シンデレラストーリーなんてなかった
目が覚めたら異世界だった。
「ようこそ。お名前を聞いても?」
無駄が嫌いなのか、私に簡潔にそう言ってくれたのは、私の世話役と自称するメイド風のお人形さん。(と自分で言ってた)
「えっと、美佐ですけど」
「そうですか。では美佐様、貴女には本日からここでお過ごしいただくことになります。拒否権は無い代わりに、不自由をさせるつもりはありませんので」
最初は誘拐かと思って身構えてたけど、毎日遊んで暮らして、慣れた頃には「婚約者第一候補です」 とすごいかっこいい人を紹介された。
「初めまして、フォリアといいます。貴女さえ嫌でなかったら、どうか僕と結婚していただけませんか」
その夜、笑いが止まらなかった。うはww私マジで選ばれた存在wwwwとか天狗になったり。今にして思うと黒歴史だったけど。
◇◇◇
「……今日、どこへ行っていたのです?」
ある日、フォリアが部屋に訪ねてきた。今日の外出先は……後述するけど他の男といましたが何か? 言い訳すると、どうにも彼と付き合ううちに、育ちの違いとか価値観の違いとかうるさい身内がいるとか、色々合わない気がして、他の相手はいないかと世話役のメイドさんにお願いしたのだ。正直、自分の中でフォリアとは終わっていた。
「どこだっていいでしょ。それにフォリアこそ、今日は幼馴染と一緒にいたんでしょ? 知ってるよ。私あの人嫌い。隠れて意地悪してくるのとか知ってた?」
「……男といたのか」
「それが何だって――」
吹っ飛んだ。殴られて壁まで飛んだのだと気づくのに数秒かかった。
「……許さない。最初にちゃんと約束したじゃないか、僕のものだって、僕のものになるって……」
少し怯みながらも、気が強い私はその勘違いぶりにムカっとして言い返す。
「言ってない! この世界じゃそういう習慣なんだーって様子見てただけじゃない! こんなDV男だなんて知ってたら最初に拒否してたわよ!」
再び拳が飛んできた。体勢を立て直す最中に口の端に違和感を覚える。もはや嫌いと言っていい相手とはいえ、イケメンの前で涎は嫌だなあと思って咄嗟に拭う。それから手を見てはっとした。手についていたものは、血だった。唇の端が切れている。
「……美佐が悪いんだ、浮気なんてするから……。ねえ、分かってくれるよね? 美佐が了承してくれれば、僕だってこんなことしない。ずっと優しいままでいられる」
三発目がくるのが怖くて、抱きしめられたあとはひたすら頷いた。
◇◇◇
フォリアに殴られたその日、私はメイドさんにお願いして第二候補に会っていた。
「レジェロといいます。美佐様、噂よりも綺麗な方だ……」
ふと、フォリアも最初に同じようなこと言ってたなと思う。付き添っているメイドに「この世界は異世界の少女を褒めなければ死ぬの?」 とからかってみる。メイドは「召喚では好みの方が呼ばれやすいようです」 と何の感情もなく言うだけだった。納得いくようないかないような。まあとにかく、あのお坊ちゃま気質な上、一緒にいるだけで気詰まりするようなフォリアよりいい人なのを期待してみる。
「この地方の名産のオルゴールです」
デートで職人の街の市に来ていた。オルゴールがとにかく有名らしくて、様々なデザインのオルゴールが店という店に並んでいた。その中でもレジェロが手にとって見せてくれたものは、天使の彫刻が目立つ、ファンシーでメルヘンな品だった。
「わあ、可愛い……。それにしてもこの世界って、本当に天使が黒髪なんだね」
「それはもちろん、天使といったら召喚少女のことですから。それにこのオルゴールの天使、美佐様によく似ている」
「そう? なんか照れちゃう」
「私にとっては、天使といったら美佐様に他なりません」
「も、もういいよ、褒め殺されちゃう……」
会話をしながら、私はレジェロを観察していた。……うん、好意をもたれているらしい。あとはヤンデレでなければすぐにでも付き合っていいんだけど。
「お近づきのしるしに、今日はこちらの品を貴女に」
「えっ、でも」
値段見たけど、ゼロがいっぱい並んでいたような。
「このような安い品なのは無礼かとも思ったのですが、あまりにこちらの美佐様が可愛らしかったので」
金銭感覚どうなってるんだろう。これつっこむと私のほうが貧乏臭いって思われるのかな。それと天使=私みたいな言い草、この人はすごく甘い人なのね。何はともあれ、褒められて悪い気はせず、レジェロが会計に向かうのを見送る。
「はい、こちらのオルゴールを一点……お会計は小切手で? かしこまりました。包装は致しますか? ふふ、こちらの天使によく似合う包装紙が今朝、届いたんですよ」
若い女性の店員さんは商品確認と読み上げ、そして包装をしようとしていた。この世界の上流の店ではよくある光景のはずだった。
「美佐」
「はい?」
「だから美佐」
「レジェロ様、お連れの方がいかが……」
「天使じゃないんだ美佐なんだよ、今の会話聞いてなかったのか!」
……あれ? ガチで天使=私とか思ってる? そしてそれを第三者に押し付けてる?
「し、失礼しまっ……プッ……。で、ではこちらの美佐様に合う包装紙でお包み致しますので……ククッ……。し、品物は後ほどこちらで郵送させて頂きま……フフフッ……」
うん、店員さんは悪くない。私だってこんな電波客が来たら全力で笑う自信がある。
そしてどっと疲れて帰ってきた私を待っていたのは、フォリアの暴力。
選ばれた存在とか言ったの誰だ……私か。
◇◇◇
数日軟禁生活を送ったあと、様子を見に来たメイドさんに無理を言って逃亡を手伝ってもらう。というか、当然だよね?
