(17) ~ 謝って下さい
なんとなく、嫌な予感がするとは思っていたのだ。レイルは腕の中で震えているミリアの背をそっとさすりながら、視線を上げた。
うずくまる二人は、人目につかない階段のすみに追い詰められていた。二人を囲んでいるのは、同じ外套をまとっている五人の男子生徒である。彼らは一様に、気にくわない、と目で語っていた。
「お前らさ、恥ずかしくねえの? あんなインチキ野郎の取り巻きなんかやっててさ」
「この間の調合試験だって、絶対にカンニングしてたに決まってる。じゃなきゃ、授業にも出てないくせになんで合格するんだよ」
「レイルはそこそこ頭いいもんな。お前があいつに情報流してんだろ?」
レイルは、彼らの顔に見覚えがあった。オズが授業をサボり始めて、最初に行われた魔法陣作成の試験で、彼が満点をとったという張り出しを見て、不正だと大騒ぎした連中である。彼らは全員貴族の子供で、中心にいるのはその中でも上流貴族の子息だった。
「平民のくせに、より多くの教養を持つ僕より上だなんて絶対にありえない。それこそ、あのバルドという粗野なヤツ以上に腹がたつ」
入学当初から、人よりたくさん学んでいると豪語していた彼だったが、オズやバルド、さらに貴族の中でトップクラスの成績を誇るシャーリーンといった面々には敵わず、自身が井の中の蛙であったことを認めようとしない頑固者だった。さらに今回のことで、本人ではなく、自分より格下の敵を相手に溜飲を下げようとするその性根も露呈した。
「……謝って下さい」
「は?」
彼らの言葉すべてを無視したレイルの発言に、子息が顔をしかめる。
オズをインチキ野郎と言い、努力家のバルドを粗野なヤツと馬鹿にする。そんな彼らに屈するなんて、絶対に嫌だ。
「ミリアさんに、謝って下さい。大勢で寄ってたかって、見ていて恥ずかしいです」
食堂で一緒に昼食をとろうと約束をしていたのに、なかなか来ないからおかしいと思って探しに出たレイルが見たのは、子息たちに囲まれてしゃがみ込むミリアの姿だった。彼らを押しのけて駆け寄ると、左側の頬を赤くして、その目に涙を浮かべていた。それだけで、事情を察した。
子息たちはミリア以上にオズと近しいレイルを見て、さらに不愉快げな表情を浮かべていた。そして、じりじりと場所を移動させられ、この状況に至るのだ。
「そいつが僕を馬鹿にしたんだぞ。どこに僕が謝る道理があるっていうんだ」
ふんと鼻を鳴らして笑う子息を、レイルに抱えられたまま、ミリアは真っ赤になった目でにらみつけた。
「お、オズくんのこと、いっぱい、いっぱい馬鹿にしたのはそっちです! 頑張り屋さんなバルドくんのことも……! 人のこと、ずっとずっと悪口ばかり言ってて。悔しいなら、もっと勉強して見返せばいいのに、本当におうちにいた頃から勉強していたんですか? 家庭教師をいっぱい呼べば、頭がよくなるわけじゃないんですよ!」
のんびり屋に見えて、ミリアは意外と毒舌だ。彼女の毒に、レイルもバルドも頭を抱えたことが何度もあった。だが、それらはほとんど無自覚のモノであって、慌てて謝る彼女の姿を、オズはげらげら笑っていたものだ。
そんな彼女が、自覚を持って吐く毒の威力は、無自覚のモノなど比較にならない。しばし呆然としていた風の子息は、やがてミリアの言葉を理解すると、一気に顔を赤くして懐から金属の棒を取り出した。先端に赤い水晶がつけられた、魔法の杖である。
「お前……この僕を、この僕を侮辱するなあっ!!」
杖に魔力を注いだ瞬間、彼の周囲に炎が発生する。彼の魔法の素養に合わせて作られたのだと分かる杖で、無詠唱でも魔法が発動できるよう、事前に水晶に魔法陣が書き込まれているようだった。
逆上した子息を前に、息をのむミリアを抱きしめて、レイルは目をつむった。彼やミリアが着ている見習い魔術師用の外套は、魔法の暴発に対応してその威力を弱める簡易結界のような力を持っている。髪や顔が多少燃えるかもしれないがと思って歯を食いしばっていたが、レイルの体を灼熱が襲うことはなかった。
「……何してんの、お前ら」
「お、お前」
聞き慣れたはずの声が、これ以上無く冷たい響きを持っていた。おそるおそる目を開き、自分の目の前に立っていた人物を見上げる。
「お、ず、くん」