12月の出会いっぽい
初めての短編で初めての恋愛小説です。
グダグダかもしれませんが、最後まで読んでくださると幸いです。
「……もう、一年か」
十二月も終わりに近づき、気温も一桁が普通になっているこの頃。
一人の男子生徒が、学校の屋上で空を見上げながらそう呟いた。
「俺は、一年前と何か変わっているのかな?」
「変わっているよ」
少年の隣に座っている女子生徒が、少年の呟きに呟きで答えた。
「樹は自分で気がついていないと思うけど、結構変わってる」
「例えば?」
樹と呼ばれた少年は、目線を少女に向ける。
「女の子慣れしていると思ったら、ただのヘタレだったり」
「それは雫の第一印象に問題があっただけで、変化ではないと思うが?」
「そうかも」
雫と呼ばれた少女は微笑をすると、樹の袖を引っ張り隣に座らせる。
「な、なんだよ?」
「もうそろそろ、美羽の生徒会が終わる時間だよね?」
「まだ二十分ぐらいあるけどな」
「そうだっけ?」
雫はわざとらしく首を傾げる。
「……で、なんで俺を隣に座らせた?」
「ちょっと、昔を思い出しちゃってね」
「昔ってどれぐらい昔のことだ?」
「樹が転校してきた時ぐらい?」
「一年前か」
雫はニッコリと笑って樹の答えを肯定する。
その笑顔を直視できない樹は、去年の十二月……約一年前を思い出す。
***
「樹ぃぃぃ!!」
「え? え? ちょっ……え!?」
転校初日。
質問攻めにあっている樹に一人の女子生徒が飛び込んできた。
転校初日に異性から抱きつかれる等そうそうない状況に、樹だけではなく周りまで固まっている。
「うわぁぁぁ!! 樹だぁぁぁぁ!!」
ただ一人、樹に抱きついている少女を除いて。
「ちょ、ちょっと! なんで抱きつく!? てか、君は誰だ!?」
樹がそう言うと少女は硬直してしまった。
その隙に少女を引き剥がす。
更に言ってやろうと思っていたが、少女の顔を見るとその気が失せてしまった。
「まさか……私のこと忘れたの?」
半泣きになってしまった少女に、更に強く言える精神を樹は持っていない。
「いや、忘れたもなにも……。俺は転校初日で知り合いもいないし、そもそも君は同じクラスじゃないから……。人違いじゃないか?」
「知り合いなら私がいるじゃない! それに私は人違いなんてしないし」
「残念ながら俺は君のことを知らない。それと凄い自信家だな」
「そんなぁ!」
そろそろ周りが騒がしくなってきたので、樹は適当に切り上げようとする。
「えっと……もうそろそろチャイム鳴るんじゃないのか?」
「そうだけど……そうだけど……そうだけど!!」
「だったら自分のクラスに戻ろうぜ? な?」
「次の時間絶対に思い出させてあげるからね!」
少女はそう言って樹のいるクラスから出て行った。
その時ちょうどチャイムが鳴り、周りの生徒は名残惜しそうに自分の席に戻っていく。
「樹君……だよね?」
「ん?」
樹も一息ついたところで、左隣の席の方から声がかかった。
「ねぇ、樹君は美羽とどんな関係なの?」
「えっと、すまん。君の名前は?」
「あっ、こっちこそごめん。私は雫。雫ちゃんって呼んでも――――」
「悪いな雫さん。俺はその美羽って奴のことは……ん?」
