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図書塔の賢者さま  作者: 空色レンズ
最終章『Brave side』
93/104

(92) ~ はじめての戦い【後編】

 美鳥は今まさに目の前で繰り広げられた状況を、理解できずにいた。もはや人間の面影を残していない異形のものがすぐそばに迫っており、それからの攻撃をレイヴンが代わりに受けた。そして、レイヴンは……。


「れい、レイヴ……」

「神官殿は下がってくださいよぉ!!」


 ふらふらと視線はレイヴンを探す。が、襟首をすさまじい力で引き上げられ、そのまま乱暴に放り投げられてしまう。あまりの苦しさに地面に伏せて咳き込むと、同様に放り投げられたらしいシャナが、そっと背中をさすってくれた。

 二人を異形のものから引き離したカップルは、異形のものを間に向かい合う位置に立つハロードを見る。ハロードは倒れ伏すレイヴンを見て表情を凍り尽かせていたが、異形のものへの警戒は一切緩んでいない。


(どうやら本当にあっちの騎士殿は使えなかったようですねー。まさか騎士一人で倒せると思ってたわけじゃないでしょうが)


 カップルはレイヴンのほうなど一切見ずに、そっと道化服の間から細長いナイフを取り出し両手に構えた。勝手に突っ込んで自滅するような者など、気にする価値もないというように。

 そして体勢をゆっくりと立て直した異形のものの視線を感じた瞬間、カップルは軽くその場を跳んだ。とたん、異形のものの拳が彼の立っていた位置にめり込み、土を思い切り吹き上げさせた。カップルはその腕の上に着地すると、間髪入れずに駆け込んで短剣をその顔面にたたき込む。


「ごぉおおおがあぁああ……!」

「申し訳ありませんねえ、これも貴方との契約のうちですので!」


 ねとりとした血のついた短剣を引き、カップルは低く叫ぶ異形のものから距離をとる。そこで、液体が沸騰したかのような音を聞いて思わず持っていた短剣を見ると、異形のものの血がついた部分から金属部分が腐り落ちていた。柄まで溶け始めたのを見て、慌てて短剣を投げ捨てる。


「いやあ、異形のものと戦うには得物が一つだけではダメですねえ。これは騎士殿には辛い」

「……道化師というより、軽業師ですねーカップルさん」


 新しい短剣を取り出しながらのんきにつぶやくカップルに対し、いまだ動けずにいるハロードが冷や汗を垂らしながら返答した。


「おやおや、それだけ話せる余裕があるのでしたらちょっとお手伝いしていただけませんかあね? いえいえ最初に吹っ飛んでしまったあの方よりはよほど上手くいきそうです!」

「……レイヴン様、は」

「擁護の言葉など聞きませんよー時間の無駄です」


 ばっさりと切り捨てて、カップルは短剣を構え直す。ぐっと言おうとした言葉を飲み込んだハロードは、盾を正面に構えたまま腰を軽く落とした。


「打開、出来るのでしたら、出来ることはしますよ。ただし囮のようにはしないでくださいね」

「まさかまさか、私はそこまで非情じゃあありませんよ! ……一発だけ気を引いていただければ」

「十分無茶を言いますね!?」


 ハロードが突っ込んだときには、カップルはすでに彼の隣から消えていた。もうれつに頭をかきむしりたくなったハロードだったが、ぐるりとこちらを振り返った異形のものを見据えてゆっくりと息を吐く。


「気を引けば、いいんでしょっ!」


 そして、叫ぶのと同時に持っていた剣を、異形のものの足下めがけて放った。突き刺さることはなかったものの、浅く表面を切り裂いた剣は血によって腐り落ち、異形のものはハロードに目を向けた。


「ぐ、ご、ご」


 異形のものはなにやら唸りながら体を縮めたかと思うと、その目を妖しく輝かせて両腕を振り上げた。背筋を這い上る怖気に硬直しかけながらも、ハロードは全力でその場を飛び退いた。が、一瞬遅く、かすめた異形のものの指先が盾に当たり、はじき飛ばされる。


「ぐほっ!?」


 たったそれだけでも、盾から腕を伝わった衝撃に耐えきれず、ハロードは後ろに弾き飛ばされた。背中から地面に倒れ込み大きく咳き込む。


「ありがとうございますよお!」


 そこで、いつの間にか異形のものの背後に回り込んでいたカップルが、持っていた短剣をなぜか地面に突き刺していた。すると短剣は地面に垂直なまま、カップルの手を離れて動き出す。素早く距離を取ったカップルが見守る中、短剣は一瞬で異形のものの足下に魔法陣を描き出した。


「大地の加護により魔を封じよ」


 異形のものがそれに気付く前に、カップルは素早くそう呟く。すると魔法陣が一瞬だけ輝き、異形のものを挟み込むようにして地面がせり上がってきた。気付いた異形のものが激しく暴れるが、ただの土壁と思われたそれは崩れる様子を見せない。


「あれは、憑依術ですか」

「ええ、あれのもととなった神官殿から事前に預かっていた特別な品でして。直前に少々細工をしなければなりませんが、それさえきちんと行えば召喚術師でなくとも、それに準じた術が使えるというわけです」


 ずっと美鳥を支えていたシャナが崩れない土壁を見て呟くと、隣にいつの間にか立っていたカップルが解説をしてくれた。


「さてさて、しかしまあやはりあそこまで変化が進行してしまうとこの人数では倒せそうにありませんねえ。神官殿、貴方様は召喚術のほうは?」

「私は治癒を専門としていますし、召喚術の才は……」


 召喚術、という言葉に美鳥の肩が震えた。

 異形のものに対抗できる召喚術師。

 この場にいる召喚術師は、美鳥だけだ。


(私が、やらないと、いけないの?)


 カップルに放り投げられてから視線を上げることの出来ない美鳥は、小さく息を吸い込んだ。

 私がやる。そう言わねばと顔を上げようとして。


「ですからこの場には、召喚術師はいないのです」


 シャナの言葉に、美鳥のすべてが凍り付いた。

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