第四話 翌朝
「……朝か……」
僕、牟岐海斗は目を覚ました。
時計を見ると針は五時を示している。日もまだ昇っていない。
こんな時間に目がさめるのは初めてだ。
体を起こすと、寝間着がぐっしょりと濡れている。寝汗……だろうか?
うなされでもしていたか? 全く記憶にはないが……。
いや、ひどい悪夢を見た気がする。
とりあえず、気持ちが悪い。シャワーを浴びることにしよう。
風呂場に向かうと、電気がついていた。昨日に電気を消し忘れでもしたのだろうか?
服を脱ぎ、風呂場の扉を開くと、
そこには一糸まとわぬ少女がいた。
「あ、牟岐君。もしかして朝食の前にサッパリとしたいのかな? ごめんね?」
よく見ると少女の顔には見覚えがある。
剣舞花、昨日の夢(ということにしておく)の登場人物だ。
「ど、どうして君がここに!?」
と尋ねたとき、僕はこの場所と状況を完全に忘れていた。
ここは風呂場、そして、
「……ねえ、突然で言いたいことが色々ある気持ちは分かるんだけど、とりあえず閉めてくれない?」
すみませんでしたっ!
*
さて、そんな事故から数分後、僕はとりあえず三つ指ついて謝罪したのだが、彼女はあまり問題にしていなかった。自分にも非があるのだから、とのことだ。
「で、どうして私がいるのかって話かな?」
そ、そうだ。僕にはどうして彼女が僕の家にいるのか分からない。
そもそも僕は彼女に対して「スゴイ奴」そして「学校で席が隣の奴」というくらいの認識しかない。
「昨日のこと、覚えてないの?」
やめてくれ、あれは夢ということにしているんだ。
「僕が君を見たことか? もちろん覚えている」
……しかし、僕にとって忘れがたい光景であることには変わりがない。
あんな、漫画やゲームのような魔法の光景を簡単に忘れられるはずがない。
「……覚えてないのか……そっか、そうなのか」
剣が小声で何かを言ったが、よく聞こえなかった。
「……何でもないよ。ちょっとした確認だよ」
「確認?」
「細かいこと気にしちゃダメだよ。早いけど朝ごはんにしようか? 食べながら話をしよう」
彼女は僕に着席を促した。
僕が座ると、彼女は他人の台所を勝手に使って作ったという朝食を持ってきた。
白いご飯、焼き魚、味噌汁。典型的な和朝食だ。こんなメニューを作る材料がこの家にあったのかは全く記憶にないが、
「い、いただきます」
一口、味噌汁を啜る。
「美味しい……」
そんな感想は僕の口から自然に溢れた。
僕はこういった食事にはあまり興味がない。食事など、カロリーと栄養を補給できればそれでいいと思っていた。
こんな感情を抱いたのは初めてかもしれない。
「それは良かった」
*
「じゃ、説明させてもらおうかな」
「お、おう」
「まず、私は第十魔法都市「高知」所属の魔法少女、マイカ=フレイムソードこと剣舞花だよ」
「えっと、魔法少女……?」
そう聞くと思い浮かぶのはアニメに出てくるような、フリフリの衣装をまとう少女だ。
しかし、僕の眼前のそれは、うちの高校の制服を着ている。
「魔法少女に衣装なんてものはないよ。ただ動きやすい服なら何でもいいの」
「……いや、それ動きにくくないか?」
動きやすさを重視するなら体操服とか、もっと他にあるだろうに。
「……その辺は……まあ、女の子のプライドっていうか、何ていうか」
何かが許さないらしい。
「で、魔法少女はね、この世界に蔓延る異形の化け物『ダークネス』を討伐してこの世界の平和を守っているんだよ」
すると、彼女はどこからともなく、大きな剣を取り出した。
「これを使ってね」
剣、そう形容するには、それは少し持ち手の部分が大きい。いや、剣とカテゴライズしていいものなのかも分からないが、そのフォルムに近いものを上げるとするならば、まるで大木を伐採するためのチェーンソーのようだ。チェーンソーの刃の部分を剣の一枚刃に変えたような……。
「これは私の魔具『火焰』。『万物を燃やす魔法』を搭載した剣だね」
そんな見た目でも一応は剣らしい。
しかし、フォイェン……不思議な語感だ。少なくとも日本語の音ではないように聞こえる。
「そうだね。『火焰』は中国語だよ。魔力変換器と発動機は中国製で、発動機の名前が『火焰』だからその名前でこの子を呼んでるの。ちなみに伝導器はイギリス製」
ジェネレーター? エンジン?
