(61) ~ 話せぬ仕組み
「嫌な……?」
オズの言葉に眉をひそめるヴィグメール。彼が静かになったのを確認して、オズは頷くとポケットから折りたたんだ紙を取り出した。何かがずらずらと書き付けられているらしいそれに目を落とし、オズは早口で読み上げていく。
「建国暦四五二年、ソート平原。四六六年、ゼロン、カーフカの港町。四八〇年、コーリス村付近の森。四九一年、硝子の都バルバティア」
読み上げられた年号と、場所。気付いたらしいヴィグメールが顔色を変えると、オズは紙をたたんでしまい込んだ。
「残ってる資料をさらってみると、大体二百年くらい前から周期的に……十年から二十年の間をあけて、争いがある。戦争、というかは戦闘? 討伐? 毎度毎度、結構な人数の騎士や魔術師が犠牲になってる。バルドの師であるティターヤが傷を負った戦闘というのも、このバルバティアでのものだろう?」
「……ああ、あれは、今までの討伐の中で最も被害が大きかった。初めて、規模の大きな町の中に、奴らが現れましたからな」
「『異形のもの』、ね」
ふむ、と腕を組んで彼方を見つめるオズを見上げ、ヴィグメールは不安げな表情を浮かべる。
「それは、確定なのですか?」
「……どうだろう。さすがに予知や占術のたぐいは畑が違うというか……専門のヤツが知り合いにいたから、そっちに丸投げしていたんだよな。けど、まあ大体こういう予感は当たる方だね」
小さくため息をついたあと何か呟いたオズは、感情を排した完全な無表情でヴィグメールを見た。彼の金色の双眸に見つめられたヴィグメールは、息すら困難になる。
「ヴィグメール、君は今、討伐だと言った。けれど、こっちが向かった先で出くわしたっていう例も、あるんじゃない?」
「……ごく、まれですが。あれの発生条件は、先代の魔法学校長も、王宮に住まう研究者の誰も分からずじまいですので」
「……そう」
ヴィグメールの言葉を聞いたオズは、ふいと視線をそらす。思わず安堵の息を吐きかけたヴィグメールだが、オズのつぶやきが、耳に入ってくる。
「やっぱり辿り着けてなかったんだ」
「!?」
さすがに聞き捨てすることは出来ず、椅子を蹴立てて立ち上がる。
「貴方は! 突き止めたのですか!? あれの起こる条件を!!」
「……なぜ君たちが分からないのかが、分からないぐらいにね。特にヴィグメール、『君』が」
だけど、とオズはどこからか紙を取り出すとヴィグメールに押しつける。それは、今回の巡回に参加することを希望するための用紙で、参加者の師による署名欄以外は埋まっていた。
「どうやら、これはずいぶん根が深そうだ。だから、教えない。いや、教えられないといった方がいいのかな」
「なぜ!!」
「……前にちょっと思ったんだけど、君、やっぱり『枷』に気付いているね? この国が出来てから、すべての国民に施されている暗示」
オズの言葉に、ヴィグメールは静かに頷く。以前から、オズが建国前について調べ……そして実際にそれを目の当たりにすることで、この国の微妙な歪みに気付いたことは知っていた。
そして、それは過去に自分も知ることが出来たもの。
「あれは、それに関わると……?」
「かもしれない。俺の考えてることが当たってればね。だから君には話せない。……ここで、廃人になりたくはないだろ? 俺も記憶を書き換えるのは面倒だし」
「めんど……記憶を……?」
「ああ、いい、いい。とりあえず今度の巡回、もし俺の予感が当たって奴らが出てきたとき……こっちから相手の懐へ飛び込むにしても、まだひよっこの実戦経験もろくに無いあいつらが犠牲になるのは勘弁だからさ」
だからさっさと署名をしろ、とオズに迫られ、ヴィグメールはやや混乱したまま、強引に署名をさせられることとなった。
シリアスめんどくさいなー。




