(95) ~ はじめての召喚【後編】
(これ、結構きつい……!)
光の輪を維持している美鳥は、絶え間なく襲ってくる頭痛とめまいに倒れる寸前だった。だが、この光の輪が今この世界と召喚体たちを繋いでいるということは理解していたから、そんなことはできなかった。
『大丈夫、もう少し、もう少し』
『頑張って、追い出すから』
召喚体たちも、氷の塊や炎の弾などを撃ち出して異形のものの足止めをしながら、美鳥に向けてそう語りかけてくる。彼らは異形のものと比べると、その頭部よりもずっと小さな体で見事に押さえ込んでいた。
(でも、あの子たちが頑張ってるのは確かだけど、あの子たちが出てきてから異形のもの自体も動きが鈍ってる……ためらってる)
『さあ、良い感じだ、仕上げはちょっと手伝ってあげよう』
そのとき、虚空から美鳥の背後から彼女を包むように半透明の腕が伸ばされた。突如として現れたそれが美鳥の光の輪を支える手に添えられた時、美鳥の意識が一気にクリアになった。
『続けて言って。「贄を求める底に巣くうもの 汝のいるべきは光届かぬ場所」』
「贄を求める底に巣くうのもの 汝のいるべきは光届かぬ場所……」
さらに輝きを増す光の輪を抱えたまま、耳元から聞こえる声が導くままに美鳥は口を動かす。
その言葉に反応したのか、うめいていた異形のものがいきなり顔を上げ、咆哮を放った。びりびりと空気を震わせるそれに、思わず顔を背けた美鳥たちに向けて、異形のものは大きく踏み出そうとし……。
ごっ!!
「ぐごあっ?」
顎にすさまじい衝撃を受けて、異形のものは軽くのけぞった。その巨体の下で、それぞれレイヴンとハロードがすさまじい形相で、拾い上げた盾を突き上げていた。
「行かせるか!」
「ちょっと待ってなよ!」
異形のものは体勢を戻しながら拳を握り、その邪魔なものを叩き潰そうと力を込めた。
が、それよりも早く。
『「再び眠るか その身この場で朽ち果てよ」』
「再び眠るか その身この場で朽ち果てよ」
美鳥が言い終わると同時に、手の中にあった光の輪が飛び出し異形のものを捕らえた。異形のものはもがきながら耳障りな絶叫を響かせた。すると、空に向けて大きく開かれた口の中から黒々としたへどろのようなものが宙にあふれた。重力に関係なく上へ上へと浮かんでいくので、物質として存在しているものとは思えない。
『あれ、砕くよ』
「その黒いの、壊して!」
美鳥が命じると、召喚体たちは素早くそれに従った。十数の魔法を打ち込まれたそれは、ぶるりと震えたかと思うと跡形もなく消え去った。
わっと召喚体たちが歓声を上げると、すっかり大人しくなった異形のものの体が大きく揺れた。正面に立っていたレイヴンとハロードが険しい表情で盾を構え直すが、異形のものはそれ以上動かず、ゆっくりと地面に横倒しになった。
くるくると異形のものの周囲を回転していた光の輪が収束すると、時間が巻き戻るようにしてふくれあがった肉体がもとの大きさへ戻っていき、ボロ布が体にまとわりついているだけのサイラース=グリンドの姿へと変化した。
「サイラース!」
それを見て、誰よりも早く動いたのはカップルだった。彼は呆然としているレイヴンたちを押しのけると、自身の着ていた道化服の上着とマントを脱ぎ、サイラースの体に被せた。そして、その色素と水分が全て抜けきった枯れ木のような体と、かすかにも動かない唇を見て彼が死んでいることを確認した。
「……今まで、お疲れ様でしたねえ。ゆっくり、休んで下さいね」
そう呟いて、カップルはそっとサイラースの遺体の手を握った。




