02
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赤くなった夕暮れの彼方に、輝く大きな第一衛星と、地平線の向こうで赤い色を帯びた小さな第
二衛星が顔を覗かせている。
ユウヤ少尉と同じ装甲服を着る一等兵以下同じ姿の兵士たち数人が、ライドウォーカーを操って
ヘッドライトを輝かせる。
ザスザスとライドウォーカーの足音が赤い砂地に足音を鳴らし、荒野に同じく軽快なエンジン音
が響く。
「ここから向こうが、我が基地の敷地です。それからここより先が、キリングゾーン。バーヴァ
リアンたちが隠れている場所です、マム」
肩章を付けた忠実なクローン兵士の一人、ユウヤ少尉は指を敷地の中と外へ向けた。
「そうね。でもこれからどれくらい歩くの?」
「周回距離約10キロ、一時間も周れば済む程度ですマム」
ソノイは大きな突撃小銃を肩に担いで、やれやれと言った様子で汗をぬぐった。
その時、ソノイの脇に立つライドウォーカー乗りの仕官からピーピーと音がする。
仕官たち数名が耳に指を当てて黙りこくったので、ソノイは暇そうにして荒野の外を振り返った
。
「あー、いい空気! やっぱり陸はいいわー」
「新鮮な空気を吸っているところ申し訳ないですがマム、緊急事態です」
「また、何かあったの?」
ユウヤ少尉が装甲服と呼吸マスクごと振り向いて、荒野の向こうを指さした。
「基地を守る監視システムの一部が、定期点検中にダウンしたとのことです。その隙に、数匹の
バーヴァリアンが基地内部に侵入しました」
「バーヴァリアン?」
「知らないのですか?」
クローン兵士のユウヤは、あくまでもソノイの言葉に素直そうに振り向いた。
だが表情は見えない。
「我々サテロイドフォースが、あなたたち人類の存続のために戦っている知的生命体群の総称で
す」
ユウヤ少尉の赤の肩章に、禁の刺繍が施された盾と剣の部隊章が輝く。
見たこともない特大の小銃に、同じくどこでも生産されたことの無いような特大の装甲服。
軍隊に所属する軍人、というよりもまるで宇宙にいるような宇宙飛行士みたいな男たちだ。
「我々サテロイドフォースは、壁に囲まれた対異形生体共用の先鋭。あなたたちが平和に暮らす
ために作られた人造兵士部隊です」
「詳しくは知らないわ。貴方たちの噂は聞いているけれど」
「では歩きながら話しましょうか」
ユウヤ少尉は指を傾けると、脇に立つライドウォーカーの士官たちに目配せをする。
同じく装甲服とマスクを付けた兵士たちは無言で頷き、ライドウォーカーのアクセルを回してど
しどしと進んでいった。
「今のが、私たちサテロイドフォースの先鋭の一部です。我々は国際連合隷下、宇宙移民開発委
員会の元で作られました」
スー、コーと小さくする呼吸音の中でユウヤ少尉は、マスク越しの電子音混じりでしゃべる。
ソノイは肩にバズーカのように大きな小銃を担ぐとユウヤ少尉の隣に立った。
「サテロイドフォースのことは分かったわ」
「では次にこの基地の概要ですが」
物陰で、ガサリと音がしてユウヤ少尉がバズーカのような小銃を向けて構える。
小さく肌寒い風が吹いて、クローン兵士ユウヤのスカーフをふわふわと舞わせた。
「……取り越し苦労か」
チャキッと、巨大なクローンガンを担いでまた道を前に進み出す。
そのあまりにも手際のいい銃の構え方をみて、ソノイはんっ? と思って自身の持っているクロ
ーンガンを見た。
どう見ても大きいし重いし、普通の兵士が持っていた銃の5倍近くは大きくて扱いづらい。
「先を急ぎましょうか」
スー、コーと呼吸音を響かせるユウヤ少尉が先で振り返る、ソノイはムッとした顔でその後に続
いた。
荒野にポツンと残るこの基地は、サテロイドフォースという特殊部隊が拠点を構える場所らしい
。そこまでは分かった。
「それでこの基地の概要ですが」
「待って! あ、あなたにとっては普通なのかも知れないけど!」
「シッ! ……伏せて!」
