿う細身の身体。

 脱ぐ動作にそでが振るわれ、胸を張ると、脇の白布が美しく流線を描いた。


「あ、上着もらうよ」


「どうも」


 近隣にある高校のブレザー。深い緑色の布地に、まだ柔らかな温もりがある。


 俺は慌ててそれをハンガーにかけると、座布団を敷いて管理人さんに座っていただいた。


「あの、それで。今月のお家賃なんだけど……」


「やはり、また滞納ですか?」


「ごめんなさい」


 また……の部分に恐縮しながら、握りコブシに冷や汗の俺。


「先月はどうだったかしら」


「……先月も滞納してます」


「蘇我さんは、遅れても後からきちんと払ってくれるから良いのだけれど、二月分溜まってしまうとキツくなりませんか?」


「キツいです」


「今、全然おカネがないんですか?」


 高校生の女の子からそのような問いを受けるのは、なかなか心理的ダメージがデカイ。


「え、ええ」


「今、所持金は?」


「それは、ちょっと……」


「できればプライベートなことはお尋ねしたくはないのだけれど、二月続けて滞納する以上は伺っておかないと。私も叔母さんへ報告しなくちゃいけない身なんですから」


 そう。

 管理人さんは、この借家の持ち主というわけではないのだ。


 管理人さんはバイトでここらの借家を管理しているだけで、俺が家賃を滞納すると彼女は大家さんのところへその旨報告しなくてはならないのである。


「……あの、もにょごにょ5千」


「え?」


「今、5千円しか持ってなくて」


「え!?……はあ」


 この一人暮らしの男の貧乏っぷりに驚いてか、女子高生はくりくりした目をぱちくりさせた。


「蘇我さん、何か特別におカネを使うことをしているんですか?」


「そ、それは……」


 キュー!!!!


 鋭い問いにドキっとした時、案配よく台所でヤカンが鳴った。


「ごめんなさい。お茶いれてくるので」


 俺は逃げるように台所へ退いた。


 一時休戦である。



 ◆



 こぽこぽこぽこぽ……


 ……台所でお茶を入れながら考えた。


 おカネを使うこと、確かにしている。


 それは、あの異世界での商売だ。


 そう。

 俺はあの飲食代稼ぎの後も、たびたび異世界で商売をやっていたのである。


 でも、結果的にこれが俺の生活を圧迫してもいたのだ。


 確かに、100円ライターや懐中電灯、旅行用スーツケース、雨具や金槌などを異世界へ持っていくと、冒険者から大いに喜ばれる。


 すると、どんどん金持ちになって、今や12万ボンドの貯金ができたのだった。


 だから異世界での暮らし向きはぐんぐん良くなったのだが……逆に現世での暮らしはみるみる悪化した。


 この問題の要点はどこにあるか。


 それは、

『円をボンドへ代えることはできる』

 が、

『ボンドを円へ代えることができていない』

 というところに尽きる。


 だから、俺の日本円はどんどんボンドになって行くばかりで、日本円の必要な現代での生活をますます苦しくしていくだけというわけ。


 そこらへん、これからなんとかしなきゃならん課題なのである。




 でも、そんな事情をどうやって説明しようか。


 管理人さんが、クローゼットの機能を知っているのであれば話は早いのだけど、知らない場合に正直に話すとクローゼットを確認しようとするだろう。


 すると、クローゼットには裸の女がいるので、大変具合が悪い。


 とにかく今日のところはなんとかごまかして、クローゼットへ意識が向く前にお帰りいただかなくては。


「お待たせしましたー(汗)」


 そんなふうに考えながら、お茶を入れて管理人さんの待つ部屋へ戻っていった。


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