「うわ、呼び名について無視されたよ。『さん』とかなんか嫌だから呼び捨てでいいよ」
「ん? あ、ああ」
(美羽って名前、どっか引っかかるな……。いや、美羽って名前の人なんていっぱいいるんだけどな……)
樹は自らの記憶を探るが、自分の知り合いで高いテンションの美羽は一人もいなかった。
(仲が良かったやつの中に美羽って奴もいた気がするが、あんなテンションじゃないしな……)
これ以上考えても無駄だと思った樹は、頭を軽く振って思考を切り替える。
「それより、この学校って授業はどこまで進んでいるんだ?」
「あー……。んっとね……――――――」
~~~~
「ふぅ、初授業終了っと……」
「お疲れさ――――」
「樹ぃぃぃ!!」
授業が終わった数瞬後、教室の扉が勢いよく開かれた。
「えっと、美羽さん……だよな?」
「名前思い出してくれたの!?」
「いや、雫に教えてもらった」
そう言って樹は雫の方を見る。
「あのさ、ここじゃちょっと目立つから人気のないところ行こっか?」
周りの目線に耐えきれていない雫を。
~~~~
「へぇ、この学校って屋上開錠されているんだ」
樹達がやってきたのは学校の屋上だった。
「そんなことはないわよ? 屋上に出ることなんて滅多にできないし」
雫はそう言って扉をしっかりと閉める。
「滅多にできない? なら、どうやったら屋上に出れるんだ?」
樹の質問に雫はニッコリと笑って顎で美羽を指した。
樹が美羽の方に視線を向けると、美羽は鍵を回して遊んでいた。
美羽は樹の視線に気付くと、ニヤリと笑って口を開いた。
「屋上に出るには、先生か生徒会長の許可が必要なのよ」
樹はその説明だけで把握してしまった。
「あー……。じゃあ、美羽さんは生徒会長ってわけか」
「それが違うんだな……」
樹の自信満々な答えを否定した雫は、苦笑い気味に説明する。
「考えてみて? 一年生の癖して生徒会長なわけないでしょ?」
「……まぁ、確かに」
「でも、美羽は屋上の鍵を持っている。そして、教室からここまでどこにも寄り道していない」
「ああ」
「美羽はね、この学校の理事長の娘なのよ」
「……はい?」
急に話が飛んだことに樹は困惑する。
そんな樹を無視して雫は話を続ける。
「理事長の娘ってずるいわよね。生徒会長じゃないのに、実質美羽が生徒会長のようなことになってるし、時々理事長代理として権力使えるし……」
「私、そんなに権力乱用してないよ……」
「そんなにってことは、使ってることに自覚はあるんだ」
雫はニヤニヤしながら美羽をからかうが、樹は別の事で頭がいっぱいだった。
「ちょっとまて、理事長の娘って言ったか?」
「あー、大丈夫だよ樹君。理事長の娘だからって気を使う必要なんてないから」
「あ、いや。そういう事じゃないんだ……」
樹は少しだけ躊躇ったが、それも一瞬だった。
「もしかして……小学生の頃にお隣さんだったか……?」
すると、美羽はパァっと笑顔になり樹の手を取った。
「やっと……やっと思い出してくれたんだね!?」
「え……いや……え!?」
「よかった……絶対ないと思っていたけど、間違いだったらどうしようかと思っていたよ……!」
「ちょっ……マジであの美羽なのか!?」
(昔と変わり過ぎだろ!?)