「……逃げるという選択までするとは。フォリア様に何か問題がございましたか?」
「あったからこうして逃げてるんじゃないの!」
「容姿、身分、身体能力……私から見てほとんどが合格点という稀有な方でしたのに。まあ、性格と身内に難有りではありましたが」
「結婚にはそれが重要なんじゃないの!?」
「あ、人間の基準はそっちなんですね」
人形に魂を吹き込まれただけのメイド――アリアさんは色々ずれた人だった。致命的なまでに。溜息を吐きながら、木を隠すならなんとやら、雑踏に紛れて逃げる私達。とにかくアリアさんの屋敷までいけば……。
「ちょっと待って! 君、異世界の少女の美佐だろ!?」
走っている最中に何者かが私の肩を掴んだ。振り返ると、これまた顔だけなら一級品の男だった。しかしいくら顔がよかろうと、部屋着で必死に走る姿を見て何も感じないらしいKYさを思えば私の恋愛対象ではない。離してもらえませんかね。
「トリル様ではありませんか。あ、美佐様、こちら第三候補のトリル様です」
KYなのは足を止めて紹介を始めるアリアさんも一緒だった。何これ。ああでも、最初から私は、この世界で一人だったよね。同じ異世界人なんかいなくて、世話役だって基準はこっちの価値観で。
ふてくされる私を尻目に、さっきから私達を取り囲むように人垣が出来ていた。その人垣の中からビシバシと視線を感じる。主に少女達から。
「ちょっと、アレが噂の……」
「ああアレが。思ったより地味じゃん」
「フォリア様で満足できなかったわけ~?」
私はもともと有名人みたいだし……トリルさん、綺麗な人だもんな。きっとファンも多いよね。……居た堪れない。こっちは全然なんとも思ってないのに。それどころか今は少し鬱陶しいくらいなのに。
「あの、私急いでいるんで」
「ええ!? 会ったばかりなのに……。じゃあ単刀直入に言うよ、君が好きだ! 付き合ってください!」
「お断りします。結論は出ましたね? じゃあ急ぐので」
手を振り払って去ろうとすると、周りから奇声がした。
「きい~! 何よあの女! 断るほど余裕があるのよって自慢!?」
「人前で断られた身にもなりなさいよ! トリル様お可哀相!」
「私達の税金で暮らす身分が何様! この税金泥棒!」
「リア充爆発しろ!」
……告白を受けたら受けたで、露出狂告白すら受けるビッチと言われそうなのは気のせいだろうか。あと、最後の罵声がシンプルかつストレートでちょっと可愛いとか思った今の私は末期。
◇◇◇
「真っ先に候補から落としてはいたのですがね」
そう言ってアリアさんの屋敷で新しく紹介されたのは……小さい頃、家の火事に巻き込まれて顔に酷い火傷がある、オラトリオさん。
「お恥ずかしいです。このような奇妙な見た目なので……」
家を失ったことで没落、アリアさんの仕事を手伝って生計を立てている。しかし仕事の掛け持ちもしていて、今では一人でも立派にやっていけるとか。
「驚いたけど……変だとは思いませんよ、事故だもん」
「……ありがとうございます」
「変なのは、私のほうです。ちっともこの世界に馴染めないし、上手くやれないし……」
「そんな! 美佐様を苦しませるなんてそんな世界! あ、いやその……」
男は例外なく自分を好きになるらしいこの世界に、色々思うところはあるが、でも問題ではない。その上でどう上手く振る舞えるかが問題だと思う。
「オラトリオさんは、私に魅力を感じませんか? だから今まで私と関わらなかったんですか?」
「そんなことはありません!」
「じゃあどうして?」
「……こんな容姿だから。別の誰かが幸せにしてくれるなら、それで良かった。貴女がこの世界で幸せであるなら、それで。貴女の負担にはなりたくないから……」
私は感極まった。今まで気持ちを押し付ける男こそいても、私の気持ちを優先させる男はいなかった!
「オラトリオさん……結婚しましょう」
「そうですね……ってええ!?」
「拒否しないで下さい。私の幸せはあなたの傍にあります。拒否されたら私、きっと一生不幸です」
◇◇◇
「仰られたように、過去に関わった男達は排除していますが……その伴侶はいかが致しますか? いえ、この間から『騙された』 『どうして言ってくれなかった』 と苦情が来ていて」
アリアさんの館で慎ましく暮らす私達に、館の主であるアリアさんが忠告してきた。フォリア達の伴侶の苦情? あの幼馴染とかか……。
「知らない。もう関係ないし。危害を加える気なら遠慮なく排除して。そういう規則でしょ」
「かしこまりました」
最近分かったけど、アリアさんを作った初代王の規則を盾にすると、アリアさんは扱いやすい。便利というか、融通が利かないというか。
「オラトリオのことも守ってよね。私、伴侶より先に死ぬの嫌だから」
「はい。では行ってまいります」
アリアさんが去ったあと、厳重に守られた部屋で、私は五才の娘をあやす。
「ママ、えほんよんで」
「先に玩具を片付けてからね? どれどれ今日は……。!」
アリアさんに頼んだ絵本シリーズの中に、シンデレラによく似た話の絵本があるのを見つける。娘に見えないように取り、娘が片付けに夢中になっている隙に、ビリビリと破いてゴミ箱に捨てる。
「おわったよー、ママー」
「偉い偉い、じゃあ今日はこの絵本にしようか」
その絵本はイソップ物語みたいな、教訓的な絵本だ。教育ママが好きそうな感じの。私は娘に読ませるならこういう本に限ると思っている。
だって、シンデレラストーリーなんか、所詮夢物語だ。少なくとも、私にとっては。




