暖かくやさしいけれど
「おいっ!悠!!!」
走り出した悠に追いつくと憬都は肩をつかんだ。
「離せよ!」
手を思い切り振り払って憬都に背を向けた。
「...どうしたんだよ。」
悠の背中が小さく震えていた。
「...だって」
声が風に溶け込む。
「遊が居なくなったって...!!!」
居なくなった...?憬都はその言葉を理解できずにいた。
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「ただいま帰りました。」
おばあさまが亡くなって4年もの月日が流れた。遊は小学6年生、晶一は中学3年生になりお互いが受験生ということで忙しく過ごしていた。
とは言っても正直、勉強が大変なのは晶一のほうだった。
遊の成績は私立の小学校のなかでも優秀で模試の全国順位も常に2桁。現在、晶一の通う名門と言われる聖蘭学館女子中等部にも余裕で合格だろうと言われており夏休みを目前にしたこの時期にコーラスの小学校最後の大会にむけ毎日練習を重ねていた。
もともと歌うことが好きだった遊は3年生になると同時に学校のコーラスクラブに入った。遊の通う小学校のコーラスクラブは全国大会に出場できるほどに強豪でそのなかでも遊の学年はレベルが高いと言われている。さらに最後のコンクールで見事にソロパートを勝ち取った遊は全国金賞にむけとにかくコーラスに精を出していた。
「あら、遊。帰ったの?今から晶一の塾に行くから夕飯は勝手に食べて頂戴。」
「はい。」
遊にそれだけ言うと滋乃はさっさと車に乗り込んでしまった。
「おかえり、遊。行ってくるね?」
勉強の疲れか少しだけ顔色の悪そうな晶一はそう言って遊に滋乃の分のフォローをするように笑顔を向けて出ていった。
夕妃が亡くなってから滋乃は晶一に執着するようになった。そして、遊を蔑ろにするようにもなった。
常に晶一のことに一生懸命で遊がコンクールでいい成績を残しても模試で良い結果を出しても少し苦い顔をするだけで褒めてくれることはなかった。
逆に晶一に対してはただただ優しく、そして塾や家庭教師などさまざまなことをさせていた。しかし、晶一の成績は悪くはないものの聚侑を受けるには足りず毎日勉強に追われていた。
その分なのか晶一と寿貴はやさしかったが2人とも仕事と勉強で忙しく遊にばかりかまっている暇はなかった。
「ただいま!コンクール金賞とれたよ!!!」
全国大会からの帰り、夜が遅いため学校に迎に来てくれた寿貴とともに帰った遊はリビングに入るなり興奮してそう言った。
「うるさい!!!遊、静かになさい?晶一は今、勉強で大切な時期なの。」
「ごめんなさい。」
遊を見向きもせず放った滋乃の言葉に一気に萎縮した。
「ごめんね、晶一。ついでになにか飲み物でも用意するわね。」
そう言ってキッチンに消えた。
「遊、おめでとう。」
「あ、お兄ちゃん...。ごめんなさい。」
謝る遊に晶一は静かに首を振った。
「遊は悪くないよ。僕の成績がなかなか伸びなくてイライラしてるんだ...。本当におめでとう。」
そう言って晶一は遊の頭をそっとなでたのだった。