(59) ~ そっと箱は閉じられて
オズからしてみれば対した魔力も使わずに(それでも他の魔法よりは多いが)発動できる召喚魔法。隠された建国前の歴史。国民に掛けられている暗示。そして『異形のもの』。
「……はあ、まあ、俺が関わることじゃないかな。下手に手を出して、この世界から弾かれるのも嫌だし……気になるけど」
そこまで考えて、オズは、すべてから目を背けることにした。もし、召喚されるものたちがこの世界にもともといた存在だとしても、彼らが世界を離れた理由も、気にはなるが自分の身を天秤にかけるほどの興味はない。
この国で、五百年前に何が起こったのかも。
「そうやってたら、大体向こうからきてくれるんだよね……迷惑なことに」
今までの経験から、ちょっと遠い目をしたオズは、軽く頭を振ると椅子に腰掛けた。
しばらく本も読まずにぼーっとしていると、ノックなしに扉が開かれ、ヴィグメールが入ってくる。彼はどこか疲れたように虚空を眺めているオズを見て、ギョッとした。
「何か、ございましたかな?」
「……ねえ、ヴィグメール」
「は」
「君は、この国における神代について、どんなことを知ってる?」
オズの問いかけに首を傾げたヴィグメールは、それでも自分が口にできることを話す。
「神々も限りなく人に近かった頃、魔法を授けられた人々を守るため、神が箱庭を新たに授けてくださったと……それが、この国の始まりにして、神が離れた神代の終わりだと」
ヴィグメールの言葉に、オズは少しだけ、笑みを浮かべた。それはヴィグメールから見ても、明らかな作り笑いで。
「……そ」
それだけ答えて、彼はその場を転移した。
残されたヴィグメールは、しばらく彼の座っていた椅子を見つめていたが、やがてため息をつくと自分がそこに腰掛ける。
一拍の間をおいて、彼の部屋にもう一人男性が入ってくる。暗く抑えた紅色の外套に、金色の刺繍が施されているそれをまとえるのは、『石暦の塔』に属する魔術師の中でも特に優れたものにしか許されない。
「……きっと、彼は私に気づきましたね。今しがた、念話が届きました。わかりやすいですよ、と」
「そうか」
ヴィグメールは目の前に立つ男性を見やる。腰まで伸ばした金髪をうなじでまとめ、普段は穏やかな表情を常に浮かべている彼は、一転して厳しい顔つきになり、先ほどまでの師弟の会話を思い出す。
「彼が何者なのか……本当にお調べにならないつもりですか。私のように、彼の異常性に気づく者は確実にいます。……ただの一度も、失敗せず、詠唱なしで魔法を使い続けるなど……」
カミル=リフィルスはヴィグメールを見つめる。貴方に、彼の手綱が握れるのかと。
対して、ヴィグメールは。
「……わしがあの方の手綱など、握れるわけがない。だが、可能性があるものは、おる」
「それは」
「彼の、学友たちだよ」
ヴィグメールの言葉に、カミルは眉根を寄せる。そして、小さく頭を振ると、一礼して部屋を出て行ってしまった。
ぱたりと閉じられた扉を見つめ、ヴィグメールはそっと自身の胸に手を当てる。
オズの問いかけ。
閉ざされた建国の歴史。
「……貴方は、どこまで知ることができるのか。わしは、この呪いに抗うだけの力はもう、残っておらぬ」
オズと出会うよりもずっと前。
ヴィグメールもまた、自身の力で国全体を戒める枷に気づいた者だった。
だが、どうにも出来なかった。枷を外せば、今までの自分が無になると知って、踏み出せなかった。
ヴィグメールは、とうにオズがすべてから手を引いたことも知らず、静かに俯いていた。
これにて第四章もおしまいです。
オズは知りたいなあと思っても、面倒くさそうだと思ったらさっさと手を引くタイプです。別にそこまでしなくてもね? みたいな。
次章は、入れるか入れまいか悩みましたが……せっかくちらほらフラグ立てておいたので、ちゃんと回収します……。
これが終わったら、ラストだ!! でも難産っぽいんだよなあ……。