ユウヤ少尉が突然手を伸ばしてソノイに向け、咄嗟にグローブをはめた五本指でソノイの頭を掴
んで地面に押しつける。
「おぶっ!?」
瞬間、頭上を赤いレーザーラインがかすめ飛んでいく。
ユウヤ少尉は装甲服ごと地面に伏せて体を守ったが、厚すぎる装甲服で背中をレーザーがかすめ
飛んでいた。
ユウヤ少尉の背中から、プスプスと煙が上がっている。
「防衛システムが誤作動を起こしている。どうやら手動でシステムを止めないといけないらしい
」
「冗談じゃないわ! そんなこと、今きたばかりの人間にできると思ってるの!?」
「できなければここで凍え死ぬだけです、マム。我々サテロイドフォースは役立たずは軒並み死
んでいきました」
ユウヤ少尉は突き放すように言う。そして、荒野の暗くなりかけた大地の向こう側をゴーグル越
しに見つめ。
「私が行って止めてきます。貴女には、このまま基地警備を続行してもらおうかと」
「ぐっ」
特大クローンガンを背中に担ぎ、ソノイ少尉は歯がゆい気持ちで奥歯を噛みしめる。
「分かったわよ! 見てくればいいのね!」
「これをお渡しします」
ユウヤ少尉は立ち上がると、ポンポンと自分の装甲に着いた埃を払い落とし胸下のサイドポケッ
トに付けた無線機を取り外す。
外装とまったく同じ色の、使い古され砂の黄色で汚れた白い無線機ケースだった。それと一緒に
小さな黒いバンド紐付きのサイドバッグも渡される。
「お渡しできるのは以上です。武器はそのままで、日暮れは今から45分後。それまでに当直室
へお戻りください。もしも基地に進入したバーヴァリアンを見つけたら撃ち殺して構いません。
幸運を祈ります、マム」
そう言って、ユウヤ少尉は敬礼するともう一方の道へと入っていった。
無情にも基地内で置いてきぼりを食らわされたソノイは、理不尽と怒りで爆発しそうな血管と心
臓を抑えながらクローン戦用の特大小銃を担いで黙った。
サイドバッグには何かが入っている。無線機には周辺にいるらしいクローン兵士たちの何気ない
会話や、今日の出来事などが飛び交っている。
渡されたバッグに手も付けず、とにかくソノイは先を急いだ。
「なにが基地警備を続行、よ! あのコマンダー気取り!」
何でできているのか分からないが、この重いバズーカみたいな小銃も持っているだけで腹が立っ
てくる。
がちゃがちゃと、この、レゴのおもちゃみたいな……野球に使えそうなこの鉄くずのバット!
「なぁぁぁっにがっ!!!」
がつがつとブーツのカカトを地面に叩きつけながら先を急ぐ。日が暮れなくても確かにこの地
の風は寒い。
「できなければ凍え死ぬだけですだあのクソヤロウ!!」
ソノイは誰ともなしに夕焼けの下で、ちょっとさっきの兵士の声真似をして叫んだ。すると、無
線に飛び交っていた兵士たちの話し声がぷっつり途切れる。
ガリガリガリと微弱ノイズが走って、無線がソノイの腰元でぶらぶらと揺れた。
「あの鉄仮面め! ぬぁーにがバーヴァリアンだっこっちが聞きたいくらいよ!」
『見回りは、順調かね?』
「!?」
ガーという無線の雑音と共に、初めて聞いた年上男性の声が聞こえてきた。
ソノイは慌てて無線機を取りだして送信ボタンを押す。
「は、ハイじゅんちょーです!!」
『結構。あー、あまり私の部下の悪口は言わないでくれるかな』
「えっ」
『彼はああ見えてかなり不器用な性格をしているんだ。仕事一筋、というかな。クローンにして
はだいぶ個性的だと思うが』
見知らぬ年上の、ハスキーな声はソノイの戸惑いを無視して一方的に話し続ける。
『今からバーヴァリアンが一体、そちらに向かっていく。部下が後ろからそちらへ追い詰めてい
るから、目標を発見次第、部下と共同で目標を破壊してほしい』
「えええっ」
『できるな? 訓練通りに撃てばいいだけだ』
無線越しでハスキーな中年男性の声が無線でがなり、ソノイは覚悟を決めてクローンガンを中腰
で持って足を広げる。
「クッ、武器が重い……」
しばらく待っていると、道の向こう側からずしずしとライドウォーカーの足音と一緒に、何か別
