(51) ~ 羨む者
それとの出会いは、最後の薬草を採取しにいこうと場所を移動していたときだった。
「レイル、瓶足りるか?」
「ちょうどって感じかな。オズの方は予備、大丈夫?」
「うん、破損なし。足りなかったら教えてね」
最後の薬草は少々保存に手間がかかり、葉だけでなく根ごと引き抜いて、事前に調合しておいた薬液につけておかなければならない。なるべく持ってきた保存用のガラス瓶が無駄にならないようにしてきたが、この薬草だけは気をつけなければ届ける途中で腐ってしまう。
そうして、その薬草が生えている場所まで移動してきたわけだが。
「「「…………」」」
三人はそろって沈黙していた。
足下には目的の薬草が十分以上茂っている。が、問題はそこではない。
……三人の頭上で、両足を太い蔓草に引っかけて宙づりになっている青年が泡を吹いていた。
「えっと……」
「なあ、あれなんだ。格好からしてうちの学校の魔術師だろうけどよ」
「なんていうか、ああも見事に魔法植物に引っかかる人がいるなんてね」
とりあえず、そのまま放っておくにしても存在感がすさまじいので、オズがちゃっちゃと助け出し、気付け程度に治癒魔法をかけてやった。しばらく目を回していた青年は、やがて意識を取り戻すと勢いよく立ち上がる。
「わっ私は何を……!?」
「それ、俺たちが聞きたいなー」
「……はっ!?」
見た目よりも頑丈らしいその青年は、苦笑混じりのオズの言葉を聞くなり振り返った。そして、オズの顔を認めたとたん、彼の眼前に指を向けて怒鳴りつける。
「貴様はオズだな!? よくまあこの間のことがありながら私の前に顔が出せたものだな!!」
「え、どちら様?」
きょとんとオズが返すと、とっさに二の句が継げなくなったらしい青年は、口をぱくぱくさせながら顔色を赤から白、白から赤へと変えていった。声に出ていないが、かなり怒っているらしい。
「オズくん、よく思い出してみてよ……この人とどこで会ったのかさ?」
「ええー……んなこと言われても、俺、塔に移ってから師匠の書斎からほとんど出てないし? たまに図書館とかに顔出したぐらい……あ」
「なんか思い出したな」
妙な表情を浮かべるバルドの隣で、へらり、と笑みを浮かべたオズは、首をかしげながらも頷いた。
「あー、かも? そういえばちょっと前、自習室で突っかかって来た人がいたっけなあ、ってね……。ぶっちゃけ本読むのに夢中で、ろくに聞いてなかったんだけどな。確か召喚魔法についてうんたら……」
「そう!!! 召喚魔法だっ!!!」
そこで、なんとか言語中枢が復活したらしい青年が叫んだ。
「君は!! あの崇高であり才ある者しか至れない召喚魔法の道を選ぶことが出来たというのに!! それを蹴って、ヴィグメール校長に師事!? 羨ましい、あまりに羨ましすぎて反吐が出るわっ!!」
「……あー、このテンション、うん、記憶にはないけど、聞き覚えならあるかな」
青年がまくし立てる前でどこか遠い目をするオズだったが、すそをくいと引かれてそちらを見る。かたわらで、レイルが非常に困った顔をしていた。
「ええと、そろそろ……いいかなあ」
「あ、そうだ、薬草取らなくちゃ」
「薬草!? 今度は薬草学にまで手を出す気か貴様は!!」
「ちょ、うるさいし薬草踏み荒らすな、ちょっと黙ってて」
「ぐほっ!!」
今まさに採取しようとした薬草の真上を歩かれそうになって、オズはため息をつきながら青年を魔法で宙に持ち上げると、そのまま近くの木の幹へ引っかけた。いきなり吹っ飛んでいった青年に、本人は当然、バルドとレイルもぽかんとしたが、オズが「さっさと回収しようよー」と声をかけてきたのを聞いて、慌ててガラス瓶と薬液の入った袋を取り出した。
「きっ貴様、下ろせ、下ろせえええええええええ!!!」
薬草採取をしている間、頭上からの怒声はとりあえず聞かなかったことにしておいた三人だった。