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図書塔の賢者さま  作者: 空色レンズ
最終章『Brave side』
84/104

(83) ~ 水の神

 レイヴンとハロードの仲がぎくしゃくしてから、三日。

 その間も当然、美鳥への授業は続けられたのだが、美鳥の側にレイヴンがいればハロードが資料を探しに席を外し、ハロードが近づくとレイヴンが部屋を出て行ってしまった。

 しかもそれはお互いに嫌がって……というよりは、ハロードを避けるレイヴンに気を遣って、ハロード自身も距離を置いているようだった。時折何かを言いたそうにハロードがレイヴンを見るが、それでもどうにもできないと思っているのか、決まって彼は苦笑を浮かべて肩をすくめるのだ。聞けば、レイヴンは十七歳で、ハロードは十九……冬が来れば、二十歳になるという。レイヴンの体つきが良いのと、ハロードの童顔のせいでハロードの方が年下に見えるが、実際は逆なのだと聞いたとき、美鳥はさらに驚かされた。


「……ファーネリアさん、神様のお告げで選ばれたパーティメンバーが、旅立ち前から崩壊しそうなんですけど」

「ええ、困りましたね」


 今日の美鳥の授業担当はファーネリア……つまり、水の神との交感の修行である。レイネと行った交感修行では、気絶しながらも火の神と会話をし、それから目が覚めたあとには偶然だったが風の神とも会話をしたとファーネリアには伝えてあったので、とりあえずまた話し込みすぎて気絶しないよう、水の神と会話が出来たら簡単な挨拶だけで終わらせるという打ち合わせを終えたところで、先ほどのやりとりである。


「もう、なんか見てられないというか……多分ここしばらくのイライラが、この間一気に爆発しちゃったんですよね、きっと。あれからハロードが私に近づく度にむすっとしてるみたいで」

「おそらく、彼には許せないのでしょう。ハロードがミドリさんに近づきすぎるのも、自分と同じ立場にいるのも……そんなことで心を乱す、自分すらも」

「別に私、レイヴンが思ってるほどすごい人じゃないんだけどなあ。むしろ、ハロードみたいにのほほんと接してくれる方がずっと楽なのに」


 ちゃぷちゃぷと蒼の間を縦横無尽に巡る水路に手を突っ込んで揺らしていた美鳥は、深いため息をついた。いきなり面倒くさい人が仲間になったものである。真面目で実力があるのはいいが、あんまり硬すぎるのも考え物だ。


「ミドリさん、それでもきっと、これからあなたの立場を知った上で、ハロードのように振る舞える人間はごく少数だと思いますわ。大抵がレイヴンと同じように、絶対の主として見るでしょう。世界の命運を握る方だと」

「そのことも、なんだか実感がなくなってきちゃって……。レイネやミリアンナさん、ファーネリアさんのおかげで神様ともお話できちゃうぐらいだけど、それ以外は本当に、私なんにも出来てないんだもん。シャナから魔法のことを聞いて、ハロードから世界のことを聞いて、レイヴンから身分や職業のことを聞いて、侍女の子たちからは神殿の中の事情をちょっとだけ聞いて……私、このままでいいの?」

「……では、聞いてみましょうか」

「え?」


 水路から手を引き抜かれた美鳥は、濡れた手を握るファーネリアをきょとんと見返した。


「水の神に、挨拶ともう一つ……オーデントへ向かっても良いかどうか、聞いてみて下さい。きっと私を通すよりも、はっきりとお話が出来るでしょうから」

「え、でも」

「ミドリさんの体は、わたくしがきちんと見ておきます。それに、風の神とミリアンナの補佐なしに交感されたときには、倒れることが無かったのでしょう? 次もきっと、うまくいきます」

「……そ、そっかな。うん、じゃあやってみる」


 ファーネリアに促され、美鳥は静かに深呼吸をすると目を閉じた。体の力を抜いていき、意識の糸を伸ばしていく。順調に伸ばされた糸は、するりとどこかに繋がった。


『……こうもあっさりと繋がると、本当に、拍子抜けしてしまいますな』

『あ、おじいちゃんっぽい』


 聞こえてきたのは、少ししゃがれた男性の声。美鳥の素直な感想に、男性の声……水の神は、小さく咳払いをした。うっかり順序を間違えた美鳥は、その咳払いで我に返り、あたふたと挨拶をする。


『あ、初めまして! 美鳥・高橋です。貴方が水の神様、なんですよね?』

『ええ、私がそこなファーネリアを巫女とする、水を司る存在……ずっと、貴女のことを待っていましたよ』

『……はい』


 水の神はそれきり黙り込んでしまった。何か言わねばならないと思いながらも、美鳥は結局、もう一つの話題以外に言葉をかけることはできなかった。


『あの、水の神様』

『なんですかな』

『私、まだこの国に居たままでいいんですか?』


 美鳥の問いかけに、水の神は一度息を飲み込み……静かに答えた。


『すでに、貴女は我ら三柱とも交感を繋げることができる下地が出来上がりました。この世界についても、すでに様々なことを知ったことでしょう。同時に、彼らの気付かぬ歪みにも、外の世界から来た貴女ならわかったことでしょう』