の生き物が悲鳴を上げる声が聞こえてきた。
赤く光る縦筋の目に、ごわごわした分厚い緑色の肌をして四つん這いで走っている。
獣のような走り方だ。しかしその獣はソノイを見つけると、キュルルルルルと可愛げな声を上げ
て立ち止まり、二本足に代わった。
「なにこれ!?」
「キュェェエー!!!!」
バーヴァリアンは赤い一つ目をカッと大きく見開くと、必死な様子でソノイに向かって飛び上が
ってくる。ソノイはクローンガンを一発だけ撃つと、素早くガンを投げ捨ててその場で後ろに飛
び退いた。
獣らしい動き方でバーヴァリアンは地面に着地すると、そのまま横っ飛びでひょいひょいと地上
を動き回る。
ソノイの投げたガンが地面を転がりガチャンと音を鳴らし、バーヴァリアンは振り向いて「ヒョ
?」と声を上げた。
どうやら、銃を撃つことは分からないらしい。
「こなくそ!」
咄嗟に腰元から護身用の拳銃を抜く。安全装置を外し、スライドを引いて引き金を引いた。
「死ねぇ!!」
「ヒュァァァァア!?」
緑色で分厚い皮膚を持った小汚い獣はひょうひょうと、逆さまになったり飛び跳ねたりしながら
ソノイの拳銃弾を軽々とかわしていった。
しばらくソノイのオートマ拳銃と小物バーヴァリアンの撃ち合いかわし合いが続き、ソノイは数
発の弾を残して銃を発砲するのをやめた。
緑のバーヴァリアンがやれやれといった様子で背筋を伸ばし、赤い一つ目をぱちくりさせてソノ
イを見る。
それから異様に大きく膨らんだ右腕を持ち上げて、指を振った。
「……コイツ来いってか!?」
「ギュキュキュキュキュキュ!」
人語を話し理解もできるかのように、異形のゴブリンみたいな生き物は声だけで笑う。
その後ろから、やっと追撃隊らしいライドウォーカーたちがヘッドライトを照らして走ってきた
。
クローン兵士の一人が、スライドハンドルを操作してトリガーに指を置く。
「加勢しますか!?」
「いい!」
すかさず、ソノイは声を上げて足下に転がるクローンガンを拾い上げた。
「私が、こいつをやる!」
「キュキョ?」
バーヴァリアンがまるで本物の人間のように小首をかしげ、それから全身を振るわせて笑い出す
。
「キュキョキョキョキョキョキョ!!」
「クソぉこの生意気な、バケモノめ! 私が相手だ、さあ来い!」
「キュキェキェキェキエキエキエ! キュキョキョ? キェーッ!」
「うおおおおおー!!」
バーヴァリアンが駆け出しながら二足歩行を止めて四足歩行になり、前足を着いて高々と宙に飛
んで腕を構える。
ソノイも大きなクローンガンを横に構え、撃っても撃たなくても当たらないこのデカブツの重傷
を掴んだ。
「んーアーァーッ!!!!」
「キュェ!?」
「そいやーっ!」
そのまま一回転、ガンはソノイの腕の中に収まったまま空中をブンと横殴りに殴った。
「……!!」
だが回転が速すぎる。しかしソノイはそのままガンを回す勢いを緩ませず、腕二本で保持したガ
ンをそのまま体ごと一回転させてバーヴァリアンにぶち当てた。
「ぅぶっ!」
ソノイの振り回したガンの銃身に、バーヴァリアンの醜い顔ぶち当たって弾き飛ぶ。
「ギュベ、ブッ……!?!?」
緑の鼻血を吹き飛ばしてバーヴァリアンは路上に組み伏せられ、後からやってきたクローン兵士
たちに取り押さえられる。
ソノイは野球をやる要領で、素早いバーヴァリアンをぶん殴ったのだ。
『一つめをやったな。次はこの道をまっすぐ進んだ先だ、二体いるぞ』
腰に付けた無線機から、男の低い声がする。ソノイは額の汗をぬぐうとガンを地面に落としてた
め息をついた。
「重いわこの武器……っ」
『なんだ、もうギブアップか?』
「じょ、冗談じゃないわよ! これしきのことでッ! ……どうせ、これがあなたたちの歓迎の
やり方なんでしょう?」
『ハハハ気づくのが早いな』
無線機の男の声にソノイ眉をひそめ、そっと闇の方を向いて嫌な顔をする。
「バッカみたい! なにがオリエンテーションよ! 人のこと小馬鹿にしたみたいなことして!