樹の知り合いに美羽という人物は確かにいた。
だが、その人物は当時の雰囲気と今の雰囲気では変わり過ぎていたのだ。
「えっと、二人とも知り合いだった……ってこと?」
少しの間蚊帳の外だった雫が、タイミングを見計らって疑問を口にした。
「そう……みたいだ」
「みたいじゃなくて、そうなの!」
「いや、でも……変わりすぎじゃね?」
「全然変わってないよー。逆に訊くけど、どこが変わったっていうのさ」
「昔は『暗い』って文字がピッタリな雰囲気だったじゃないか」
「え? そうだっけ?」
「え? そうなの?」
「それと……まぁ、随分と女性って感じの体つきになってたから……」
「それって、昔は女の子として見てくれなかったって事!?」
「樹君、それセクハラだから」
雫はそう言うととある疑問が出てきた。
「そう言えば、樹君はなんで理事長の娘でわかったの?」
「あー、それは――」
「家の都合で樹一人が日本に残ることになっちゃって、そこで困った樹の親は私の親に頼んで樹をこの学校に編入。ここなら寮もあるしね」
「そうそう……って、お前ヤケに詳しいな」
「え? あ……いや。そ、そうでもないよ!」
その時、美羽が樹から目をそらしたのを雫は見逃さなかった。
だが、雫はそのことには触れずにいた。
「さて、樹君と美羽の関係もわかったし、そろそろ教室に戻ろうか」
「あー……そうだな」
「どうしたの樹君?」
「あ、いや……何でもない」
樹はそう言って扉に手をかけた。
~~~~
「樹君、一緒に帰ろっか」
「……え?」
唐突に雫にそう誘われ、樹は少しだけ戸惑ってしまった。
「何よ、嫌なの?」
「いや、嫌ではないが……大丈夫なのか?」
「それはこっちのセリフよ。転校初日で寮の場所もわからないでしょ?」
「一応わかるんだが……」
「迷うかもしれないじゃない。だから私が寮まで案内してあげる」
「まぁ、そうかもしれんが……大丈夫なのか?」
「だから、それは――――」
「俺が心配しているのは、出会ったばかりの異性と一緒に帰っても大丈夫なのか? ということだ」
樹がそう言うと、雫は少しだけ驚いたような顔をし、いたずらっぽく口元を釣り上げた。
「樹君は私に変なことでもする気?」
「するかもしれんぞ?」
樹がニヤリと笑うと、雫はおもむろに携帯を取り出し――――。
「もしもし警察ですか?」
「しませんしません! 変な事なんてしませんから!」
「よろしい」
「くっ、恐ろしい女だぜ……」
雫が携帯をしまったことに安堵した樹は、諦めて帰る準備をする。
「さて、帰ろっか」
「……ああ」
樹と雫が教室を出ようとした時、一人の女子生徒…………美羽が走って二人の下にやって来た。
「はぁ……はぁ…………樹!」
「お、おう?」
美羽は乱れた呼吸を整え、再度口を開いた。
「一緒に帰ろ!」
「そうだな、三人で――――」
「美羽、生徒会は?」
樹の言葉を遮り、雫が美羽に質問した。
「えっと……逃げてきた!」
「「おい」」
二人からのツッコミに苦笑いでしか対応できない美羽。
「安心しなさい。樹君は私が寮まで送り届けてあげるから」
「えっ……?」
雫がそう言うと、美羽の顔は驚愕に変わった。
「雫……が?」
「ええ。そうよ」
雫に確認を取ると、美羽のきつい目線が樹に向かった。
「樹! 雫になにしたの!?」
「何もしてないぞ!?」
「そんなわけないでしょ! だってあの雫だよ!?」
「俺に言われてもわからんわ!」
「色々な男の誘いや告白を全て断り続け、女の子しか興味を持てないと言われたあの――――痛っ!」
「美羽は私に喧嘩売ってるのかな?」
雫は顔こそ笑顔だが、目が完全に笑っていない。
その証拠に未だに美羽の耳を引っ張っている。
「痛い痛い! 痛いって! ギブ! ギブアァァァァァップ!!」
美羽は必死に訴えているが、雫は涼しい顔して受け流している。
その事を理解した美羽は、目で樹に助けを求めた。
「お、おい雫……。そろそろ解放してやれよ……」
その目線の意味を理解した樹は、雫に解放するようお願いをした。
「まぁ、樹君が言うならしょうがないわね。その代わり、生徒会にはしっかりと出席しなさい。わかった?」
美羽が激しく頷いたのを確認した雫は手を離した。
「ううぅ~……。樹ありがとー……」
美羽はそう言って樹に抱きつこうとするが、それは雫に止められた。
「はいはい、美羽はさっさと生徒会にいってらっしゃい」
「ふえぇぇぇ……。雫のいじわ――――」
「いってらっしゃい」
「はい! 行って来ます!」
美羽は急に血相を変えて二人から距離をとった。
「樹! また明日ね!」
「お、おう」
そして、ダッシュで廊下を走っていった。
その後ろ姿を見送りながら、樹は雫に恐る恐る訊く。
「何をしたんだ?」
「知りたい?」
「……いいです」
樹は、この時程悪寒を感じたことはなかった。
~~~~
「ここが男子寮ね」
特にこれといったイベントがないまま、二人は男子寮の前にたどり着いた。
「あそこにあんな近道があったとは……」
「私と一緒に来て正解だったでしょ?」
「ああ、ありがとな」
「……」
「どうした?」
急に黙り込んだ雫に、樹は少しだけヒヤヒヤする。
「……別に」
「お、俺。何かやらかしたか?」
「その逆よ」
そう言って、雫は後ろを振り向き樹から離れていった。
「じゃあね樹君」
「? おう。じゃあな」
(その逆ってどういう意味だ?)
