(49) ~ バルドの師匠
「まあ、でも塔の中にいる間はそういうのあんまり気にする人たちいないから、気にしてないかなあ」
「お前はたとえすぐそばでごちゃごちゃ言われてても全っ部無視して、笑って流してさよならだろーが」
「わお、詳細な観察、まるで体験したように言うね!」
「俺が突っかかってたときもお前はそう対処しやがったからな!?」
そうこう言っている間に、彼らはティターヤの研究室へとたどり着いた。バルドはオズから返してもらった書類を手に、彼の研究室の扉をノックする。
「師匠、バルドです。入りますよ」
「あ」
挨拶もほどほどに、そのまま扉を開けようとしたバルドの後ろで、部屋の中で魔力の集積を感じたオズは、すかさずバルドの前に結界を張った。
直後、ドブンッ! という鈍い爆発音が響き渡り、結界に叩きつけられて割れた扉が地面に落ちた。呆然として、無意識のうちに一歩後ろに下がったバルドの肩をオズが支え、なにやら黒いモノと白いモノが宙を舞う研究室内に目を向ける。
「……あれ、バルドかあ。オズも一緒とはね。いやあ、すまないねえ。事務局の回し者かと思ってさあ。うっかり打っちゃった」
のんびりした口調で声をかけてきたのは、左目を眼帯で覆った赤銅色の髪をした男だった。一応、『石暦の塔』に所属する魔術師の証としての外套を着てはいるが、その裾はぼろぼろに焼け焦げており、本人の身だしなみも酷いもので、外套を脱がせて放置したら明らかに不審者として学校外に放り出されそうな様相である。
彼、ティターヤは元々軍属として働いており、火属性の魔法となれば右に出る者はいないとして、一時は魔術攻撃部隊の隊長を務めたこともあったらしい。だが、十何年か前にあった『異形のもの』との戦いで負傷し、母校でもある王立魔法学校に戻ってきてからは自身の持つ魔法を継承できる人材を探しながら研究をしているという。
そんな、軍属を希望する生徒からしてみれば憧れとも言える経歴を持つ彼だが、彼に師事したいと願う生徒は少ない。というかバルド以外にいない。
その理由が、これである。本人曰く『うっかり』魔法が出るということなのだが、下手をすれば大けがではすまされない。ではなぜバルドが師として選んだのか? ……単純に、先輩からの情報をもらい損ねて彼の経歴のみで師事することを決めたからである。バルドはこの時ほど、下調べを入念にすべきだったと思い返したことはない。
「ティターヤさん、この扉の代金も今頃事務局に報告されていますよ。ていうか、俺がいなかったらバルドの医療費だって請求されてますよ今の」
「うーん、悪いねえ。研究室にいる私を訪ねてくるなんて、ここ数年借金取りまがいの対応してくる事務員ばっかりだったからさあ。たまーに、オズみたいに防げる人も来るけれど」
「借金取りまがいというか、本当に借金してるじゃないですか」
オズはため息をつくと、まだ硬直しているバルドの背をぐいと押す。そこでやっと我に返ったバルドは、おそるおそるといった風に持っていた書類をティターヤへ差し出した。
「で、師匠……これがその、事務局からです」
「げ」
とたん、ものすごく嫌そうな顔をしたティターヤは、しぶしぶ書類を受け取って中身を眺めた。そうして、長く、重々しいため息をつく。
「あーあ、また請求だ」
「この間の書庫の分ですか?」
「そう。私だってわざとやったわけじゃないのに……ピーナがやたら食い下がってきたから、面倒だなって思って手を振ったら、炎が出ちゃっただけなのに」
「それでその場にあった書棚、半分も燃やしてたら何の言い訳も聞き入れてもらえませんよ」
「でもさあ、書籍の方は、学校側がやってる全属性対応の防護術で、ぜーんぶ無事だったんだろう? 本棚代ぐらい、こんなにしなくても……」
「普通の書庫ならまだいいですけど、一部には封印もかかってる禁書書庫を燃やしたらそりゃ高くつくに決まってるでしょうに」
自分を間に挟んで交わされる師匠と友人の会話に、バルドはふっと気が遠のいた。
変な師匠、登場です。
現在ティターヤに師事している魔術師は、バルド一人しかいません。
今まで『貴石の館』でばかり会っていたので、ああした師匠の一面を見たバルドは現在後悔しつつ奮闘しています。