(48) ~ 一年ぶりの、邂逅
バルドは、もう何度上げたか分からない右手を、ふらふらと下げた。
彼の目の前にあるのは、『石暦の塔』のエントランスに続く両開きの扉である。重たげな金属で出来た扉には取ってとなるものがなく、それがあるべき所には魔法陣の刻まれた金属板がはめ込まれていた。
彼はそれに触れようとして、やめて、を繰り返している。
「…………くっそ」
なんということはない。師匠となった元・軍属魔術師ティターヤへ事務局から預かった書類を渡しに行くだけだし、そのための許可も取っているから『貴石』であってもバルドが塔へ入ることは何の問題も無い。
ただ……自分たちより一年遅れて『貴石』となった彼が、すでにこの塔に入り浸っているらしいという情報を思い出して。
「っだあああああああもおおおおおおおおおメンドクセェなああああ」
「なにそこでさっきから百面相してるのさ、バルド」
「のわぅおおおお!?」
背後から、明らかに笑いをこらえている口調で声をかけられたバルドは、大きく肩を跳ねさせた。勢いよく振り返れば、今まさに脳裏で考えていた人物が立っていて、バルドの顔を見るなりとうとう吹き出した。
「ぶっ、あは、あははっはははは!!! す、すごい顔、傑作!!!」
「て、んめぇ、オズこの野郎ぉおおおおおお!!!」
人通りの少ない回廊で、バルドは笑い転げるオズに飛びかかった。だが、涙が浮かぶほどに笑いながらも、オズはひょいひょいとバルドの手をくぐり抜け、さらには彼の持っていた書類を抜き取ってしまう。
「はあ、はー、えーと、ティターヤさん宛て? あー、この間の修繕費、まだツケてたのかあの人」
「あああああもう一年まともに会ってなかったからどうしてんのかとか思った俺が馬鹿だった!!! テメェ何も変わっちゃいねぇな!?」
レイルやバルド、ミリアといった面々が『貴石』へ移る中、十分その素質を持ちながら、単位不足の生徒ともに『原石』に残されたオズに、彼らはもちろん、あのゼルティアやシャーリーンまでもが学校側に直談判しようと息巻いたものだった。だが、当の本人はいつも通りの笑みを浮かべて、「俺は俺でやることがあるし、相手方も準備があるから少し待つだけだよ」と言って、皆をなだめていた。
一体なんの準備があるというのか、としばし悩んだものだが……。
「本当に、お前、ヴィグメール校長の弟子になったんだな」
オズがあっさりと扉を開けたあと、エントランス中央にいくつか存在する風の魔法を利用したエレベータに二人揃って乗り込んだ。それからバルドは、移動して一ヶ月程度なのにも関わらず迷い無い足取りでティターヤの研究室を目指すオズを見る。
「学校側からのお知らせ、やっぱり信じてなかった?」
「……お前なら、まあ確かに普通の魔術師じゃ師匠もつとまらないとはうすうす思っていたけどよ。一気にそこらへん飛び越えていくとはな」
オズの進路について他の生徒に知らされたのは、およそ半月前だ。もはや学校内で彼の名を知らない者はいない、と言われるまでにいろいろとやらかしていたオズの師となるのが現校長だと明らかにされた直後は、生徒たちの反応は綺麗に分かれた。
彼をよく知る同期の生徒たちは、半分納得しつつもやはり驚きを隠せず呆然と。彼の名前しか知らない魔術師の名門からやってきた貴族の生徒は、我らをないがしろにしていると校長への不満とオズへの怒りをあらわに。そして、そのほかの生徒はあの校長が弟子にするほどの才を持つ者として、必要以上に彼を恐れた。
ライバルから、オズの絶好のからかい相手になりつつあるバルドです。
彼は魔術師を名乗ることを許されてはいますが、まだまだ独り立ちは認められていないので『石暦の塔』に入りづらかったりします。
……今更ですが『原石の館』=高校or大学生、『貴石の館』=大学院、『石暦の塔』=大学教授たち、という感じですかね。