樹は雫の背中が見えなくなるまで、その意味を考えていた。
(考えてもしょうがないか)
しかし樹は考えを放棄して、寮の中に入ろうとする……が。
「……学校に鍵忘れた」
初日早々自室の鍵を忘れてしまい、渋々来た道を戻るのであった。
~~~~
「なにやってんだろ。私」
雫は、何度目かわからないため息を吐く。
「樹君が鈍感じゃなければ、私が危なかったじゃない」
雫は、樹との別れ際の言葉を思い出していた。
「美羽との接し方や、歩幅を合わせたりしてたから女慣れしてると思ったけど……」
ここでもまたため息を吐く。
(鈍感な上にヘタレか……。流石に美羽がかわいそうかも)
そこまで考えたところで、雫はふと疑問に思った。
(そう言えば、なんで私はここまで美羽と樹君に執着してるんだろ? いや、美羽じゃなくて樹君だけかな?)
出会って間もない……しかも異性に対してここまで興味を持つのは初めてだった。
(まぁ、美羽のあの楽しそうな顔見てたら興味が沸くのは普通かな?)
ある日を境に美羽の雰囲気が少しだけ変わった。
いつもはクールで完璧を貫いている美羽が、よく浮かれるようになったのだ。
(そのある日ってのが、樹君の転校が決まった日ってことね……)
美羽の気持ちを考えると、やはりかわいそうだと思う雫。
だが、それと同時にこれから楽しくなりそうと思う雫でもあった。
しかし、雫は考え事をしすぎていた。
浮かれていたのは雫の方だったのだ。
「痛っ!」
「あっ、すみません」
前方から来る二人の男に気がつかなかったのだ。
雫の肩が男の腕にあたってしまった。
雫は一礼してその場を去ろうとするが、男に肩を掴まれてしまう。
「……なんですか」
「おいおい、人にぶつかっておいてその態度は失礼なんじゃないか?」
雫は逆方向から逃げようとするが、もう一人の男に断たれてしまった。
(この時間帯はここに人が通ることなんて滅多にない……。逃げようともこの道狭いしなぁ……)
こんな時でも冷静な自分に呆れながらも、打開策を考える。
「へぇ……君、中々可愛いじゃん」
「なら、お願いですからそこをどいてくれません?」
「こんな状況でも冷静なんて強いね、君」
「そりゃどうも」
雫は冷静だが強くはなかった。
これからの事を予想し、恐怖で足が震えているのだ。
その事を見抜いた男は、いやらしい笑みを浮かべ徐々に雫に近づいていく。
「こ、来ないでください! 警察呼びますよ!?」
雫は携帯を取り出すが、取り出した瞬間持っていた手と一緒に叩かれてしまった。
「きゃっ!」
「クールな子だと思ったが、可愛い声出すんだな」
背後に逃げようとするが、後ろにいた男にホールドされてしまう。
大声で助けを呼ぼうにも、恐怖で声が全く出ない。
「さて、味見といきますか」
雫は必死に嫌がるが、男はいやらしい笑みを浮かべるだけだった。
そして、男の手が雫の胸に触れようとした時……。
「――――お前ら、俺のダチに何やってくれる」
そんな声とともに、雫に触れようとした男は脱力した。
突然の乱入者に、雫ももう一人の男も戸惑っている。
雫はもう解放されていたが、その場にへたり込んでしまい動けなかった。
そんな雫に乱入者は手を差し伸べる。
「大丈夫か? 雫」
「いつ……き……君?」
まだ戸惑っている雫を、樹は手を引っ張って立ち上がらせた。
その後、雫の携帯を拾い持ち主に返す。
「どうして……ここに?」
「そんなことより、早く警察に連絡を」
雫は携帯を受け取り、異常がない事を確認してから警察に連絡しようとする……だが。
