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図書塔の賢者さま  作者: 空色レンズ
最終章『Brave side』
88/104

(87) ~ 変人道化

 果樹農園地帯、フラトール。

 色鮮やかな赤煉瓦の家々が立ち並ぶ隙間にも、見たことの無い果実がたわわに実る木々が植えられている。それぞれの家が商品として下ろす以外に作っているものだというので、長時間の移動で疲れていた美鳥への土産として、ハロードが一つ譲ってもらっていた。


「ちょっと酸っぱいですけど、美味しいですよ」


 見た目にはオレンジのようなのだが、色が紫がかった黒でブドウのようである。皮ごと食べられるというので、軽く布で磨いてかじりつくと、ほどよい酸味と果実の甘みが口の中に広がった。


「美味しい!」

「プラーチェっていうんです。ここで作ってる果物の半分はこれになりますね。皮をむいて乾燥させたものは保存食になるし、むいた皮はお湯につけるとお茶にもなるんです。食料の中に乾燥させたのはありますが、どうせですから生のものも、食べきれる分だけ買っていきましょう」


 果汁で口の周りをべとつかせながら、プラーチェを食べ続ける美鳥の様子に微笑みを浮かべたシャナがそう提案する。

 馬を休憩させるため、手近な宿屋に水と飼い葉を用意してもらう役をレイヴンに任せながら、三人はのんびりとフラトールを散策していた。この町にも教会が建てられているので、ついでに立ち寄る。神官の出で立ちをしたシャナとすれ違う町の住民たちは、みな穏やかな笑みを浮かべて頭を下げていった。


「……神官にも、お祈りしたりするの?」

「ええ、ここには教会があるから、基本的にそっちで祈ることも多いですが、それがない村とかに住む人々は、神官の祝詞にのせて神に祈りを届けるんです」


 道中、熱心な信徒らしい老人に話しかけられ、丁寧に対応を返しているシャナから少し離れたところで、美鳥とハロードはそんな会話を交わす。ふんふんと頷く美鳥は、シャナがそっと老人の手を取り何か小声で口にすると、老人がほっとした表情を浮かべてお辞儀を繰り返しているのを見た。


「簡単な祝福でも受け取ったのかな。でも、教会にも神官はいるはずだしなあ」


 同じ光景を見ていたハロードも、軽く首をかしげる。老人が去って行ったところでシャナに近づいた二人は、どこか困った表情を浮かべている彼女を見て問いかけた。


「シャナ、どうかしたの?」

「ええ、どうやら今、ここの教会に赴任している神官が体調を崩されているようで……もう二週間も伏せっているそうです」

「病気なのかい?」

「そこまでは住民の方々にも分からないそうです。ただ、その神官のお世話をしている人がいるそうなのですが」


 妙に歯切れの悪い様子に、美鳥とハロードはそろって首をかしげる。

 そうこうしているうちに教会へたどり着いたが、その門扉は閉ざされていて、扉に一枚の張り紙が為されていた。


「『神官サイラース=グリンドは現在療養中のため、祝福を授けることができません。また、大変身勝手ではありますが、完治までの間聖堂への立ち入りも禁止させていただきます。誠に申し訳ありません』……だって」

「建物の中にも入れないって、どういうことなんだろ」

「人に感染する病気なんでしょうか……」


 張り紙を読み上げたハロードは、さらにその端に、あとから書き足されたように見える小さな文字列を見つけた。


「『療養中はカップルという青年に連絡役を任せました。ご用の際は彼を通してください』。代役がいるのかな」

「でも、さっきのおじいさんシャナに祝福を求めてきたぐらいだから、そのカップルって人は神官じゃないんじゃない?」


 顔を見合わせた三人は、とりあえずレイヴンのいる宿屋へ戻ることにした。道中、出会った人に試しに教会のこと、連絡役のカップルという人物について訪ねてみると、前者は疑問に思いつつ神官の回復を願う声が多い中、後者は見事に印象がバラバラだった。


「あんな変な人、見たことがないよ! 神官様もなんであんな人に任せたのか……」

「面白い兄ちゃんだぞ。ビックリするぐらい芸がうまくてなあ」

「……あれの話しないでくれる? もう顔も見たくないっていうか、見たこと無いけど会いたくない!」

「俺たちすっげー美味い菓子もらったぜ! 変なヤツだなーって思ってたけど、俺たち相手にいろんな話ししてくれるし」

「あの、ここの大人、お仕事で忙しいからあんまり構ってくれないんだけど……カップルさん、いっぱい遊んでくれるの」


「まあ、共通しているのは『変な人』ってキーワードかなあ」


 とことん相性が悪いか、逆に相性が良いかの二極化であった。ハロードは仲良くなれそうだなあなんて言っていたが、彼が合うのだとしたらレイヴンは絶対に嫌悪するタイプだろう。