「あ、そうか。そこから説明しないといけないのか……」
僕が首を傾げるのを見て彼女は言った。
「牟岐君は魔法って、どういうものだと思ってる?」
「魔法……って言われても……」
僕が思い浮かべるのは、某大作RPGのように、杖を振って呪文を唱えるというような、メラとかファイアみたいな……。
「それは魔法としては少し、いやかなり古いね。実際に見てもらった方が早いかな?」
彼女は席を立つと剣を構えて立つ。
彼女は息を整え、剣に力を込める。すると、剣から火の粉が漏れ出す。その剣の刃の周りの空気が揺らぎ、温度がここまで伝わってくるような……。
「こんな風にね、現代魔法は呪文や魔法陣を必要としないの。そういう面倒なことは全部これがやってくれる。私がするのはこれに魔力を流すことだけ」
「簡単なんだな」
それさえあれば僕にだって魔法が使えるわけだ。
「そうはいかないんだよね……。少なくとも女の子なら誰でも魔法は使えるんだけど」
「つまり……性別が大事なのか?」
「うん」
彼女は頷いた。
「人間は魔力を持ってない、厳密には魔法を使えるほどの魔力を持っていないの、それでも人間が魔法を使えるのは、討伐したダークネスの魔力を吸収して使っているからなの。でもダークネスの持っている魔力はダークネスの種類ごとに微妙に性質が違うから人間には使いにくい。電気で例えるなら周波数とか電圧がバラバラで、そのままだと魔法は使えない。その性質を整えるのが魔力変換器なんだけど、これに人間の血液を使うの。でも、血中成分が理由で男性だと正常に動作しないらしいの」
「ふうん」
ゲームのように魔法を使えたら、と思ったことは何度かあるが、僕には使えないわけだ。
「でも一応、男性でも魔法を使う方法はあるんだけど……」
「へえ、それって?」
「三十歳まで童貞を守る」
……は?
「三十歳まで童貞を……」
「いや、二回も言わなくていいって」
「そうすると、血中の魔力阻害成分が抜けるらしいよ」
何ということだ。あの都市伝説は本当だったのか。
「うん、確かにこの話がネットで流れ出したときは、日本だけじゃなくて世界規模で流出対策会議が開かれたくらいだからね。ちなみに本質は伝わってないから大丈夫ってことでしばらく様子見ってことになったけど、ちょっと日本の魔法秘匿性が疑われたりしたね」
「へ、へえ……」
魔法の世界というのも大変なようだ。
「そもそも私たちの戦いそれ自体も命がけだしね。さて、何で私がここにいるのかって話に戻るけど……ぶっちゃけ、昨日の教室で私のこと……見たよね?」
「……お、おう」
「魔法少女はその業務上、国から世間にその存在が秘匿されてるの。だけど、牟岐君は見てしまった」
「僕としてはこのことを口外するつもりは無いよ?」
「……私たちの存在を知ってしまった一般人は殺さないといけないの」
「……はぁ!?」
「今回の件はさすがに私に非があるから、申し訳ないなと思って、魔法少女協会会則とかダークネス対策基本法とか世界魔法条約とか色んなルールを吟味して抜け道を探したら、一つだけ牟岐君が死なずに済む方法が見つかったの」
「死なずに……済むのか?」
彼女は首を縦に振る。
「うん、部外者の牟岐君が部外者じゃなくなったらいいんだよ。つまり」
「君を“私”の使い魔にするの」
「使い魔……?」
「お願い! でも、使い魔になってくれないと牟岐君には死んでもらわないといけないから、頷いて?」
何と強引な……。その提案に僕は少し狼狽えていると、彼女は手に持っている剣、『フォイェン』だったかを僕に向ける。
「ちょ、ちょっと強引じゃあないか!?」
「仕方ないよ。魔法少女っていうのは言葉の響きと違ってブラックなものだからね」
僕は首を縦に何度も振った。
僕を殺そうという殺気、その奥に含まれる狂気、その二つは確かなものだった。
「うん、それならいいんだよ」
彼女はさっきまでの殺気を振り払い、巨大な剣を下ろした。
「さて……、特に使い魔だからといって、牟岐君が特別何かをする必要はないんだけどね……。あ、そうだ、今からダークネス討伐に行こう! やっぱ間近で見てもらわないとね!」
ちょっと待って、今日は平日なわけで、今は朝五時とはいえこの後八時には学校があるのだが。
「大丈夫、大丈夫。三十分もあれば余裕だから」
そんな休み時間に携帯ゲームするみたいに言うなよ。命がけじゃないのかよ。
「よし、行くよ!」
「お、おい!」
僕は『火焰』を握って外に出て行った彼女を追いかけた。
その後、別に追いかけなくてもよかったのでは? と思ったが、家もバレてるし何をされるか分かったものじゃないので気にしないことにした。
次回 はじめてのダークネス狩り
前回から随分と間が空いてしまいました。原稿自体は随分と前に完成していたのですが、リアルが忙しく推敲、校閲などしている時間がありませんでした。
次回は最短二週間、遅くとも二か月以内に投稿したいと思います。