「貴様ぁぁぁ!!」
もう一人の男が我に返り、樹に殴りかかってきた。
「樹君! 危な――――」
「遅いっ!」
樹は襲いかかってきた男の腹部に、強烈な膝蹴りカウンターを入れた。
「ぐぁぁ……」
「アディオス」
そう言って、悶絶する男の脳天に踵落としで決める樹であった。
「……樹君って強いのね」
「親の仕事の都合場、普通より違うかもしれん」
暫くすると警察が駆けつけ、二人は指示に従って行動した。
~~~~
「転校初日からハード過ぎるだろ……」
樹は自室のベッドで羽を伸ばしていた。
(あの時、鍵を忘れていなかったら間に合わなかったな)
もし、間に合わなかったら……。もし、気がついていなかったら……。
そう考えると、樹は少しだけ怖くなった。
「……ん?」
どこからか携帯のバイブ音が聴こえてきたので、自分の携帯を探す樹。
「美羽からか…………もしも――――」
『樹!? 大丈夫なの!?』
「お、おう?」
『そんな疑問形じゃなくて! 今日喧嘩になったんでしょ!?』
「あー、そのことか。大丈夫だよ」
『ていうか、なんで転校初日に喧嘩なんてしてるのよ……』
美羽の声は少しだけこもっていた。
心配させたと反省する樹であった。
「まぁ、色々あったんだよ」
『……』
「どうした?」
『……また……』
「ん?」
『また、居なくなるんてことはないよね?』
電話越しでも、美羽が真剣に問いているのがわかる。
「なんでいなくなるんだよ」
『だって……! 昔、私のせいで――――』
「美羽」
樹はこれ以上言わせまいと、少し威圧気味に美羽の名前を呼ぶ。
「昔は昔、今は今だ。気にする必要なんてない」
『でも……あの時、私が先生にイジメを受けていた事を訴えていれば、事件になんてならなかったのに……』
「あれは俺が手加減をしなかったのが悪いだけだ」
『でも……』
「それに、今こうして出会えたじゃないか。少し恥ずかしいけど……俺は美羽にまた会えて嬉しかったよ」
『最初は忘れてたくせに』
「あれはだな――――」
『でも、ありがと。私も嬉しかった。……本当に嬉しかった。もう一度樹と出会えて……』
「……美羽?」
『ふふっ、何でもない! それと、クリスマスの日空けといてね!』
「お、おう」
『え!? いいの!?』
「ああ、大丈夫だ」
(どうせ何もないしな)
『ありがと! じゃあ私は寝るね!』
「ああ、おやすみ」
『おやすみ!』
「…………」
(出会えて嬉しかった……か。なんか照れくさいな)
自分ももう寝ようと思ったところで、また電話がかかってきた。
「雫か?」
『あ、樹君。そうだけど……今大丈夫?』
「ああ、今日はもう寝るだけだしな」
『そ、そう……』
ここで少しの間沈黙が流れてしまった。
「えっと……どうしたんだ?」
『とりあえず……お礼が言いたくて。今日は本当にありがとう。樹君が来てくれなきゃ、私は汚されていた』
「いや、俺が女の子を一人で帰らせたのが悪かった。本当にすまない」
『……樹君は優しいね』
「俺が……優しい?」
『うん』
樹の中で『優しい』という単語がグルグルと回っていた。
そして、無意識ににやけてしまう。
「ははっ、初めて言われたかも」
『え……本当に?』
「ああ、俺の記憶が正しい限り初めてだ」
『樹君の初めてか……なんか嬉しい』
「……」
樹が返事に困っていると、雫は何かを思い出したように話を切り出してきた。
『そうそう、クリスマスの日は絶対空けといてね!』
「え?」
『絶対だからね! じゃあおやすみ!』
