(72) ~ 救いの範囲
がたごとと、馬車は揺れる。
長いこと続いた沈黙を破ったのは、オズの盛大なため息だった。
『…………魔族の復活には、まだ時間かかりそうだし、疲れそうだし面倒だから積極的に関わろうとは思わないけど……その、異世界からこっちにさらわれてくるって人を助けるぐらいはしてあげてもいいかな。気の毒すぎるから』
ものすごく不本意そうに、オズはそう答えた。
これよりオズが手を貸すのは、水竜たちがいずれこの世界に連れてこようとしている異世界からの存在だけ。その人物の身の保証のみ、確約すると。
その言葉に、水竜は声を震わせた。
『願っても、無いことです……。それだけで、十分すぎます。私たちは彼の方を呼び寄せることが出来たとしても、そこから先は、巫女たちに指示を出すことしか出来ないのですから』
『ったく……結局面倒ごと押しつけられた気分。あーあ、もう二度と国の存亡だの、世界救済だのっていう厄介ごとに関わりたくなかったのにさあ!!』
『……以前にも、何かをお救いしたことが?』
『うっさいな!! 俺はのんびり自由気ままに生きてればそれで満足なの!!』
『は、はあ』
オズの剣幕に押されてか、水竜もそれ以上深く聞いてくることは無かった。
話が終わりならそれまで、巫女にきちんと釘を刺しておくこと、と言いつけると、オズは一方的に水竜との伝達を切った。慌てた様子で向こうから伸ばしてくる糸の気配にも気付いたが、はじき飛ばした。
オズの機嫌は、ここ数年で一番悪くなっていた。
「……ちょっとすごい魔法が使える人ってポジションのままでよかったのに……」
ぼそりと呟き、ほおづえをつく。それからさほど時間も経たないうちに、馬車は魔法学校前に到着した。
扉を外から開けられて、仏頂面のまま飛び降りたオズは、こちらに向かって勢いよく駆けてくる人影に気付きぽかんと口を開ける。
「レイ……ぶっ」
「オズくん! 怪我とか大丈夫!? 何か偉い人に変なこと言われたりしなかった!?」
うっすらと涙を浮かべて、ばしばしとオズの体を叩くようにして確認するレイルの後ろから、呆れた表情を浮かべているバルドと、レイルと似たような、ほっとした表情を浮かべているミリアがやってきた。
「お、王宮に一人だけ連れて行かれたって聞いて、もう帰ってこないのかななんて思っちゃったんですよう! よかったですう!」
「こいつは万が一のとき、対応できるようにって連れて行かれただけだろ。ていうか、そんな泣くほど不安だったのかよミリア」
「そういうバルドも、さっきまでうろちょろ落ち着き無かったじゃないですかあ!」
「てっ、テメェそれをバラすんじゃねえ!?」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始める友人たちを、まだ放心した様子で眺めていたオズだったが、レイルが乱暴に涙をぬぐって首をかしげるのを見て我に返る。
「オズくん?」
「……ううん。なんでもない。大丈夫」
そう答えて、オズはレイルの手と、バルドに怒鳴られて身を縮めているミリアの手を取った。
「さ、まだ面倒ごとありそうだから、ちゃっちゃと片付けちゃおう」
いつもと変わらない様子で歩き出したオズに、レイルとミリアはきょとんとしたあとにつられて笑いだし、そんな彼らに置いて行かれたバルドは、はっと我に返って怒りながら追いかけてきた。
(きっと、すべてが始まるのは、ずっと先だね。
その頃には、君たちはもういなくなっているだろう。
……でも、まあ、君たちの足跡を失わないために、頑張ってみるのもいいかもね?)
この世界に生きるすべての人間の命運を背負えと言われても、全く持って御免だが。
彼らの足跡ぐらいは、抱えていってもいいかと、オズは思い直した。
第五章、終了です。がっつりシリアスった……。
いろいろとぼかしたままの設定がたくさんありますが、いずれ明かします。
次は、ものすごく短いです。