『歪み……』


 この世界で暮らし続けてきた彼らから語られて、語られなかった部分。

 おかしいなと思いながら、飲み込んできた疑問。


『やっぱり、あれってわざとでも何でも無くて、みんな、分からないんですね。それでいて、知ろうとも思ってない』


 ヴィストの向こう、続く大陸には何があるのか?

 聖地がある、聖域であるとされるリンブルーリアの、具体的なそれはなんなのか?

 七百年前という、オーデント建国と同時期に終わったと言われる神代で、何が起こったのか?


『ええ、すべては私たちの責任でもあるのです。本来なら私たちが果たすべきものですが、どうしても、どこかから力を借りなければいけなかった。だから、貴女を喚んだのです。そして、準備は整いました』

『じゃあ』

『ええ、オーデントへ向かって下さい。そして……あの方に会って……』

『あの方って、火の神様も言っていた人?』

『ええ。「図書塔の賢者」と訪ねれば、きっと分かることでしょう。あの方もまた、貴女の助けとなる方です……』


 そこで、美鳥は思い切り体を前に引き寄せられて、目を開いた。心臓が早鐘のように打っており、息も荒くなっている。やはり、会話をしている間は気付くことが出来ないが、思っている以上に交感というのは体力を使うらしい。

 美鳥の体そのものを抱き寄せることで、彼女の意識を強制的に戻したファーネリアは、汗ばむ美鳥の背中をゆっくりとさすりながら声をかけた。


「大丈夫……きちんと息を吸って、吐いて、その繰り返しです」

「ひうっ、あ、ふぁ、ねりあ、さ」

「まだ無理にしゃべろうとしないで。呼吸を整えるのが先です」


 まるで体力限界の状態で全力疾走をしたような疲労感に襲われていた美鳥は、ファーネリアの言葉に素直に従った。ぐるぐると水の神の言葉を頭の中で巡らせながら、息を吸い込み、吐き出す動作を繰り返す。やがて心拍も呼吸も正常に戻った美鳥は、水路の仲に手を突っ込んで、ぬらしたそれを自身の額に押し当てた。


「あー、冷たい、きもちいー」

「すみません、もう少し早く、ミドリさんを引き戻していれば……」

「いえ、あれより早く戻されてたら、肝心なことが聞けなかったですよ」

「肝心なこと?」


 横になった美鳥の頭を、自身の膝枕の上にのせていたファーネリアは、軽く首をかしげる。


「えっと、まずオーデントに行っても良いって許可、もらえました。それからそこで、『図書塔の賢者』って人に会いなさいって言われたんです」

「図書塔の賢者……ああ、そういえば」


 美鳥の答えた言葉に反応したファーネリアは、静かにその言葉を反芻すると思い浮かんだ情報を口にした。


「確か、もうずいぶんと前からオーデントの王宮で、役職交代が行われていない場所があると聞いています。開かずの図書塔、その管理者は、ずっと書物にあふれた塔から出てこないとか」

「……ずいぶん前って、どのぐらい前なんですか?」

「さあ、わたくしも詳しい話を聞いたことがないので。ただ、数代前の水の巫女が言葉を交わしたらしいという記録しか、こちらには残っていなくて」


 あいまいな笑顔を浮かべるファーネリアの言葉に軽く首をかしげながら、美鳥はゆっくりと起き上がった。


「にしても、許可、出ちゃいましたね」

「ええ、水の神が旅立ちをお許しになったのなら、もうここに留まる意味はないでしょう……」

「ファーネリアさんは、ついて来られない、ですもんね」


 巫女としての責任を持つ立場である彼女は、リンブルーリア国外どころか、大神殿すら出ることが叶わない。味方でいると約束したはずなのに、あっという間に訪れた別れの時に、ファーネリアは顔をうつむかせる。


「ファーネリアさん、ねえ、ファーネリアさんにもちゃんと、しなくちゃいけないことがあるんでしょう? なら、私のわがままで着いてきてなんて、言えないです。ファーネリアさんも、頑張って下さいね」


 そんな彼女の顔が見たくなくて、美鳥はそっと彼女の頬に手を添えた。


「……まあ、あと旅立つにあたって問題なのは、同行者のことなんですけどね」

「……あれは、彼ら自身の問題ですから、わたくしたちには何も出来ません」


 そして、旅立ち、という単語に引きずられるようにして思い出された事態に、二人はそろってため息をつくのだった。

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