(07) ~ 危険物、注意
ジコルと別れたあと、オズはしばらく控室で待たされることになった。ティストンにも受け持っていた仕事があるので、オズの相手ができる程度まで他の人に代わってもらうらしい。
はからずも一人になることができたので、すっと視線を細め魔法学校内に魔力の糸を放つ。事務室やエントランスはスルーして、一番多くの魔力のもとが存在する……おそらく職員室の付近や、移動する魔力……これは在校生やその他の職員の可能性がある……を観察する。ふわふわと感覚を漂わせて、うーんとうなる。
(俺クラスまで魔力があるとは思わないけど……いたら相当な化け物だけど、なんていうか教師陣も微妙? ていうか、ここ魔法学校なのに探知の網荒すぎる……余裕で感覚野進入できたんだけど)
魔力の糸を引っ込めて、オズはため息をつく。これは、その気になったらちょっと魔力を流すだけで魔法学校内部の構造やら施された魔術やらがわかってしまうということなのだが、ぶっちゃけ魔術としての形を持たない魔力の微調整は、相当な熟練者でなければ至難の業であるため、今のところ上級魔術師の教師たちに気づかれずにそんなことができるのはいないものと思ってよい。
やがて、暇つぶしも終えたオズが足をぶらぶらさせはじめた頃、ティストンが部屋にやって来た。
「オズくん、だったね。さっき副校長のところにいって、書類一式を用意する許可をもらってきたよ」
「じゃあ、俺はここにいられるんですか?」
「いいや、君がわかる限り、そしてこちらが調べることができる限りの情報を集めてから、審査を重ねていくことになる。そして、魔法学校に通いたいと言っていたから、審査の中には当然入学試験も含まれるね。まあ、入学試験以外の審査が通れば、学生になることはできなくても、成人するまで魔法学校側でその身を預かることもできるんだけれど」
「わかりました。審査って、今からですか?」
「とりあえず、君自身がわかる限りの情報をここに書いていってもらえるかな。……字は書けるよね?」
「はい」
ティストンが差し出した書類を見ながら、ペンを持つオズを見て、彼はほっと息を吐く。ここで字が書けないようだったら、問答無用で帰されるところであった。最低限の学すら持たない者に、魔法学校が手をさしのべるほど甘くはない。本人がどういおうと、寺社や孤児院行き確定であった。
オズは書類の一番上にあった署名欄に、短い自身の名を書き込みながら、その下に並ぶ項目一つ一つに目を通していった。
「……えっと、所属? 出身……わからない、年齢……わからない」
「所属のところは、とりあえずオーデント国と書いておいてくれるかい?」
「はい、オーデント……」
「うーん、見事に不明ばっかりだね……」
出身や年齢、自身の家族構成や彼らの職業などもわからない。服装はそのへんの町民と変わらない一般的なものだし、出身地にまつわる装飾品なども一切身につけていない。
ほとんどの欄に不明と書いたあと、もう一つの書類をめくって、オズは首をかしげる。
「魔術適正?」
「ああ、こっちは明日使うものかな。……そうだ」
オズが書き終わった書類を受け取りながら、ティストンは彼の瞳をのぞき込む。
「……うーん、言い方は悪いんだけれど、あの、君、本当に魔術師になりたいの?」
「え?」
「ごめんね、でも、どうにも君から魔力が欠片も感じられないから」
「あ、そうか」
そういえば魔力を隠蔽しっぱなしだったことを思い出して、どのくらい魔力を出せばいいのか考えつつ、とりあえずティストンの持つものの十倍ぐらいの魔力を放出してみた。実際、彼が持っている魔力はティストンなど塵芥と変わらなくなるほどなのだが。
しかし、ティストンはオズが魔力を開放した瞬間、手元の書類をばさばさと落っことした。ついで、顔色を変えた事務局員たちが控室になだれ込んでくる。中には短い金属製の杖を手にしているものもいて、オズは反射的に防御壁を展開した。
「……無詠唱? で、このレベルの結界……」
「あ、れ、ティストン、その子さっきいた」
「ああ、入学希望と、後見希望の子なんだけど……」
防御壁の中からぼけっとこちらを見てくるオズを前につばを飲み、ティストンは仲間の女性事務員に話しかける。
「驚いたけど、今発生した魔力は、全部この子のものらしい。危険性は、多分ない」
「危険性がないなんて、どの口がいうの? ちょっと、制御装置まだ!?」
「……あのー、俺、そんなに危険です?」
彼らの反応にいささか傷ついたオズは、その制御装置とやらが到着する前に、大きく息を吐くと出していた魔力を残らずしまいこんだ。事務員たちが、杖こそ構えているものの誰も魔術を展開していないのを確認して、防御壁も解除する。その一連の流れを見ていた事務員たちは、ぽかんと口を開けていた。
「…………ティストン、この子、何」
「……オズくん、明日に回す予定だったけど、ちょっとこっち来ようか」
そうして、オズはティストンに連れられて、事務局を飛び出すことになった。