(66) ~ 異形のもの
オズ以外にそれを見た者は、我が目を疑った。
びく、びくりと動き出す死体。しかしそれは傷が癒えて意識が戻ったから、というような人間らしい動きではなかった。やがて動きは大きくなり、両足が跳ね上がったかと思うと死体は一気に直立した。
「全員離れろ、『引きずられる』ぞ!!」
叫びながら、オズ自身は死体に近づいていく。その右手がくるりと空中に魔法陣を描き、死体とオズを内包した半円形の結界を作り出す。結界は徐々に広がり、ぶつかった者を強引にはじき飛ばした。
「オズ!!」
どんどん広がっていく結界から慌てて離れたり、吹っ飛ばされる者がいる中で、バルドは一人逆に結界へ近づいていった。だが、当然彼も結界に触れた瞬間、他の者と同じように衝撃を受けてはじき飛ばされる。あおむけに倒れ込んだ視界の隅で、結界のてっぺんあたりから淡い光が拡散していくのが見えた。
「おいバルド、お前何してるんだ!?」
「あいつ、オズがこの中にいるんだよ!」
逃げ惑う他の人間に踏まれかけたバルドを、駆け寄ってきたガーティが無理矢理立ち上がらせる。が、バルドはそれに礼を言う暇も惜しみ、もう一度結界へと近づこうとする。ガーティが掴む腕を大きく振り払うと、そちらへ一歩踏み出し。
「かっ……!?」
どん、と体に衝撃が走り、脳内が真っ白になった。最後に見えたのは、これ以上無く渋い表情をしたドルグの顔。
「ガーティ、引くぞ。俺たちも巻き込まれる」
「……ああ」
当て身で気を失わせたバルドを抱えると、ドルグはガーティを促して結界から離れていく。そのとき、一度だけ振り返って中にいるというオズの姿を探したが、人混みに紛れて結界の向こうを見通すことは出来なかった。
さて、周囲から排した人間が全員無事であることと、広がった結界に触れて今度こそ存在を保てなくなった召喚体が溶け消えるのを確認したオズは、盛大なため息をつく。
「なんとなくではあるけど、お前らが害ある者だってことは想像ついていたからね……。んで、生け贄は召喚魔術師か」
十数年置きに発生する争いについて集めた資料から分かったことは、生き残りがほとんどいないこと、数少ない生き残りたちが口をそろえて言う『異形のもの』の存在、……必ずその場にいた召喚魔術師。
「人間を使って何をしようって言うのは……まあ、大体察せるわけだけど、俺としてはそのまま地の底深くで永遠に引きこもってもらえたら万々歳だなあ」
オズは軽く右足をあげて、さくりと地面をかかとで蹴りつける。力が一切込められていないその動作によって、彼の持つ魔力が津波のように『視線の主』たちへ迫っていった。激しく震えるその魔力に触れた、この地上に向けてゆったりと手を伸ばしていた彼らは、ぼろりと崩れる自分の体に驚いたように身を引かせる。
『アレ、ナニ?』
『ワレラトオナジ、チカラジャナイ』
『ワレラノシッテル、チカラジャナイ』
『イヤナニオイモ、シナイ』
『ナイ、ナイ、ナイ』
『コノセカイノ、ニオイジャナイ!』
「ご名答」
誰にも聞こえないはずの、暗がりの底から響く声。それに、オズは静かに嗤って答えた。
ぐずぐずと、もはや人の姿すら失い、肌を黒く変色させてその名の通りの存在へと変貌した召喚魔術師を見て、手を伸ばす。
「助けに入るのが、遅れて悪かったね……せめて、元の姿くらいには戻してあげる」
鋭い牙がずらりと並んだ口を大きく開き、耳障りな絶叫をあげた『異形のもの』は、すさまじい速度でオズへと突っ込んできた。人の目には残像しか……否、残像すら目で追えないほどの速度のそれを、オズは『同じ速度』動いて受け止めた。
振り上げられ、彼を切り裂こうと伸ばされた腕が、びくりと硬直する。気付けばオズは、『異形のもの』の真横に立っていて、ただれて崩れたその頬に触れていた。
「お前は、地の底でも、空の上でも、海の中でも、どっかいけ」
そして、その指先が頬から離される瞬間、ずるりと黒いもやのようなものが『異形のもの』の体内から引きずり出された。しばらくオズの手のひらの上でもがいていたそれは、やがて力尽きたかのようにするりと溶け消える。
軽く息を吐いたオズは、がくりと膝を折り、そのまま倒れ込みそうになった『異形のもの』を慌てて支えた。その胸と首を片腕でしっかり抱きかかえると、背中に逆の手を当てて、いくつもの小さな魔法陣を生み出していく。そして、それが一つずつ砕けていくと、みるみるうちに元の召喚魔術師の姿へと戻っていった。
オズのチートの正体が、なんとなく見えてきたかとも思います。