 謎の青年について三人で会話をしながら、目的地の宿屋の看板が見えるくらいまで近づいた頃、なにやら言い争うような声が聞こえてきた。そのうち片方は、レイヴンのものだ。


「…………まさかなあ」


 噂をすればなんとやらってことかな? などと美鳥が考えているうちに、駆け足で宿屋の中へ入っていったハロードが驚きの声を上げている。美鳥はシャナと一緒に、こっそりとハロードのあとを追いかけた。

 談話スペースのあるこぢんまりとした宿屋のロビーで、これ以上無く険しい顔をしたレイヴンと、これまた妙な格好をした男が対峙していた。男は紫と黄色のストライプ柄になっている道化服を着ており、同じ柄の二股帽子、そして真っ白な仮面と手袋を身につけていた。それらがぴったりと肌を覆い隠しているため、露出しているのは口周りだけだ。二股帽子とは別の布で後頭部も覆っているため、髪の毛すら見えない。


「いっやーそんなに怒らなくてもいいじゃあないですか騎士殿! 自分はただただ、見事な馬だなあとほれぼれしていただけですので!」

「黙れ、飲み水に何か混ぜようとしていただろう。しらばっくれる気か!」

「撫でようとしただけでございますよ!?」

「そもそも、他人の馬に触れようとする時点でおかしいぞ!」


 言い争うと言うより、道化師に向かってレイヴンが一方的に食ってかかっているようだった。フロントに立つ宿屋の店主と女将が、途方に暮れた表情を浮かべている。どうしたものかと考え込んだ美鳥だったが、あっさりとハロードが興奮しているレイヴンを押さえにかかった。


「はいはいどーどーレイヴン様。ちょっと深呼吸しましょうか」

「ハロード、貴様……!!」

「あちらの宿屋の方を見て、一回冷静になってくださいねー」


 ハロードにやんわりと示された方を見て、怯えの混じる視線に気付いたレイヴンはきつく目を閉じると、額を押さえて一歩下がった。そこに代わって、ハロードが割り込む。


「こんにちわ。ひょっとしてカップルさんですか? この町の神官様の連絡係っていう」

「おやその通りでございます! 先ほど町の者が、巡礼中の神官様一行がいらっしゃったと噂していたので、もし立ち寄るとするならばこの宿屋かと思いまして、一度挨拶をしようかと思ったのでございます!」

「で、僕らの馬に近づいたところで、レイヴンに見つかり、口論になったと」

「ええ、ええ! 全く持って自分は清廉潔白! 馬の食事に混ぜ物など、決してしてはおりませんよ! まあ確かに、財産である馬に勝手に近づいたことは謝罪いたしますが」


 そう言って、カップルはレイヴンに向けて頭を下げた。が、その動作というものが両手を大きく振って腰から直角以上に折り曲げる大仰なものであったため、その格好と相まって芝居にしか見えなかった。


(ああ、普通に気をつけの格好でぺこりくらいでよかったのに……)


 額を押さえる美鳥とシャナ、そしてハロード。三人の予想通り、馬鹿にされたと取ったレイヴンは、落ち着けたはずの気をまた高ぶらせた。


「おい道化……貴様、いい加減に」

「おっと!」


 剣に手をかけ、レイヴンが一歩踏み出す。さすがにいつもの柔和な笑みを消して、カップルの盾となる位置に立ったハロードだったが、姿勢を正したカップルがまたしても大仰に驚きの声を上げる。


「大変申し訳ありませんが、所用がございますゆえこれにて失礼いたします! やや、そちらが巡礼中の神官様でございますか~麗しいお方でいらっしゃいますね! どうぞ、巡礼の道中天にまします我らが主のご加護があらんことを! では!」


 一気にまくし立てると、カップルは優雅にシャナへと一礼し、そのまま退場していった。そのあまりの鮮やかさに宿屋の中にいた一同は呆然としていたが、怒りの沸点を超えたレイヴンが乱暴に足を踏みならしたことで時は戻された。

変な人登場。

私はどうやら道化師キャラはひたすら酷い口調にしたがるらしい……。

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