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図書塔の賢者さま  作者: 空色レンズ
最終章『Brave side』
87/104

(86) ~ 揺れるよ揺れる

「うえ、えええ……」

「み、ミドリ、さん、しっかり!」

「あー、ミドリちゃん馬車ってはじめてだったのかな」


 大神殿を出た美鳥たちは、神殿を中心に発展している聖都の町並みのなかを移動していた。といっても徒歩では無く、わざわざ外から用意したごく一般的な屋根付き馬車に乗って、である。複数人の旅人や、行商人などが使うような頑丈さが取り柄の無骨な一頭立てで、今はレイヴンが御者をし、他三人は荷台の中にいた。


「うう、がたがたするよう……お尻痛い……」


 一人、シャナが気を利かせて準備してきたクッションを下に敷いていた美鳥だったが、それでもがたがたと揺れる荷台の中では大した違いはなさそうだった。それでも、他の場所より整備されている住宅街の大通りでこれなのだから、街道へ入った場合のことなど考えたくも無い。

 美鳥はクッションの位置を調節しながら、シャナとハロードを見る。二人とも固い板の上でもまったく変わらず、けろりとした様子で座っている。ハロードはともかく、見た目には自分と同じぐらいの耐久しかなさそうに見えるシャナまでそんな風なので、美鳥は恥ずかしくなった。


「ミドリ、さんの世界には、馬車がなかったのですか?」

「ある、ことにはあったんだけど、もう昔の乗り物なんだよね……。道も土とか砂利じゃ無くって、全然でこぼこがない感じに整備されてたし、ここまで揺れるのって船ぐらいじゃないかな。あんまり乗ったことないけど」

「昔の乗り物ってことは、今は別の移動手段があるわけか」


 シャナに背中をさすられながら、美鳥は現代社会の乗り物のすばらしさを改めて実感していた。早くて揺れない車が、この剣と魔法の世界に存在していたらさすがに場違いだとは思うが、そんなことは関係なしに「あったらなあ」と思ってしまう。


「にしても、やっぱり口調が硬いよね、ハロードはすぐに慣れたのに……ねーシャナ様」

「お、おやめくだ……いえ、そういう設定にしたんですもんね……」


 しばらくして、臀部の痛みを紛らわせるようにからかい口調でシャナに声をかける。様付けで呼ばれたシャナは、わたわたしながら結局肩を落としてため息をついた。

 今回の旅、極力目立たないようにと言われている中で、見た目にはただの少女でしか無い美鳥に対して神殿騎士や神官が様付けで丁寧な対応をする、というのは明らかに不審であった。そのため、旅立つ前日に四人は自分たち以外の人々に対して、それぞれ別の役割を演じることを決めた。

 シャナを中心とした巡礼者一行、というのがおおまかな設定である。シャナ自身はすでに巡礼をすませているが、年若い神官が複数回の巡礼を行うと言うことは決しておかしくはない。ハロードとレイヴンはそんな彼女の護衛で、美鳥は彼らの世話係というものに収まった。

 美鳥の提案でこの配役が決まったとき、ハロードは苦笑を浮かべるに留まったが、残り二人の反発は大変なものだった。巡礼中の神官やそのの護衛という設定も、一応納得できるのだが、美鳥自身の役割があまりに身分が低すぎるというものだった。だが、ここで食い下がるシャナとレイヴンに、年長でありながら一番身分の低いハロードが言い返した。


「他の人間と関わるときに演技すればいいだけなんだから、それぐらい我慢しましょうよ。別に、ミドリ様を軽んじろと言っているわけじゃないですし、ここからの旅は僕らだけなんですから、結局不便をかけることに変わりありませんしね」


 そして彼は、美鳥に向けて微笑みを向けるとこう付け足した。


「本当に世話係の仕事をさせるワケにはいきませんけど、とりあえず敬語はやめた方がいいでしょうね。というわけで、改めてよろしくねミドリちゃん」


 こうして、美鳥とハロードのごり押しで二人はしぶしぶこの案を飲んだ。……この一件で、レイヴンはさらにハロードへの苛立ちを高めたようではあったが。


「そういえば、オーデント国に行くって言っても、どんな風に行くのか私聞いてなかったや。どうするの?」

「ああ、念のために教えておいた方がいいか。えっとね」


 そう答えると、ハロードは荷物の中から地図を取りだし、美鳥に持たせた。そして、現在地と目的地の間で指を移動させる。


「とりあえず、今日の内にリンブルーリアの国境は越えてしまいますよ。昼過ぎくらいにはフラトールという、リンブルーリア有数の果樹園地帯の町に寄って休憩します。そこからゼンレイン山地にある関所で手続きをして、その先にあるフォストの町で一泊、という感じですね」

「……やっぱり、リンブルーリアってちっちゃい国なんだね」


 やはり、最初にイメージを抱いたバチカン市国のようだというものは間違っていなかったらしい。リンブルーリア教国の方が国土と呼べるものを持っている分広いのだろうが、オーデントの何十分の一かしかない。

 そんな話をしながらこれからのことを話していると、こんこんと外から荷台が叩かれた。三人が御者台に繋がる布で仕切られた入り口に顔を向けると、レイヴンが顔を突っ込んできた。


「城門に着きました。確認のため開放します」

「はい、わかりました」


 彼の言葉にシャナが頷くと、城門の警備兵が後ろ側の出入り口からのぞき込んできた。シャナの持つ巡礼神官の証であるメダルを見せたあと、ごく簡単な荷物のチェックをして許可証をもらうとそのまま町を出ることができた。


「さて、ここから先はまたさらに揺れるからね。痛いなって思ったら、遠慮無くシャナ様に治してもらうんだよ」

「は、はい……」


 さらに揺れるという言葉に表情をこわばらせる美鳥。そして実際、酷くなった揺れのせいでしゃべることもままならなくなった彼女は、フラトールにたどり着くまでずっと馬車の中で黙り込んでいた。

土の道ゆく木製車輪の馬車なんて絶対がたがたするよね……。

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