(57) ~ 呼び声に応える者
しばし睨み合う形となったオズとメルベロートは、どちらからでもなく視線を外すとため息をついた。
「……ねえ、メルベロート」
「私より年下のくせに、呼び捨てか」
「そんな細かいことはいいからさ、ちょっと独り言に付き合ってよ」
オズはそういうと、軽く足と腕を組む。レポートを握りしめた手を下げたメルベロートは、面倒だと言わんばかりに大きく首を横に振るときびすを返す。
「俺はね、どうして魔法のあるこの世界に、人間以上に魔法への適性がある種族がいないのかがどうしても気になったんだ」
だが、オズが話し始めた内容に眉をひそめ、思わず振り返る。
「どういうことだ」
「とりあえず、この国の起こりまで遡ってみると、意外と歴史は浅めで大体五百年くらい前に建国されたと歴史書にある。当時はまだ、海沿いに広がる感じだったところが、徐々に西へ開拓されて、今のような形に近づいた」
でもね、とオズは目を閉じる。
「それは別に、建国前の歴史資料がことごとく消されている理由にはならない」
「……は?」
「君は魔術師を多く輩出してきた名門貴族出身だし、当然この国の歴史だって精通してるだろ。よく思い出してみなよ。建国前、この国がオーデント国として動き出す前にも、この大地は、住む人々はいたはずだろ」
「…………」
そこまで言って、オズは目を開いた。だが、彼が目にしたのは顔を真っ赤にして怒鳴ろうとするのではなく……能面のように白い顔を無表情で固めたメルベロートがいた。
「お前こそ、なにを言ってる……? 建国前の資料がないだと。あるわけない。魔法は神から授けられた奇跡の力、それをどの国よりも発展させてきたオーデントだぞ。……この国は、神が魔法を授けた人間のために作られた箱庭が始まりだ。そんなの、貴族じゃなくても知っている」
つまり。
「え、ひょっとして、それを五百年ずーっと、国民もろとも信じてきたの? 神様がくれた土地だって。やたらと魔術師の出生率が高い、オーデントの人間のために」
オズはポカーンと口を開けた。口裏を合わせるにしろ、あまりに規模が大きすぎる。いくら建国時は領土が今の半分以下だったとしても、資料では各地で迫害されていたらしい魔術師たちがぞろそろ集まっていたのだ。それとも、迫害の末に彼らは壊れてしまったのだろうか?
「待て、オズ、お前なぜこれを知らない? 建国前のことなど、神代だと言われ確かに学術にすら含まれないほどだが、親から子へ、言葉を学んだ時から知らされることだぞ。親が子を捨てたとしても、必ず知っている者が伝える。伝えなければならないんだ」
「……そっか、神学がないのは、さすがに変だなあとは思っていたけど、禁じられてたんだね。ウッカリ。これはヴィグメールに先にいうことだったかな。まあいいや」
軽く頭をかき回したオズは、改めてしげしげとメルベロートを見やる。その視線が、今までに見たこともないような……無関心なようでいて、酷く気を引いているかのような、不思議なもので、メルベロートはたじろいだ。
「俺はねえ、メルベロート、召喚魔法で呼び出す存在たちが、どうにも異世界の存在だなんて思えないんだよね」
「はあ?」
「確かに今はそうかもしれない。けどね、異世界からの召喚なんて、実は早々うまくいくものじゃない。ランクを少し下げたところで、俺らがいる世界に寄り添う、ずれた場所。そこからなら、まあ出来なくはないかもしれない」
「なにが言いたい!!」
耐えられなかったメルベロートの怒声にも反応せず、オズはこう締めくくった。
「君たちが異界の存在と呼ぶ彼らは、もともと、この世界で普通に存在していたんじゃないかなあ。……人間とどんな関係だったのかまでは、分からないけど」