「ちょっ、まっ――――――遅かったか……」
樹はさっきと違う気持ちで寝転がる。
「……クリスマス。どうしよう」
~~~~
「樹君って、本当に優柔不断でヘタレだよね」
クリスマス当日の夕方、待ち合わせに到着した雫の第一声がこれだった。
「私は、雫が樹を誘っていたことの方が驚きなんだけど……樹がヘタレってことはもう今更だし」
「人のことをヘタレヘタレ言うなよ……」
「「ヘタレでしょう」」
「泣くぞこら」
こんな感じで集まったので、三人は歩み始めた。
「今日はどうするんだ?」
「とりあえず買い物とかしたいかな。樹君へのお礼もしたいし」
「樹へのお礼?」
雫の気になる一言に美羽が反応した。
「そ。実は、樹君が転校してきた日に襲われちゃってね……。その時に樹君に助けてもらったの」
「転校初日……まさか!」
「やっぱり理事長の娘さんには知られていたのね」
雫は照れくさそうにしているが、美羽は俯いていた。
「そっか、雫も助けたんだ……」
二人に聞こえないようにそう呟いた。
「どうしたんだ?」
急に俯きだした美羽を心配した樹は、美羽の顔を下から覗き込む。
「~~!!?」
声になっていない悲鳴をあげ、美羽は樹から素早く距離をとった。
「お前、熱あるんじゃないのか? 顔赤いぞ?」
「樹のばかっ!」
「何故!?」
「これは樹君が悪いわね」
「だから何故!?」
「「この無自覚女たらし!!」」
「急に酷いこと言われた!?」
結局、樹は何の説明もされずに説教されながらクリスマスを楽しんだのであった。
~~~
「さて、じゃあそろそろ樹君へのお礼しなきゃね」
既に陽の光はなくなり、代わりに街の灯りが輝いている。
夕飯も済ませ、特にやることもなくなった時、雫がそう言いだしたのだ。
「いや、お礼なんて必要ないぞ? そもそもあれは俺がお前を――――」
「はいはい屁理屈言わない。あれはただの私の不注意だから」
そう言って、雫は人気のないところに進み始めた。
「お、おい。どこに行く気だ?」
「私のお気に入りの場所」
遂には森の中に入ってしまった。
だが、少し歩くと木々は少なくなり、開けた場所にたどり着いた。
「おー……」
「やっぱりいつ来てもいいね、ここ」
「美羽もここ好きだもんね」
いつの間に登ったのか……。ここは、街を一見できるほど高い山だったのだ。
「不思議だよね、大して登ってもないのにこんな高いところに出るんだもん」
美羽は地面に腰を下ろしながらそう呟いた。
それにつられて樹も腰を下ろす。
そして雫も腰を下ろす……と思いきや――――。
「あっ! 私この後用事あったんだ!」
そう言って口元に手を当て、少し考える仕草をする。
「……よし。今からならギリギリ間に合うかな」
雫は荷物を持ち直し、ため息を吐いた。
「ごめんね。私、用事があったの忘れてた……。今すぐ帰らないと間に合わないかも」
「ん、そうか。じゃあそろそろ――――」
「あー、送らなくていいから。もうちょっと美羽とこの景色を楽しんでいて!」
「だが……」
樹は転校初日の出来事を思い出す。
「大丈夫。あんなことそうそうないから。ってことで、二人共今日は楽しかったよ。また遊ぼうね!」
「お、おい!」
雫はそう言って走り出した。
樹もそれに続こうとするが……。
「……美羽?」
「……」
美羽に袖を掴まれて止められた。
「雫の家はこの近くだから大丈夫だと思う」
「だが……」
樹は反論しようとするが、美羽の目を見るとその気になれなかった。
諦めて座り直す。
「ねぇ、樹?」
「ん?」