」
エンジンを空転させヘッドライトを灯して突っ立っているライドウォーカー二機を通り過ぎ、兵
士たちが見送る隣をソノイはふたたび歩き出す。
道の先には藪が茂っていて、どうやら何者かがキェーキェーと鳴き叫びながら動き回っていた。
同時に何か機械的なものも一緒になって動いていて、雰囲気だけで何か様子がおかしいことに気
がつける。
『道の先では我が基地の自動防衛システムが誤作動を起こしている。他の兵たちは別にいるバー
ヴァリアンを取り押さえるのに手一杯だ。キミはここを突破してくれ』
「基地のメカは破壊しても?」
言うが早いが茂みの中からふわりと何かが浮いて出てきて、ソノイの方を見て黒いレンズをクル
ッと回す。
「……聞く余裕もないみたいね」
『破壊しろ』
ひくっと鼻筋を痙攣させるソノイを前にして、基地防衛メカはビーム射出口を開いて光を灯した
。
『ゲーゲルゲー ヴェーゲーゲルゲーヴェー……』
黒い胴体の防衛メカは数本の足を広げて警告の体勢を取る。
ソノイはガンを担いで飛び退くと、道路脇にある小さな土嚢の壁の後ろに張り付いた。
「……?」
『……ベーーー、ェェェェェヴェルーベー』
防衛メカはソノイを見失うと、くるりと頭部を反転させて再び闇の中を覗きだす。
「楽しくなってきたじゃない!」
ソノイはしゃがんだ状態でガンを脇に抱えてコックをスライドすると、勢いよく土嚢の裏から立
ち上がってガンを構えた。
「!」
防衛メカが何かに向かって照準を合わせている。暗くなりかけた夕焼けの空の下、防衛メカは本
来撃つべき敵を狙って銃口を絞っている。
チュンチュンチュンと甲高い音がして道路が吹っ飛ぶと、爆風に巻き込まれて道の向こうにいた
バーヴァリアンが吹き飛んだ。
「こなくそっ!」
そこで、ソノイはガンを撃って防衛メカを背後から撃って落とす。
メカは煙を吹いてその場で沈んだ。
「あと一つ!」
『防衛メカはあと二門ある、背後を取られないように気を付けろ』
「あとふたつも! さっきのあいつは何してるのよ!!」
ソノイはガンを背負って先を急いだ。
夕暮れの基地外周茂みの向こうで、基地の防衛メカが飛び跳ねるバーヴァリアンを相手に七色の
光線を灯して地面を爆発させている。
地面を掴んで忙しく動き回る脚に、目のような形をしたカメラがせわしなく上下に動いて対象を
捉えている。
「キュキャッ!」
防衛メカが光線を撃つ直前に、その兆候を見て飛び跳ねては面白そうに両手を叩く緑のあれはバ
ーヴァリアンだ。ソノイはガンを構えると、足を開いて射撃の体勢に入る。
「キュキョッ!?」
『ヴィーーーベルヴェーベー』
赤い瞳と、メカの黒い目がソノイを捉えた。
「しまった!」
咄嗟に身を引いて、ソノイはふたたび近くに放置されていた土嚢裏に飛び込む。
すると防衛メカが足を動かして、ソノイが隠れた土嚢に一歩一歩と近づいてきたのだ。
「ひいいいっ!」
ジュオンジュオン! と、遠く闇の向こうから光線兵器の弾道と火線が輝いて、ソノイの土嚢直
近にぶち当たって爆発する。
防衛メカは火線の方へと振り向くと、勢いよく銃口を開いてレーザーを撃った。
『ソノイ少尉、こちらはコマンダーユウヤ、アーユーオールライ?』
「オールライもなにもあるかァーっ!!」
土嚢裏から防衛メカめがけて、クローンガンを腰にあてがってフル連射する。
バス! バス! バス! クローン兵士専用の巨大突撃小銃の砲弾が真っ赤な空の下に赤と黄色
に輝いて空を切る。
その撃ち放たれた銃弾の幾つかが、防衛メカの関節部に当たってメカがぐらりと足下を揺らした
。
頭部が振り返ってソノイを補足する。
「は、はやく撃てーッ!!」
『了解、撃ち方始め』
赤緑黄色の火線が空を切り、黒いボディの防衛メカを装甲板もろとも破壊していく。
赤い火を噴くメカはビリビリっと電撃を関節に走らせると、ガクリと体を震わせて地面に擱座下
。
「キュキャキュキョ!」
『ベー、ヴェーヴェルベー』
回転銃座にビームラインを走らせて、防衛メカが脚をガシガシと草地に食い込ませ、道脇の泥と
緑の茂みの間をバーヴァリアンが飛び跳ねて避けている。
ソノイはガンを構えると、クローンガンの方針をバーヴァリアンの方へと向けた。
「食らえッ!」
「!?」
ダァァァーン!
赤い瞳がソノイを向いた時、その凶悪な目と頭にソノイのガンが吐き出した弾が当たってめり込
んでいく。
「……ッ」
バーヴァリアンは衝撃で仰け反ると、いち、二度ほど地面を転がって両腕をビクンビクンと痙攣
させた。
防衛メカがベーと電子音を放ち、動かなくなったバーヴァリアンの生死を確認してソノイを振り
向く。
ダァァァアーン!
