(73) ~ 魔法学校、卒業
ヴィグメールは、ここ数年で一気に動かしにくくなった体を持ち上げると、目の前に立っている弟子の姿をかすれた目で見つめた。
「ずいぶん長生きしたと思うけどね。まだ頑張れるってすごいよ、ヴィグメール」
「……確かに、しかしそろそろ、限界でしょうな」
声も、身長も、おそらくその顔の細部も、『貴石』となってこの書斎に入り浸るようになってから変化していないのであろうオズを思い浮かべて、ヴィグメールはため息をついた。
「四年、経ちましたか。貴方がここに移ってから」
「そうだね。入学してからも含めると、八年か。書類の上では一応二十三歳か、二十二歳ってところになるのかな」
「……あと数年は、大丈夫でしょうが、これから先はそうもいきますまい」
「だろうね。というか、あの召喚魔術師……カミルだったよね。彼が一番俺を警戒しているよ。全く、傷つくなあ」
肩をすくめながら言われた言葉は、欠片も本気には聞こえなかった。
「リンブルーリアの巫女の神託は、結局、秘されることとなったのでしたな?」
「うん、俺に関してあーだこーだ言うなって新しく神託を授けるように、そっちのほうへ直接せっついておいたから、口出ししてくることはしばらく無いと思うよ」
「……どなたをせっつかれたか、というのは、聞かないでおきましょう。驚いてぽっくり、なんて御免ですから」
ヴィグメールは目を閉じ、ゆるゆると呼吸を繰り返す。
すでに校長職を退いた彼は、名誉職を与えられた立場で、この塔に残っている。
だが、この様子ではもう先は長くない。
「不安はありますが、もういい加減、独り立ちしていただきますよ。本当なら、さっさと貴方の望むとおりにして差し上げるつもりでしたが」
「なかなか俺が進路を言わないものだから、ここまでずるずる一緒にいることになっちゃってねえ?」
オズはくすりと笑うと、部屋の片隅に置かれていた毛布を引っ張り出してヴィグメールの膝にかけてやった。それをぽんぽんと触って、ヴィグメールも頬を緩ませる。
「さ、もう、決まりましたか?」
「……うん、やっぱり、もうしばらくこの国で引きこもり生活することに決めたよ。水の神とやらと約束までしちゃったし、後味悪いことにならないよう、最低限のことをする」
だから、とオズは続ける。
「王宮に。この国の中枢の中で、それでも遠い、人とあまり関わらなくて済むような……閑職の席、空いてない?」
「……でしたら、とっておきの場所が、ありますぞ」
ヴィグメールは震える手で引き出しを開くと筆記用具を取り出し、少しずつ任命推薦書に項目を書き込んでいく。
「ここなら、人とあまり関わることなく、王宮の中で時を待てます」
「あー、なるほどね……」
出来上がった推薦書を流し読みしたオズは、苦笑を浮かべてヴィグメールの肩を叩いた。
「ありがと、ヴィグメール。今までのことも、いろいろと」
「まあ、貴方が来てから、面白いことの連続ではありましたな」
そうして、二人は笑いあう。
推薦書に書き込まれた役職は、王宮の片隅にある書物の塔、王国図書館の管理者というものだった。
このときをもって、オズは、魔法学校を卒業した。




