静かには始まらず
部室へと足を進める悠にストップをかけたのは遊だった。
「ねぇ、どういうこと?サッカー部って…。」
それに続けるように憬都も説明するように言った。
悠がようやく2人の言葉に耳をかたむけたのはサッカー部の部室の入口の横にあるミーティングルームだった。
「で、どういうことなの?あたし聞いてない!」
「だって、遊を1人で帰らせる訳には行かないし部活に出ないわけには行かないし…。それにサッカー観戦好きだろ?」
あっさりと答える悠にもう怒りすらわいてこなかった。
「そういうことか…。うん、わかった。」
それからどこで見ればいいやらミーティングルームは自由に使っていいなどを話して悠は着替えに行ってしまった。
「大丈夫か?」
2人が残ったところで不意に憬都が遊に言った。
「ん、別に大丈夫っていうか実際サッカー見てるの好きだから…。」
ちょっと困ったように遊は答えた。
「悪いな、けど俺らも悠がいないと意味ないんだよな。放課後は借りるから。」
真顔で言う憬都に遊は一瞬ポカンとしてからクスクスと笑った。
「憬都もサッカー好きなんだね。」
憬都はうしろを向いておう、というとちょっぴり照れた顔をかくして着替えに行ってしまった。
陽明中等学校のサッカー部は創部2年目の新しい部である。もともと新設校である陽明に部活は存在しなかった。始めたい人がメンバーと顧問を集めて創る、本当に生徒主体なのだ。そして、サッカー部を発足させたのは入学したばかりだった悠と憬都。2人はどういう手を使ったのか入学してわずか2ヶ月で部活を創り、なんと冬にあったU-13の大会で県大会ベスト4の成績を残している。
遊が外に出てみるとそこでは基礎練習を始める20人ほどの部員の他にその練習を眺める女子生徒たちがいた。
「やっぱり悠くん、かっこいいー!!」
「えー、うちは憬都くんがいいなぁ。」
そんな声が聞こえてきた。
確かに、悠は綺麗な顔をしてるし憬都は背も160cmを越しており顔もかっこいい。
「モテるんだ…。」
遊はそっとつぶやいた。
「こらーっ!!!」
うしろから響いたのは響くアルトの声だった。
振り向くとそこに立っていたのはダークブラウンのショートヘアの大人っぽい少女。手にはドリンクボトルがたくさん入ったかごを持っていた。
「ったく、サッカーが好きでもないくせに邪魔しちゃダメじゃん。」
はーっとため息をつくとかごを持つ手に力を入れ直しこちらに向かって歩いてきた。
「あれ…?もしかして悠の?」
「えっ、あ。神原さん?」
それは遊と同じクラスの神原澪だった。
それからドリンクボトルを置いたあと2人は部活をしている悠たちを見ながら話をしていた。
「ごめん、悠の双子さんとか言う言い方、失礼だったね?えっと、遊ちゃん…?」
「遊でいいよ。」
遊は笑顔で言った。
「ありがとう、遊。あたしのことも澪でいいから。」
「うん、澪。澪ってマネージャーなの?」
そう尋ねるとちょっと驚いたような顔のあと可笑しそうに笑った。
「違うよ、私はただ憬都と幼馴染みなだけだよ。違う部にも入ってるし。」
弟もサッカーやっててサッカー好きだから時々マネージャーの真似事してるけど、と言った。
「へー、ならあたしも手伝おうかな?サッカー好きだから。」
そして2人は部員のためにタオルを取りに行くのだった。