ソノイはガンの引き金を引き、メカの頭部カメラを撃ち抜いた。
よろよろと防衛メカは足下をぐらつかせ、その場で踏ん張るようにして脚を伸ばす。
すかさず、次弾。ソノイは引き金を引く前に一度脇を締め直して、照星をメカの心臓部に向けて
、銃床を肩に当てて歯を食いしばった。
引き金を引くととてつもない衝撃で鉄が肩に食い込み、ソノイはぐっとふらつきそうになる足を
腰元で押さえて耐える。
防衛メカが、ヴェーと電子音を鳴らして倒れたのはその後だった。
『ボス級のやつがそっちに向かっている、任せるぞ!』
無線から相変わらず男の声が聞こえて来て、次にガリガリという小さな雑音の後に『大丈夫です
かミスソノイ?』という聞き慣れた男の声が聞こえて来た。
ほぼ同時に近くの路上から白い装甲服の兵士が駆けつけてくる。
「大丈夫ですか、ミス・ソノイ?」
「ふうーっ、ええまだなんとかね! でも、そろそろきついわ」
ソノイはガンを抱えたままその場にへなへなと倒れ込み、銃を脇に立ててはあはあと肩で息を繰
り返した。
駆け寄ってきたコマンダーのユウヤが、腕を取って脈拍を数え始める。
「怪我をしましたか」
「怪我なんかしていないわ! でももう突然の歓迎会でくたびれたわ、シャワーくらい浴びたい
わよ」
「それはもう三十分辛抱してください、マム」
「私の歓迎会って、いったい何の意味があるの?」
ソノイは兵士の顔、さっきの通り表情の見えないマスクをしたクローンユウヤを泥に汚れた笑顔
で見あげた。
クローンユウヤは、しばらくマスクの向こうで固まってソノイの顔に見とれた様子を見せる。し
かし、クローンはマスクを軽く揺すると平静そうな声でソノイの質問に答えた。
「貴女の、入隊適性テストです。この試験をクリアすれば、貴女は正式にサテロイドフォース隷
下、機動戦術訓練学校への入学が許可されます」
「オリエンテーリングなのに? 私は軍人よ、戦うために異動命令をもらってやってきたんだけ
ど」
「サテロイドフォースとは軍団であって、人類が用意した正規の軍属の集団ではありません。命
を持つ肉の器の私たちが、ほぼ捨て駒となって誰のためにもならない戦いをこの壁の内側で続け
ています。言わば我々は、命を捨てるための専門の集団です」
「ずいぶんと物騒な集団ね」
「立てますか」
ソノイはくぐもった電子的な声のユウヤに腕を引っ張られ、ガンを杖代わりにしてようやく地面
に立ち上がった。
「ちぐはぐね。貴方もその命知らずのことをやってるの、壁の内側は流行性の病気が流行ってる
って聞いてたけど」
「お辞めになりますか」
「まっさか!」
ため息でもつきそうなほどのマスク越しのユウヤの声に、ソノイは瞳をキラキラ輝かせて手をグ
ーに握りしめて構えた。
「私の父も軍人よ! そのヘンチクリンなのが、こんなにいるってんなら戦うわよ! そんな面
白そうなのが、あるって知ってたらもっと早く戦ってた! 私にだって戦えるわよ!」
「そう、ですか」
半ば呆気にとられたように、白い装甲服のユウヤはちょっと身を引く。
「それに、あなた服がばらばらね。色がヘルメットと服と腕でだいぶ形が違うわ」
「これは全て戦友の物です、マム」
呼吸器の音を響かせて、ユウヤは軽くヘルメットを降る。その時、道路の後ろ側からズシンズシ
ンとライドウォーカーたちがヘッドライトを輝かせて全速力で駆けつけてきた。
「目標三体、急速接近中!」
「了解」
ユウヤは振り向き様に、ライドウォーカーでやってきた兵士たちと無線で声をやりとりする。
「ミス・ソノイ、あと三体です」
「撃ってやろうじゃないのよその三体ってやつ!」
ガジャリとコックをスライドさせ直して、ソノイはバズーカのように大きいガンを脇に抱えて持
ち上げる。
「ちょうどむしゃくしゃしてたのよ! こんなところに送り込まれていきなりこんなことになる
