(71) ~ いずれ訪れる災厄へ
水竜は、オズの放った魔力の糸を決して離すまいと必死なようだった。
『お願いいたします。この世界を、魔族の手からお救い下さい。貴方ほどの力をお持ちであれば、きっと……』
『断る』
間髪入れずに返された答えに、水竜は言葉を失った。
『え……』
『よそ者の俺がどうこうしたって、どうせどこかでずれが生じる。この状況だって、おおかた君らとその魔族が生存をかけて戦った結果なんだろう? そして今は、人間を間に挟んで戦い続けてる。人間は君たちのこと、すっかり忘れているようだけど……まあ、自業自得なんじゃないの』
『……確かに、このような世界の形になってしまったのは、私たちの責任です。ですが、このままではいずれ人間は滅んでしまいます。魔族たちは、そちらの世界で時を待っているに過ぎません』
オズは、巡回に出ていたときに感じた幾千もの視線を思い出した。ねばつくような、嫌な視線。
『まあ、近いところとはいえ、異世界にいる君らよりも、一応は同じ世界に存在している魔族たちの方が復活しやすいんじゃないかっていうのは分かるけどね。君らも、召喚魔法っていう手段を人間に残しているじゃないか』
『あれでは、足りません。妖精や獣人たちを数名呼べる程度では、魔族と戦いにすらなりません……』
無理矢理、魔族がこちらの世界へ顕現しようとした結果である『異形のもの』でもあれだけの強さなのだ。水竜の危惧するとおり、このまま魔族が本当にこの世界へ蘇るのだとしたら、人間は……。
『……仕方が、ありません。貴方の力を借りることが出来ないのでしたら、以前から考えていた計画を進めるだけです』
『計画?』
水竜がため息とともに呟いた言葉に、オズは眉をひそめる。
『はい。魔族が復活したとして、それに対抗できるほどの力を……私ほどの力を持つ存在を、そちらの世界へ呼び寄せることのできる力を持つ者を、こちらへ移されてから皆で探し続けているのです』
『皆って……』
『竜も、妖精も、獣人も……精霊の力を借りていた存在、すべてが手分けして。こちらは少しずれた空間なので、場所によっては「異なる世界」も覗くことが出来ますから』
『……!!』
水竜の言葉を理解したオズは、思わず目を見開いた。
『よその世界から、この世界に引きずり込むつもりか!?』
『そちらの世界では、もう、可能性は残されていないのです。ならば、外界へ可能性を探すことが、おかしいことでしょうか』
「……なんてこった」
ぱたり、と両目を右手で覆ったオズは、そのまま口に出して呟いた。
『……呼ぶだけ呼んで、どうするつもりなんだ』
『ただ、力を貸していただくだけです。私たちの故郷を、滅ぼしたりなどさせないために』
『それが、終わったら? 用済みになったら、どうするんだ』
苛立ちをあらわに叩きつけられた問いに、水竜は答えられなかった。