「私、樹に言いたいことが――――」
「お、雪だ」
美羽が言い終わる前に樹がそう呟いた。
「……ホワイトクリスマスだね」
「そうだな。……っと。で、なんだって?」
「ううん。ただ、私負けないから」
「何に勝とうとしているかわからんが、応援するよ」
「うん。ありがとう」
それから、二人は暫く無言で街の灯りを眺めていた。
そんな二人を物陰から見ている女性がいた。
「負けない……か。やっぱり引き下がったほうがいいかな?」
物陰から二人を眺めている女性……雫はそう呟いて、静かにその場を去った。
***
「そういえば、あの時は結局美羽と三人で遊んだんだよな」
「去年のクリスマス?」
樹は無言で頷く。
「私は途中からいなくなったけどね。……そういえば、今もそうだけど、樹ってそのヘタレっぷり治らないの?」
「中々酷いこと言うな」
「私は事実を述べたまで」
雫はゆっくりと樹にもたれかかる。
「風邪引くぞ?」
「樹暖かい……」
「……」
「……」
「……なぁ」
「んー?」
「俺がそのヘタレを治したら、雫はどういう目で俺を見る?」
「……?」
樹は立ち上がり、雫をしっかりと見つめる。
「――――雫、好きだ」
「…………え?」
雫は一瞬固まったが、直ぐに我に返る。
「そ、それって……友達として?」
「異性としてだ」
「なんで……なんで私なの? なんで美羽じゃないの?」
「雫の事が好きだから」
「本当に……本当に私なんかでいいの?」
「雫じゃなきゃダメなんだ」
雫の顔を見ると、目元に涙を浮かべていた。
樹は、座っている雫に目線を合わせるように膝立ちをする。
「雫。俺と付き合ってくれ」
「……っ!!」
その時、雫の目元に溜まっていた涙が、遂に限界を迎えた。
「うっ……うぅっ……」
「……雫?」
「酷い……酷いよっ……。もう、諦めていたのに……。気持ちを抑えていたのに……!」
「……」
雫は自らの涙を拭い、樹と真剣に向かい合った。
「ねぇ、もう一度言って。私もちゃんと答えるから」
樹もしっかりと頷き、再度言葉を発する。
「雫、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「……はい。よろこんで!」
こうして、ひと組のカップルが誕生したのであった。
「…………あーあ。負けちゃった」
そんな二人を見守る人が一人いた。
「でも、私はまだ諦めないよ。絶対に樹と恋人同士になるんだから」
そう心に決めて、ドアをゆっくりと閉める。
「美羽会長! どうして屋上なんかに?」
「ちょっと外の空気を吸おうと思ってね」
「……美羽会長?」
「ん? どうしたの?」
「どうして泣いているのですか?」
「えっ……」
美羽は自らの頬に触れる。
「あれ……なんでだろうね……ははは……」
自分が泣いていることを自覚してしまってからは、もう遅かった。
「悲しくなんか……ないもん……絶対…………うぅっ…………」
「……自分は先に戻ってます。美羽会長はもう少し外の空気を吸っていてください」
「ありが……とう……」
美羽は必死に笑顔を作ろうとするが、どうしても作ることが出来なかった。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
王道ファンタジー脳の自分が本当に出来るのか心配でしたが、多分出来ました?
自分の代表作『巻き込まれて異世界転移する奴は、大抵チート』もよろしくお願いします。
この短編の続きは書くかもしれませんし、書かないかもしれません。