なんて、ちょっと撃つだけじゃ収まんないわこの……!」
ひょうと、マスク越しにユウヤ少尉が口笛を吹いたその時、道の先でライドウォーカーがすぐに
交戦を開始し出す。
しかし、様子がおかしかった。
『グッ、この……』
『こちらチキンワン、被弾した! 降車してこれより白兵戦に移行す、うわああー!?』
兵士の絶叫と共に、無線と地上の同時方向から嫌な爆音と地響きが膜耳を振るわす。
肌を振るわすほこの衝撃。燃えて崩れ落ちたライドウォーカーの残骸と炎を背に、クローン兵士
が持っていたはずのクローンガンを構えたバーヴァリアンがぎょろりと赤目を輝かせた。
「奪われただと!?」
「キュキョキョ!!!」
背の低い緑色の物体の後ろから、さらに二体のバーヴァリアンが体を晒して軍刀を抜く。
「……武器持ちか! クローン、撃て!」
武器を構えて、ユウヤがガンを構えた。それに習って他のクローンたちもガンを構える。
バーヴァリアンはクローンたちの攻撃を察知したのか、奇声をあげながらその場から高々と跳躍した。
一瞬遅れて、アスファルト道路が撃たれて爆発する。
「キュケキャー!」
「ギギャ!」
「ギョギョギョ!?」
三匹の、汚らしい緑色のバーヴァリアンたちが武器を持って路上に立ちはだかる。勇敢なクローン兵士の一人が打突を試みるがが、バーヴァリアンは軽々とその兵士をなぎ払って討ち取った。
「こ、これは!?」
「バーヴァリアンだ! 我々の敵、俺たちが戦っている、この世界にはびこる害獣共!」
軍刀持ちのバーヴァリアンが赤い目玉をギョンと光らせ、一振りの下に軍刀を投げつける。
「あぶない!」
「ぐっ」
バーヴァリアンの投げはなった軍刀が、ソノイの持つクローンガンの銃口に突き刺さる。
見ればバーヴァリアンはにやりと、トカゲの目のような赤い瞳で笑う。
ソノイはガンを捨てるとダッフルバッグを背負い直して、格闘の構えをして見せた。
「キュキュ?」
「正気ですか!?」
他のクローンたちが一斉にソノイを振り向き、ユウヤ少尉も黙って隣でソノイを見る。
「……来て早々の、自殺行為ですか」
「私は貴方たちじゃないわよ!」
「うん?」
ソノイの予想外な言葉に、クローンのユウヤ少尉がマスクと視線を向ける。
ソノイは黙ってバーヴァリアンにじりじりと歩み寄ると、両腕と足を構えて対峙した。
その姿勢を、挑発と受け取ったバーヴァリアンの一つが手を降って歩いてくる。
正面と正面で対峙したソノイとバーヴァリアンは、お互いの目をにらみ合いながら間合いをじりじりと詰めていった。
暗い、荒野特有の乾いた風が二人の間にさらりと流れる。
「キ!」
「たあっ!」
腕一本分ほど余計に長いバーヴァリアンの方が先に動き、先制攻撃を仕掛けるべくソノイの胸元に腕を伸ばした。
三本指で薬指だけが異様に長いバーヴァリアンの腕、それをソノイは手刀で弾き飛ばしてバーヴァリアンの懐に飛び込む。
身長は互いに低い方。ソノイは標準的な女性身長の160センチだ。だがバーヴァリアンは人間ではないからなのかそれよりやや小さい。
しかし体力面では、どうなのか。ソノイは獣足のバーヴァリアンに下から蹴られて飛ばされた。
「クッ! 間合いが違う」
「キョケー!」
猛烈な勢いで飛びかかってくるバーヴァリアンの追い打ち攻撃をすんでの所で飛び退いてかわし、背にかついだダッフルバッグを盾代わりにして左手に構える。
ちらりと、胸元にドックタグとロケットが覗いた。
ふふんとバーヴァリアンが視線だけで笑う。
『こいつ感情も持ってるのか!? 人間じゃ、そんな風にはぜんぜん見えないのに!』
「気を付けてソノイ少尉!」
「だあー!」
他のところでも、クローンと残りのバーヴァリアンたちが白兵戦を繰り返している。
外周コースのゴールはもうすぐ先だ。数は圧倒的に、こちらの方が上!
ソノイは覚悟を決めて、そっと腰の拳銃を隠れて抜いた。
「……」
「……」
じりじりと、ふたたび両者のにらみ合いと間合いの詰め合いが続く。ソノイは左のバッグを盾状に構えて前に進み、少しでも動いたらいつでも拳銃を抜けるよう腕の力を抜いた。
「……キッ!」
「戦争はなんでもありよ! もらったァ!」
ソノイは素早く拳銃を抜き、オートでバス! バス! と銃弾をバーヴァリアンに向かって撃ちまくる。
しかしそれも読まれていたのか、バーヴァリアンは横っ飛びに地面を蹴ると仲間の体を盾にしてソノイの銃弾を避けた。
「ウギョギョ!?」
「ギギャー!」
敗戦濃厚なこの状況を理解していたのか。それとも、最初から仲間を盾にする気だったのか。
死んだ仲間の体をクローン兵士ごと蹴り飛ばして、路上でゲヒゲヒと汚らしく笑う。
覗く犬歯から、黄色い唾がだらりと垂れてソノイはゾクッとした。
「こ、コイツ……!」
少しずつ、クローンとバーヴァリアンの間の距離が縮まっていく。
「仲間の死もなんとも思わないの!?」
「なんとも思っていないからバーヴァリアンなんでしょう」
隣から、突然ぬっと顔を出してユウヤ少尉が呟いた。
「あの手のことは、我々も手を焼かれました。ピグミーアタック、奴らは仲間の命も自分の命もなんとも思っちゃいない!」
グリップを握るユウヤの手が、ギチッと音を鳴らせて力んだ。
クローンたちが一斉に銃を手に持って構える。
「逃がすな、一斉掃射だ!」
「キキャー!!!!!」
仲間の死体を棍棒のように握りしめて最後の突撃をしてくるバーヴァリアンに、クローンたちの銃弾が無慈悲に食い込んでいく。
赤と白と、黄色のレーザーラインがバーヴァリアンの肉を焦がし、焼き切り、ちぎって燃やして焼き尽くしていく。
緑色のバーヴァリアンの血が黒い染みとなってアスファルトに刻まれると、最後のミッションは終了した。
「ようこそ、我がサテロイドフォースの前哨基地へ。貴女を我々の仲間として歓迎します。ようこそ」
「ふうーっ! 疲れたし、なんだかよく分からないうちにいろいろあったけど、何とかなったわ」
「ふはは、楽しんでくれたかな? 言っただろう、これがキミを迎えるためのオリエンテーションだと」
突如背後から、低い男の声が聞こえてきてソノイの肩をポンと叩いた。
「はブッ!?」
「ようこそだ! 私がこの基地で部隊長をやっている、グレイヴ・ジャトーヒル! お前が今日この基地にやってくる新米だな?」
がっしりとした分厚い手のひらで、一人の日焼けした男が真っ白な歯を覗かせて豪快に笑っている。
気が付けば、空はもうすでに真っ暗だった。
代わりに星が綺麗だ。真っ白な輝きで、空の向こうで連なって光っている。
暗い空に浮かぶ二つの衛星が、黄色い光を放って大きく弧を描いていた。
「立てるか?」
「あ、ああ、ハイ」
「書類は持ってきたか? 異動命令の書類だ」
書類、と聞かれてソノイはハッとしてダッフルバッグを持ち上げてチャックを開ける。
「しょ、書類がグチャグチャだーっ!?」
「ぐわっははははは! そんなもんだろう! それに、どうだったね今回のオリエンテーションは!」
周りの兵士と同じく装甲服で身を固めた豪快な声を出す、大男は腰に手を当てて笑った。
肩にはユウヤ少尉とは違う色の肩章だ。それに、全体にペイントされている模様の仕方が明らかに違う。
ただ背格好はだいたい一緒だった。その代わり、外見で見るだけで体の大きさが一回りくらい違う気がする。
「大佐、基地の防衛システムを起動します。許可を」
「ン! よぅし、おまえの割にはよくできた演技だった! 上出来だ!! 褒めてやろう! 再立ち上げを許可する」
「ハッ、システムを起動しろ!」
赤い肩章の、グレイヴと名乗る大男の指揮官の向こうでユウヤ少尉が声を張り上げた。
ときたまにごほごほと器官からくるような浅い咳をしながら、ユウヤ少尉は他の兵士たちとまざって自分の作業にとりかかりはじめる。
ぼうっと彼と他の兵士たちを見ていると、グレイヴがばしっと乱暴に書類を受け取ってソノイの肩を抱き寄せた。
「クローンなら気にするな! あいつらは忠実だが、いかんせん融通が利かない。特にユウヤ少尉は気を付けろ、あいつは普通のクローンじゃないぞ」
「なっ、何がです?」
突然自分の体を抱き寄せたグレイヴの体を装甲服ごと押しのけて、ソノイは短くまとめた髪から小さく汗を迸らせた。
「ハッハッハぁ小気味良い奴だ! 気に入った! 人間にしてはなかなか、骨のありそうな目をしている」
ソノイの目をグレイヴはかがんで覗き込み、グローブをはめた指でびしっと指し示した。
本能的だが、ソノイはこの男が好きではないように感じた。
暗くなってよく見えないが、男の顔は豪快に笑っているが目が笑っているように見えない。
彫りの深い顔に、傷の付いた頬、額にはシップが張ってある。
ソノイはまず、海軍式の敬礼をした。
「今日より、あなたの部隊でお世話になります。ソノイ・オーシカ少尉です! まだまだ未熟な学生ですがよろしくおねがいします!」
「ん! だがそうしゃちほこばるな」
グレイヴも同じく返礼をするがすぐに手のひらを落とす。
「おまえはまだ実戦経験が無いと聞いている。我がサテロイドフォースにも、新兵を受け入れてすぐ実戦に送り出せるほどの余裕もない。しかもおまえは、人間だ」
新兵、人間、実戦経験がないという言葉を連続で聞かされてソノイもムッとする。
「さっきの、オリエンテーションではお世話になりました!」
ちょっとだけ、「オリエンテーション」の部分に力を入れて反論する。
「いったいどういう事だったんですか? 入ってきた私に、いきなり銃を持たせてあんなのと戦わせるなんて!」
「ん。アレは、実は筋力をすこしいじって放り出した、私たちが用意した訓練用の模擬体なんだ」
あれで模擬体なのかと、ソノイはこの巨体の大佐の目を見て驚いた。
「あんなのが!? だ、だって何人か死んでましたよ!?」
ソノイは抗議の目で、道に倒れて仲間に運ばれていくクローンを指さす。
「それがどうしたかね?」
「ただのオリエンテーションで死者を出すんですか!?」
「フム。……我々クローンは死ぬために生み出された。この程度のお遊びでも、消耗品がいくつか失われることもよくあることだ。彼らの死は無駄ではない」
グレイヴは、夕焼けが彼方にまだ少し残っている夜の中でニヤリと笑った。
無精髭と脂ぎった顔のグレイヴの顔が闇の中でやや歪む。
ソノイは、心の中で何かが沸き立つ思いを感じた。
「気になるか? だが、我々はただ闇雲に死んでいるわけじゃない。すべてはおまえたち、壁の外で生きている人間のために死んでいる。彼らの死はおまえたち人間の生と等価値なんだ。責められはせんよ。俺たちも死を許容しているし、それが仕事だ」
振り返り、ふふっと笑うグレイヴの顔にソノイはぞっとするものを感じた。
と同時に、何かやるせない気持ちもこみ上げてくる。
「か、壁の中で起こっていたことは」
「知らなかっただろう。俺たちがしていることを。それは諦めに近い物がある。だがおまえは壁の内側に来てくれた。それだけは、敬意を表そうソノイ少尉。まあメシでも食って忘れろ」
グレイヴはそう言うと、片手に持った書類の束を持ち上げて歩いていった。
「書類の整理は俺がしておこう。今日はゆっくりしていけ、何か分からない事があったら、認識番号GE01―3021024のユウヤ少尉に聞け! ユウヤ少尉! 彼女を外来宿舎と食堂に案内しろ!」
「イエッサー! こちらです、ミス・ソノイ」
スー、コーという呼吸器の音とともに赤の肩章と、赤、黄色、青の線の入ったユウヤ少尉がやってくる。
ソノイは脇を見て、このつぎはぎだらけの世界にいる謎のクローン兵士たちのことに興味を抱いた。
「俺の体が気になりますか?」
「ち、ちょっとだけ」
ユウヤ少尉は去っていくグレイヴの後ろ姿を見届けながら、ソノイを見ずにマスク越しに答えた。
「言ったでしょう。俺は死んだ戦友の体で戦っていると」
スーと、ユウヤの呼吸音が深く沈み込む。
ソノイはひやりとした汗を背中の筋に感じた。
「俺は人間が嫌いです。ですが、もしかしたら貴女は好きになれるかもしれない。食堂に案内しましょう、それともシャワーが先ですか?」
「い、いいわ! 私一人でなんとかするからっ!」
ソノイはその場でガシャンとガンを放り投げると、すぐ近くのやや拓けた小高い丘に駆けていった。
夜空が見えた。もうすっかり、日は地平線の向こうに沈んでいる。
代わりに星々が綺麗に瞬いていて、一瞬だけこの世界に自分一人しかいないような感覚になれた。
とんでもないところに来ちゃったかもしれないという思いと、志願してこの壁の中にやってきた自分の無鉄砲さを悔やんでいたら自然と涙がこみ上げてくる。
父も母も軍に入って忙しいと言っていたし、友達もどんどん軍に連れて行かれて人手不足だと言っていた。
ここには人はいないだろうけど、きっと別のどこかで戦っているんだろう。
きらりと、夜空に流れ星が尾を引いて消えていく。
ふと、ソノイは自分の座り込む隣に誰かが立った気配を感じた。
スーと、聞き慣れたあの呼吸音がする。
「体を冷やしますよ」
「……うん」
「メシでも食べて、忘れるべきです。特にネガティブな感情はよくない」
この男は空気を読まない発言をする奴なのかと、ソノイは暗い中で見られないようにくすりと笑う。
「あなたモテないでしょう」
「戦友がいます。それで今の俺は充分です」
「そうですかー」
ソノイはやや諦めた様子で、目をつぶってうなずいた。
ソノイの表情の意味を読み取れないようで、ユウヤはマスク越しに戸惑った様子を見せる。
だがしばらく立ったままガンを構えていると、ソノイにガンを肩に載せながら片手の最敬礼をした。
「ようこそサテロイドフォースへ。あなたを歓迎します」